高知新報の『月刊くじら』編集部に異動になった嵩が、のぶ(今田美桜)と一緒に東京出張することに! 健太郎(高橋文哉)の「銀座は柳井君の縄張りみたいなもの」という言葉に背中を押されて、嵩はのぶとの距離を縮めることができるのか? 子どものころからのぶに寄せてきた嵩の思いのほか、「あんぱん」での演技のアプローチについて、北村匠海に話を聞いた。


のぶに対する嵩の気持ちの変化を、演じる中で分析してみると

——小学生のころから嵩はのぶが好きだったと思いますが、のぶが次郎(中島歩)と結婚したことで気持ちがどのように変わったのか、あるいは変わらなかったのか、北村さんはどのように解釈して演じていましたか?

これは非常に言語化が難しいですね。子どものころは、嵩にとってのぶは自分の前をひた走るような憧れの存在で、彼女を追いかけるように嵩は生きていました。それが、「好き」という言葉に集約されていましたが、中身はもっと複雑で、好きだから一緒にいたい、恋人になりたいという感情とはまた別のものだと感じています。だから、思春期になってもなかなか自分の気持ちを伝えられないモジモジした感じになって、告白するのは「今は違うな」を繰り返していたんだと思います。

次郎さんと結婚したときは、それこそ死にそうなぐらいショックだったと思います。それは健ちゃん(健太郎)に向かって言った「もう何もかも遅かったよ」という言葉通りで、なかなか一歩踏み出せずにいた自分のせいでもあるんですけど。自分と一緒になることが彼女の幸せかどうかもわからない、と考えながらずっとグルグル回っていたのが嵩の心情だったと思いますね。

それが戦争を経て、焼け野原の高知で彼女と再会したときは、次郎さんや千尋(中沢元紀)のようにのぶを思っていた人たちを差し置いて自分が幸せになるべきではない、というような感情に至ったと思います。

——確かに、単なる恋愛感情とひとくくりにできない部分があると思います。そんな中でも恋愛的な側面が強くなってきたのはどのあたりなのか、ターニングポイントとなったセリフや場面はありますか?

恋愛という概念もずっとない、というか……。戦争前の嵩は、それをあえて持たないようにしていたと思うし、好きだという感情を持って、のぶとの関係を発展させたいわけじゃないと。終戦後のシーンでは、もう自分の気持ちに蓋をしていましたし。そう考えると、恋愛に向かって感情が少しずつ動き始めるのは、高知新報でのぶと一緒に働き始めた後ですね。

——高知新報に入社して、バリバリ仕事をしているのぶの姿は、嵩の目にどのように映ったと思いますか?

焼け野原でのぶと再会したシーンでは、戦地での経験から生まれる精神性をもって、嵩はのぶの前に立っていたのに……、「ああ、また先を走っているなぁ」と感じました。たくましく人生を生きることにおいては、のぶがどんどん先に進んでいくんです。その背中がまた輝かしくて、すごくまぶしく見えました。

入社直後の嵩は、のぶに対する好意からは距離をおいて、自分の気持ちにすごく分厚い蓋をしていました。ゆえに「のぶの幸せを願う友人」というところに落ち着いているんです。一緒に働けるということで、反射的にドキドキしてしまう部分はありますが、嵩の中には「自分はこの人と幸せになってはいけない」という感情も持っていました。なので、早くのぶに追いつきたいという思いだけで、仕事に向き合っていたと思います。逆に、のぶのほうが嵩を気になり始めるタイミングだったんですよね、高知新報時代は。


仕事をしている嵩の頼もしさも出していければ

——高知新報では、嵩も少しずつ頼もしくなってきているように見えたのですが。

そのあたりのバランスはすごく難しかったです。台本を読んでいくと、高知新報に入ってからの嵩にはキラキラしているところもあって、ポップに描かれているように感じました。それこそ、図案科で学んでいたころのように。

一方で、焼け野原のシーンでは、ものすごく「達観」した感情を作ってしまったから、「またそこに戻るのかい、嵩」という瞬間もあったりして……。ただ、高知新報でのぶの前にいるときは、昔のままの嵩でいたい、という思いがありました。2人で話しているシーンには、いわゆる「たっすいがの嵩」の部分も残しつつ、でも、仕事をしているときのちょっとした表情やぐさで、以前とは違う頼もしさを出していければと思いました。

——東京出張に向かう前、嵩は入社試験の後押しをしてくれたのはのぶだったと小田琴子(鳴海唯)から聞くことになりましたが、そのとき嵩はどんな気持ちになったと思いますか?

