テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、「照子と瑠衣」です。

タイトルを見ただけで、1991年に公開されたリドリー・スコット監督の映画を思い出す。言うまでもなく『テルマ&ルイーズ』のことだ。名作として語り継がれているのだが、女二人組の逃避行&カーアクションだから、ではない。

夫に支配され、自分の人生を生きていないと鬱屈していた主婦のテルマ(ジーナ・デイヴィス)と、過去にひどい経験をして、根本的に男を信じていないウェイトレスのルイーズ(スーザン・サランドン)が気晴らしのドライブ旅行に出かける。酔ったテルマが男に襲われかけたところをルイーズが銃で撃ってしまい、楽しいバカンスは絶望の逃避行に。途中からふたりはどんどん大胆に罪を犯していくのだが、女をなめくさる男たちへの痛快なふくしゅうという要素が色濃く反映されている。痛い目に遭わされてきた女たちの連帯がかなしくも痛快に描かれたから、今も語り継がれているわけだ(壮大なラストシーンは強烈な印象を残した)。

ということもあって、「照子と瑠衣」に過剰な期待をしちゃうわけです。


「私はこれから生きていきます」の深みと重み

照子は専業主婦。就職することなく、結婚して家庭に入り、高給取りだが横柄で、妻への感謝も敬意も思いやりもない夫・寿朗(大和田伸也)に50年も尽くしてきた。車を運転するのも、夫の送り迎えと買い物で近所を走るだけ。夜に外出したこともほとんどない。毎月決まった額だけ渡されて「食わせてもらっていいご身分だな」と夫からずっと嫌味を言われ続けてきた。そんな70代のテルマ……じゃなくて、照子を風吹ジュンが演じている。

照子の中学校の同級生・瑠衣は歌手。事務所に属してはいるが、仕事はほぼない。長年歌ってきた新橋のクラブが閉店してからは、スケジュールがガラ空き。マネージャー(山田真歩)が見つけてきたのは、瑠衣いわく“老人マンション”に住み込みで歌う仕事だった。瑠衣はしぶしぶ行ってはみたものの、まったく気に食わず。マネージャーからは苦言を呈され、たんを切ったものの、住んでいた古い集合住宅は取り壊しが決定し、追い出されてしまう。全財産はたったの3万円。路頭に迷い、親友の照子に助けを求めた瑠衣。ちょいとファンキーなルイーズ……じゃなくて、瑠衣を夏木マリが演じる。

助けを求めた瑠衣だったが、逆に助けられたのは照子でもあった。積もりに積もった怒りが爆発しかけて、手に持ったドライバーを夫に振り下ろそうとしていた瞬間に、瑠衣からの電話で正気を取り戻した照子。瑠衣とともに八ヶ岳に向かうのだが、おいなりさんの入った重箱を夫に用意していく。その横に「さようなら 私はこれから生きていきます」と書いたメモを残して。

こんな短いのに、深くて重くて固い決意が込められた言葉ってなかなかないよなぁとしみじみ。つまり今までは「死んでいるのも同然の生活」であり、夫への最後の嫌味と決別の固い意志が込められているわけだ。これを書いているとき、「グッド・バイのほうがいいかなぁ……太宰とかわかんないか」ともつぶやいていた。無粋な夫への軽蔑もにじませる感じも、夫を1㎜も愛していないとわかる。一見、豪華な重箱の中身も、よくよく見ると余りモノ。瑠衣と食べるためにこしらえた豪勢な弁当の余りを夫用につっこんだだけ。「最後だから施してやる」感も伝わってきた。


70代女性が自分を取り戻す旅

照子はタロット占いの先生(安斎肇)の別荘を借りたというが、鍵をもっていない。玄関に強固な錠前がつけられているのをドライバーで破壊。電気やガスも通っていない状態で、まるで無許可の住居侵入スタイルだ。それを想定したかのような装備を用意していた照子。旅ではない、別の目的があったのだ。

