
蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)の耕書堂が日本橋に進出しようとするも、ことごとく阻まれて、吉原の人間が市中でいかに差別されていたかがよくわかる「べらぼう」。そんな理不尽に立ち向かう蔦重が、運命の出会いを果たした……のはさておき、今回のテーマは「父子」でまとめてみよう。
律儀な忠義心で出世した父の背中を追う息子
そう、田沼さんちの話です。つい、吉原で地べたをはいずり回る蔦重たちのエピソードに魅了され、幕臣の面々にあまり触れずにきちゃったが、田沼意次(渡辺謙)とその息子・意知(宮沢氷魚)の話です。
意次には先見の明があり、地位や身分を越えて、人の話に耳を傾ける人間であったことは確かだ。その正しさやフラットさ、時に垣間見せる狡猾さを傍らでずっと見つめて、しっかり吸収してきたのが意知である。
初回では、貢物の高級な仕出し弁当は自分で食べずに小間使いにあげるなど、欲がない心優しい青年に見えた(氷魚だから、かな)。が、意次が徳川10代将軍・家治(眞島秀和)に忠義を尽くし、政の清も濁も担って、老中へと出世。意知も異例の出世を果たして、政を担う矜持に目覚める。途中からは父に意見したり、提案するようになった意知を頼もしく眺めていたのだけれど……。

意次も息子を認めていないわけではないが、きなくさい政争に巻き込みたくない、危ない目に遭わせたくない親心がある。重要な任務からは意知をはずすよう命じてきたが、意知にも意地がある。蝦夷地開発でなんとか成果を出したい意知は、吉原の花魁・誰袖(福原遥)を利用し、松前家の不正を暴こうと企む。
権力を掌中に収めた父の背中を追う息子、これが田沼さんちの現在地。この父子と対比で描かれるのが、いわくつきの佐野さんちである。
病身の父に出世で報いたい息子の怨嗟が増幅中
ちょっと巻き戻して、第6回を振り返る。意次の留守中、田沼家に訪れたのは、旗本・佐野善左衛門政言(矢本悠馬)だった。意知が対応すると、政言が持って来たのは佐野家の家系図(巻物)。由緒正しき家柄である佐野家の家系図を持ち出したのにはワケがある。いまや権力の中枢にのぼりつめた田沼家だが、足軽出身であることから幕府の中では蔑まれていた。そこに目を付けた政言は「(もともと田沼家は佐野家の末端の家臣だった)由緒正しき佐野家の家系図を改ざんしてもいい。その代わり自分によい役目をつけてほしい」と言い寄ってきたのだった。

当時の意次は、幕臣たちに出自を揶揄され、成り上がりの奸賊と陰口をたたかれ、超絶ストレスを抱えていた。そんな虫の居所が悪いタイミングで、佐野政言が訪れたもんだから、意次はその家系図を池に放り投げちゃった、あのシーンね。
その後も、政言は田沼家を何度も訪れ、意次との面会を望み、貢物(桜の木)もやたらによこす。父が池に捨てた家系図を返せと言われたら困ると考えた意知は、政言の起用を提案するも、意次は面倒臭そうに聞き流す始末。この塩対応、そしてある種の驕りが後に悲劇を呼ぶわけだ。

一方、政言の父・政豊(吉見一豊)は老いて、やや惚け始めている。どうやら先は長くないようだ。田沼家に何度も桜を送りながらも、けんもほろろで無視され続けてきた政言が、父と庭の木を眺めるシーンはたぶん意図的に挟み込まれてきた。田沼家のおぼえがめでたい家臣は贅沢三昧という現実も知って、政言の心の中にどす黒いものが芽吹き始めている。切実な思いが憎悪と怨嗟に変わるのね……。
宮沢氷魚が6月20日の「あさイチ」にゲスト出演した段階で、「え、意知に死亡フラグ?!」と焦った次第。だいたい、撮影終了もしくは劇中で死亡のタイミングなのだよ、「あさイチ」に出るときは。いずれにせよ、田沼家と佐野家、父子の因果応報が物語に深みを与えることだろう。
もう一組の父子、眼鏡にも愛情あふれるエピソードが

さて、日本橋と吉原に話を戻そう。蔦重の運命の相手というのが丸屋のてい(橋本愛)。売りに出ている丸屋をぜひとも買いたい蔦重。耕書堂の2号店を出したいと考えているのだが、そうは問屋が卸さず。売主であるていは、なぜか大の吉原嫌い。吉原ものである蔦屋には1万両積まれても断れ、という。
それもそのはず、最愛の父・丸屋小兵衛(たかお鷹)が築いた本屋を自分の代で潰すしかなくなった経緯があったからだ。ていは自分を責めて生きている。大切に育ててくれた父親に恩返しもできず、クズ男と気づかずに焦って結婚した自分を。吉原通いで借金だらけの夫の尻拭いをするはめに陥り、丸屋の看板を守れなかった自分を。自責の念が強く、「いったい自分は何のために生きておるのか」と絶望もしている。今はただ立派に店じまいを務めることで気が張っているようだが、その責任感による緊張の糸がぷつんと切れたら、崩れ落ちてしまいそうな危うさも。

大河で主人公の妻役を二度演じた(「西郷どん」・「青天を衝け」、どちらも良妻の役だった)橋本が、堅物だが色気と情熱を内に秘めた女性を好演している。
本好きだが視力が落ちてきた娘のために、当時決して安くはない眼鏡(丁稚や番頭がかけていそうな)を何度も誂え直してくれた父。父娘の、本に対する敬意と愛が伝わってくる(それを教えてくれたのは寺の住職、マキタスポーツだけどね)。これを寺で盗み聞きしていた蔦重は、ていが同じ志の人間、ソウルメイトであると確信する。その後で蔦重がとった行動、「直球でプロポーズ」にはさすがに驚いたけれど、まあ、蔦重らしいな。
本を愛する者同士の運命的な出会い。皮肉にも敵対する立場からのスタートをきったわけだが、このふたりが相思相愛の夫婦になるのもそう遠くはないはず。
子役出身俳優の暗躍、揃いも揃って小憎たらしい

おっと忘れていた、父子と言えば、もうひとり。ひとり二役で父子を演じているのが伊藤淳史だ。吉原の女郎屋で忘八のひとり・大文字屋市兵衛は、ドケチもドケチ。女郎には安価なカボチャばかり食べさせていた、あいつな。忘八の皆さんが弔いでカボチャ料理を食べていたことで、亡くなったと知ったが、その直後に同じ顔で即復活。と思ったら二代目の息子というトリッキーな設定だった。伊藤は荒々しい初代、ねちねちとねばつくような物言いの二代目、と演じ分けている。
そういえば「おんな城主直虎」でも一人三役の妙があったことを思い出した。主人公・直虎(柴咲コウ)の乳母・たけ、のちに侍女・うめ、さらには井伊直親(三浦春馬)の娘・高瀬の侍女・まつを演じたのが梅沢昌代だった(たけの姪がうめ、うめの妹がまつ)。森下佳子脚本大河の定番として、この試みというか仕掛けは今後も期待してしまうよね。

ということで、日本橋の店舗を巡る争奪戦、蝦夷地の利益を巡る大博打、どちらにも険しく高い壁がそびえたつ。蔦重を阻むのは赤子面の鶴屋喜右衛門(風間俊介)、田沼家を阻むのは悪趣味極まりない松前道廣(えなりかずき)だ。
伊藤淳史、風間俊介、えなりかずき……名子役がいまやすっかり中年になって、憎まれ役も悪役も嬉々として演じている。なんだか親になった気分で、時の経過をひしひしと感じている。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。