体験の「一回性」が放送の原点

公共放送とは、何だろうか? そもそも、「放送」とは何だろうか? NHKは、どんな役割を果たすべきか?

インターネット全盛の時代に、こんな疑問が視聴者の胸にはあるだろうし、NHKの番組制作者の心にも響いているはずだ。

インターネットの動画サイトがあれば、それでいいという若者もいる。テレビを見る時間が減ってきてしまった人もいる。そんな方々にも届き、生活の充実をもたらす公共放送はどうあるべきか?

自分の好きなものばかり見ていると、いわゆる「エコーチェンバー」に閉じ込められてしまう可能性がある。一方、テレビには、「セレンディピティ」(偶然の幸運)をもたらす作用がある。自分が予想もしなかった新しい番組、鮮やかな他者との出会いを通して、広い世界を知る。NHKのような公共放送は、その多様な番組の「編成」を通して、視聴者にセレンディピティを提供する役割があるように感じる。

1981年5月、私が大学1年生になってすぐ後、NHK総合でNHK特集「川の流れはバイオリンの音 〜イタリア・ポー川」という番組が放送された。主演は中尾幸世さん。制作、演出は、佐々木昭一郎さん。佐々木さんは、当時NHKのディレクターで、退局後もフリーのディレクターや大学教授として活躍された。

少女が、壊れたバイオリンを持ってイタリアの工房を訪問するという設定で始まる、半ばドキュメンタリー、半ばドラマの作品。印象的な台詞、音楽、そして美しい映像が、一つの「詩」のようで忘れがたかった。

当時の私にとって、「川の流れはバイオリンの音」という番組は全くの不意打ちだった。そんな世界があると予想すらしていない視聴体験が、偶然見ていたNHKによってもたらされ、深く感動した。

注目すべきは、今のネット動画のように繰り返しいつでも見られたわけではないということである。私は、この番組が放送されたたった一回しか見ていない。家庭用のビデオにも録画していない。この文章を書くために「川の流れはバイオリンの音」と検索したら、NHKアーカイブスのサイトが引っかかってきて、実に30年ぶりに短いクリップを見ることができた。「ああ、この感じ!」と懐かしかった。

ここに、テレビの可能性がある。人間の脳は、たった一回の経験でもそれが鮮烈で心を揺さぶられるものであるならばずっと覚えている。放送後7日間見ることができる「NHKプラス」や、過去の番組が鑑賞できる「NHKオンデマンド」などのサービスはありがたいが、体験の「一回性」こそが放送の原点なのだと思う。

Pick up

NHK特集「川の流れはバイオリンの音~イタリア・ポー川」(1981年)

NHK特集「川の流れはバイオリンの音~イタリア・ポー川」(1981年)

第36回芸術祭大賞、イタリア・クレモナ市民賞受賞作品。

いかに脳に鮮烈な記憶として残るか。それが番組の勝負である。最近では、3月22日に放送された〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉の庵野秀明さんのスペシャルがすばらしかった。きっと、30年後も覚えているに違いない。

可処分時間を奪い合う中で、いかに視聴者の心を揺さぶるか。佐々木昭一郎さんのような志を持った制作者は今のNHKにもたくさんいると思うし、その一層の活躍を一視聴者として心から望みたい。

NHKウイークリーステラ 5/7号より