照子は八ヶ岳の保養所で客室清掃の仕事を始める。働くことが目的のひとつ。1日働いて、日払い8100円なり。生まれて初めての給料に感動する照子。結婚して50年、家も車も夫名義で、「自分のものなんて何にもない、女三界に家無し」という自嘲気味に話す照子。今70代の専業主婦だった女性たちは、皆同じ気持ちだろう。夫の給料をやりくりし、年金をやりくりし、それこそ身を粉にして尽くして支えてきたのに、自分のモノは何ひとつないという現実。

一方、自分が主語で生きてきたものの、全財産3万円と困窮している瑠衣。現状としては、すべて照子に頼らざるを得ない。歌手でありながら仕事もなくなり、歌うことが怖くなっている様子も。

『テルマ&ルイーズ』のふたりはタガが外れ、あちこちで罪を犯しながら逃げる逃亡劇だったが、こちらの「てるるい」は今のところ、住居不法侵入の罪くらいか。逃げてきたように見えるし、いきあたりばったりでもあるが、ふたりは新たな「心の居場所」を見つけていくのではないか。


別荘地は意外とヨソモノに優しい

照子は失われた50年……ではないが、失っていた自分を取り戻すこと。瑠衣は歌う自信を、そして歌を求められる喜びを取り戻すこと。それを別荘地近辺で出会う人々が支えてくれる……そんな気配も漂っている。

ガソリンスタンドを経営する夫婦(三浦獠太・福地桃子)は照子と瑠衣が常連になってくれたことを喜び、何かと力になってくれそうだ(照子がスタッドレスタイヤを購入してくれた上客、というのもあるが)。

瑠衣は地元民の女性(由紀さおり)とゴミ捨て場で出会う。ゴミ捨てを注意されるも未遂だったため、女性は去る。なんだか陽気にベートーヴェンの第九・歓喜の歌をドイツ語で歌いながら。ちょっと感化された瑠衣は、その後で完璧な発音の第九を口ずさむ場面があった。この女性、宇陀川静子は神出鬼没。照子がガソリンスタンドに忘れたタロットカードを見つけてくれて、スタンドの客相手にタロット占いができるように導いてくれたのだ。

また、照子と待ち合わせてたまたま入った店は、生演奏も可能なカリーと酒の店。店主の梓川(山口智充)は人柄もよく、ギターもうまい。照子に歌をせがまれるも、一度は頑として拒んだ瑠衣だったが、「歌う場所がある」ことはきっと瑠衣に自信と活力を与えていくに違いない。


シニアがメインのドラマ、ウェルカム

風吹と夏木、このふたりのタッグでメインを張る作品、すごくいいと思う。ロイヤルブルーが似合う風吹が虐げられてきた怒りのマグマを抱える照子を、マゼンタやポップ&ファンキーが似合う夏木が自信をなくしてもろい状態の瑠衣を演じる対比も印象的だ。

テレビ業界全体では若い人向けの恋愛系ドラマが異様に多く、なんとなく50代以上の役者の出番が激減した気もしている。そんな中、NHKは中高年からシニアがメインのドラマを割と多く制作。ちょっとだけ振り返ってみる。
5人の定年後の生活を描いた「55歳からのハローライフ」(2014年)、大竹しのぶと室井滋が60代の元スパイという「アイアングランマ」(2015年・2018年)、小日向文世と竹下景子の夫婦に子供ができるという「70才、初めて産みます セブンティウイザン。」(2020年)、私の好きな内館牧子三部作(「すぐ死ぬんだから」「今度生まれたら」「老害の人」)もそうだったし、松坂慶子主演の「一橋桐子の犯罪日記」(2022年)もそうだ。もちろんウェルカムである。

なにも無理やり恋愛させたり、人格者にならなくていい。人生の「酸い」も「甘い」も「辛い」も「老い」も「痛い」も含めて、れいごとではないシニアライフを赤裸々に生々しく描いてほしい。あるいは、温厚・善良・品行方正……ではない高齢者の姿も見せてほしい。ということで、照子と瑠衣にはぜひ頑張ってほしい。「犯罪者」「共犯者」と呼び合うふたりの運命共同体を最後まで見届けるつもりだ。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。

放送日などの詳細は、「照子と瑠衣」NHK公式サイトでご確認ください※ステラnetを離れます