テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」の中で、月に1~2回程度、大河ドラマ「べらぼう」について、偏愛たっぷりに語っていただきます。その第4回。

二八蕎麦そばのつゆが真っ黒だなぁ……もっと江戸の食べ物が見たいなぁ……と思いつつも、物語はそれどころじゃない展開を見せている「べらぼう」。登場人物がなんだかもやもやしたり、イライラしたりで、憂さと鬱憤がたまっている様子。


大失恋でもやもや、本を作れず悶々

逮捕された鳥山けんぎょう(市原隼人)の深い愛情と粋な計らいで、解放された瀬以せい(小芝風花)。蔦屋重三郎(横浜流星)と晴れて夫婦になれると思ったのもつかのま、瀬以は蔦重のために身を引いて、姿を消してしまう。それもこれも、二人の夢「吉原の地位向上」のためを思ってである。切ないけれど、そう簡単に幸せになってもらっちゃあ困るのよ、大河の主人公は! ということで個人的には納得。

大失恋を経験して、もやもやする蔦重。かつては面白い本を作る夢を共に語ったうろこがたまご兵衛べえ(片岡愛之助)もすっかりおちれている。しょぼくれた姿を見て、これまたもやもやする蔦重。

そんなもやもやした蔦重の背中を押すのは、吉原大好き作家・朋誠堂ほうせいどうさん(尾美としのり)&吉原大好き絵師・きた政演まさのぶ(古川雄大)だ。蔦重の耕書堂と組んで本を出しても、市中では売ってもらえない。それでも喜三二は蔦重と組みたいと言ってくれるのだ。
「売れる・売れないはどうでもいいのよ、こんなもんは遊びなんだから楽しけりゃそれでね。で、誰とやるのが一番楽しいかって言われたらおまえさんなんだよ!」

名作家にこんなこと言われたら、編集者みょうに尽きるよなぁ……なんて思ってたら、裏がある。蔦重の礼は吉原、彼らが遊んだお代もちゃっかり蔦重につけられる算段なわけで。借金も膨れ、蔦重のもやもやは増す一方だ。


もやもやを通り越してイライラ、悪癖が仇となる

さて、イライラと言えばあの母子が思い浮かぶ。11代将軍になれると思いきや、毒殺されてしまった西の丸様こと徳川家基いえもと(奥智哉)、その母である知保ちほかた(高梨臨)だ。

登場してからずっと爪をみ続けていたので、気にはなっていたのだが、たか狩用の手袋にしこまれた毒を自ら噛んでしまったがために絶命。悪癖があだとなったのが「死を呼ぶ手袋」事件である。

この暗殺の首謀者は誰か。手袋は大奥総取締役である高岳たかおか(冨永愛)が、田沼意次おきつぐ(渡辺謙)に依頼したものであり、城内では田沼に疑いの目が向けられる。田沼にことあるごとに敵意をむき出しにしてきた白眉毛じいこと老中・松平武元たけちか(石坂浩二)の仕業と思いきや……。ホシは他にいた! 優雅に傀儡くぐつ人形を楽しんで、ほくそ笑んでいるあいつの姿が映った後で、恨めしげに空を見つめる白眉毛爺の最期が映し出された。

あいつとは、将軍家のお世継ぎ争いに興味なさげに振る舞っていた一橋ひとつばし治斉はるさだ(生田斗真)である。いよいよきたな、手練手管の野心家が! んでもって、一橋の仕業ではないかと思わせる案件がもうひとつ……。


奇行→冤罪で投獄→毒殺?……非業の死を遂げた平賀源内

神出鬼没で好きなことや面白いことだけやりちらかしてきた平賀源内(安田顕)だが、自ら発明したエレキテルが大不評。というか、製作に協力してくれていたはずの弥七(片桐仁)が裏切り、安価版エレキテルを作って売り始めたからだ。そもそもそんなに効果のないイカサマ商売だった割に、源内の怒りは収まらず、被害妄想がどんどん膨らんでいき、イライラが止まらない。

しかもだな、もとは源内の弟子だった杉田玄白(山中聡)が今や立派ならんぽうとして名をせている。面白くないわけだ、源内は。気がふれたように、町中で大立ち回りしちゃう始末。源内のふんと苦悩、精神的な不調を、眼球の動きや方向性、涙と鼻水と唾液の横溢おういつで生々しく表現したヤスケン、さすがである。
ヤスケンはフジテレビ版「大奥」(2024年)では田沼意次を演じていたのだけれど、悪行三昧の末に炎の中で自害する強烈なシーンを思い出してしまった。

そんな源内が第16回で悲しき最期を迎えた。パトロンである田沼意次(渡辺謙)から「死を呼ぶ手袋」事件の捜査を依頼されていた源内だが、捜査打ち切りを巡って言い争いに。お互いに本意ではないものの、売り言葉に買い言葉でたもとを分かつことになってしまう。失意のどん底に陥る源内。

その後、田沼の使いとかたる丈右衛門(矢野聖人)と、大工の久五郎(齊藤友暁)にハメられる。なにやら怪しげなタバコで精神を毒され、殺人の罪をかぶせられてしまう。

田沼は源内の無実を証明しようとするも、息子の意知おきとも(宮沢氷魚)に止められる。源内を陥れた人物を捜査すれば、例の手袋に意次が関与していることも追及されかねないからだ。さらには、源内を救おうと直訴してきた蔦重らによって、源内が例の「死を呼ぶ手袋」事件をネタに物語を書こうとしていたことがわかる。登場人物と筋書きをみるに、これは意次と源内の友情の物語だ(これがなんとも切ない愛の証、とも見てとれる)。

そんな矢先、源内が獄死した知らせが届く。凍えるような寒さの中、すっと差し入れられた温かいわん。源内は意次からの差し入れと思って口にしたのだろうか。その椀に仕込まれた毒が源内の命を奪ったようにも見えた。あまりにも報われない、天才の早すぎる死……。蔦重たちには「まことに無念であった」とだけ伝え、冷淡に振る舞った意次だが、心の底から悔やみ、源内の死を悼んでいたのだ。

場面は変わって、縁側でさつま芋を笑顔で頬張る一橋。庭先では源内が書いた草稿が焼かれている。またしてもお前か! と匂わせる、きなくさい場面である。


唯一の心のオアシス、のらりくらりのぼんぼん

ということで、もやもやとイライラと悪意と奸計かんけいがはびこり始めた「べらぼう」だが、ひとりだけほっこりしとるキャラも忘れてはいけない。暇さえあれば手鏡で前髪を気にして、仕事ではぼんやりのんびりほうけ、遊びと流行にのっかることには余念がない。下手の横好きでじょう瑠璃るり(唄や三味線)に手を出すも、いっこうに上達しない。そう、我らがジロベーこと蔦屋次郎兵衛(中村蒼)だ。蔦重の義兄ね。

すでに3分の1が放送された「べらぼう」の中で、唯一変わらない人物と言ってもいい。いや、心のオアシスと言ってもいい。蔦重のそばにいて、何の役にも立たなさそうだが、何気なくたわいなくつぶやいたことが蔦重の発想のヒントにつながることもある。中村の「平凡で中途半端な二枚目」が功を奏し、愛すべきジロベーというキャラが確立された感もある。たぶんこの後もジロベーは変わらないだろう。

大事な人や好きな人、恩人に去られっぱなしの蔦重(朝顔ねえさん、唐丸、瀬川に源内……)だが、ジロベーだけは最後の最後までそばにいてくれそうな気がするのだ、たとえ役に立たなくても。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。