あそこから本当に少しずつですけれど、気持ちの蓋が揺れてくるのかなと。その蓋を取ってくれるのは、嵩自身ではなく、健ちゃんや、高知新報で一緒に働いている人たちなんですよね。今までは、のぶに背中を押されていたのが、そこからさらに広がった仲間たちが嵩の背中を押して、自分の気持ちに正直になれるという。結局、「たっすいが」なのは変わらないですけど(笑)。そこから気持ちに蓋をする必要がなくなり、「千尋や次郎さんの分も、僕はのぶちゃんを愛する」という感情が芽生えていくんじゃないでしょうか。


嵩とのぶが愛されてほしい、と思ってしまう自分がいます

——ご自身でも「あんぱん」に対する熱い思いをSNS等で発信されていて、「運命的な役との出会い」「セリフではなく自分の言葉」などの言葉がありましたが、改めて柳井嵩役への思いを聞かせてください。

同じ作品を1年近く撮影(収録)するという経験がこれまでになくて、自分の役柄に深い愛情を注げることに感謝しています。しかも撮影している最中に「あんぱん」の放送が始まったことで、役を演じているという概念を超えた感覚もありますね。朝からスタジオで撮影をしていて、お昼の休憩中にテレビで「とと姉ちゃん」と「あんぱん」が再放送されていて、それをみんなで見ていると、どんどん気持ちが高まっていって。

今まで、自分が演じる役に対してどこかドライになっていた部分がありました。例えば殺人犯を演じたときに、見ている人たちに嫌われるのは当たり前だし、どんなに嫌いだと言われても、役者として本望だと考えてきました。そのスタンスは基本的には変わっていませんが、嵩としてこれだけ長期間撮影をしていると、どうしても自分自身と重ねてしまう部分が生まれてきます。それは僕がずっとモットーにしてきた「役として生きる」に、いちばん近いところまで来ている感覚ですね。

——北村さんご自身が、柳井嵩に同化してきたということでしょうか?

やなせたかしさんの哲学と、今後、柳井嵩が持つであろう哲学を、北村匠海がつなぎ合わせていくものだと思っています。だから、どうしようもなく「たっすいがの嵩」に僕もイライラする反面、もっといろんな人に愛されてほしいと思ってしまう自分がいて。そんなふうに主観的に思ってしまう自分が存在することに気づいたときは、とても不思議な感覚になりました。これまではもっとドライに、自分は役者だ、と思っていたので。だから、嵩のことを心から愛してほしいという気持ちがどんどん大きくなっています。それこそ、こんな(自分の気持ちを伝えられない)嵩を愛してくれる人は、今いるのだろうかと本当に不安でかたがないんです(笑)。

ものすごく複雑な感情を胸に秘めて生きてきた嵩と一緒に成長している実感もあるから、仮に台本を読んでセリフを口にしたときに「この嵩はしっくりこない」と感じた場合は、演出チームと相談するようにしています。

——共演された相手の感情を受け止めてお芝居をされることで、ご自身を「キャッチャー」に例えられていますが、今田美桜さんにお話を聞いた際に「北村さんは名キャッチャー」とおっしゃっていました。

いや、そんなことはないですよ(笑)。そもそも僕は美桜ちゃんこそ、すごいキャッチャーであり、同時にすごいピッチャーだなと。「あんぱん」で言うと、ほかの皆さんが投手とか捕手とか、それぞれぴったりはまっている中で、彼女は両方をやっているので。

例えば、豪(細田佳央太)さんの戦死を知らされた後に、蘭子(河合優実)がのぶに感情を爆発させるシーンがありましたよね。あそこで蘭子にものすごい球を投げられていましたが、相手の感情をしっかりと受け止めて、蘭子が過ぎ去った後に一筋の涙をこぼすというのは、美桜ちゃんにしかできないことだし、彼女の目をもって表現しないと生まれない説得力がありました。キャッチャーは、正直、目立たないですけど、美桜ちゃんはピッチャーとしても活躍しているからすごいんです。
のぶの話になりますが、軍国主義を背負ってしまったヒロインは、嵩と同調している北村としても息苦しさを覚えるほどでした。しんどい状態のはずなのに、美桜ちゃんは日々笑顔を絶やさずに撮影に臨んでいて。本当に頭が下がりますね。

——先日、今田さんと一緒に(公開生放送の「土スタ」に出演するため)「あんぱん」の舞台である高知県を訪れていらっしゃったのですが、放送前の訪問と今回で、現地の盛り上がりも感じられましたか?

もう圧倒的に熱気が違っていて、熱烈に歓迎していただいたので、本当に人気者になった気分でした(笑)。高知に足を運ぶと、本当に地元を愛している方が多く、この「あんぱん」も楽しみにしていてくださっているのを肌で感じます。僕がそこに混ざれる感じがして、とてもうれしくなりますね。以前に足を運んだときは、まだ放送も始まっていないときだったんですが、その時も期待してくださっていることがわかったので、僕たちもしんに愛情を返したいと思って撮影に臨んでいました。今回の歓迎ぶりは、それを少しでも認めてもらえたのかな、受け入れてもらえたのかな、という感じがしています。
嵩の高知新報勤務はもう少し続くので、これからの放送で、さらに愛情をお返しできればいいなと思っています。