テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、「しあわせは食べて寝て待て」です。

健康な人間は傲慢だ。健康な体で当たり前にできることが誰にでもできると思い込んでいる。配慮が足りないというか、そもそも想像力が足りないのである。
朝起き上がるのもつらい、エアコンの温度が27度でも寒いと感じる、ちょっとでも気温が下がると頭痛が起きたり、風邪をひいたり、関節が腫れたりで、体のだるさと微熱は常に襲ってくる……病気のせいで体力が低下した女性の日常に、ハッとさせられた。「しあわせは食べて寝て待て」の話だ。

考えてみれば、テレビドラマは基本的に健康な人がメイン。不治の病で命にかかわる病気を抱えた人や心の病に苦しむ人、なんらかのハンディキャップをもっている人が描かれることは多いが、どこかで「劇的な結末や感動の物語」を想定しているフシもある。家族が温かく支えることが前提でもあり、うっすら偽善的な香りもただよってくるのであまり得意ではない。だが、この作品はちょっと違った。

日常がしんどい、しんどいけれど、うまく付き合っていくしかない膠原こうげん病を患ったヒロインが、薬膳と出会い、無理をしないで生きていくコツをつかんでいく。家族は温かくも見守ってもくれないが、団地に暮らす人々やデザイン事務所の人々に優しく包まれ、共生していく様が描かれる。いまどきの刺激的な仕掛けや情に訴えるあおりはないし、基本的には善人しか出てこない。それでも、体力のないパート勤務の独身女性が穏やかで機嫌のいい一人暮らしをゆっくり確立していく姿には共感する人も多いはず。健康で傲慢だが、団地好きな私もそのひとりである。


薬膳マニアの青年に感化され、丁寧な食生活を実践

主人公・麦巻さとこ(桜井ユキ)は大手建設会社に勤めていたが、膠原病を発症し、療養後は時短勤務に。とにかく体がしんどいうえに、後輩から嫌がらせを受け、精神的にまいってしまう。退職して、週4日のパート勤務に。デザイン事務所の唐圭一郎(福士誠治)は病気に理解があり、常に気遣ってくれるが、週4勤務もさとこにとってはギリギリ働けるラインだ。収入は激減、そんな折に家賃も値上げを宣告され、もう少し安い物件を探すことに。ただでさえしんどいのに!

しかも、母(朝加真由美)は大手企業でキャリアを築いていたさとこが退職したことを不満に思っているようで、電話口で無神経な発言をし、さとこにダメージを与えてくる。ドラマによくある「劇的な症状の病気」「家族のフォロー」がないぶん、さとこのつらさがより一層伝わってくる展開だ。

見に行った物件は古い団地。大家である美山鈴(加賀まりこ)が隣に住んでいて、厄介やっかい&お節介せっかいに警戒するさとこ。鈴に誘われて、家にお邪魔すると、そこには謎の若い男性が。一瞬「孫か、ツバメか⁉」と思ってしまったが、彼は美山家の居候。団地内の高齢者の困りごとを引き受け、慕われている好青年、薬膳マニアの羽白司(宮沢氷魚)だった。初対面は塩対応(風邪をひいてるのに高齢者の家に来るなんて非常識! というまっとうな司)だったが、温かいスープを届けてくれて、心と体が温まるさとこ。鈴や司のアドバイスが驚くほど自分の体に変化をもたらしてくれたことを実感したさとこは、団地に住む決意を固めたのだった。

いや、天使か! 司のような青年が団地にいたら、年寄りはみんな頼っちゃう! 鈴も今は元気な高齢者に見えるが、もともとは体力のない人だったからこそ、さとこのつらさに配慮と理解があるようだ。こんなコミュニティあったらいいな♪とちょっと遠くを見つめてしまうよね。


具体的な金額はより一層、共感と現実味を生む

肩ひじ張らない薬膳の知恵は、さとこの生活を徐々に変えていく。コンビニサラダにカップラーメンをすすっていたさとこが、お弁当を作ってもっていくようになる。それだけでも大きな一歩だ。体調の悪さから自分のことで精いっぱいだったさとこが、団地の人や会社の人に気遣いできるようになっていく。下を向きがちだったさとこが少しずつ前と上を向いて、視野が広がっていく様を桜井が丁寧に体現し、「食は生きる力なり」と伝わってくるようだ。

薬膳を実践して、旬のモノを買おうとすると、意外と高価で手が出ないという場面も多い。そこがリアルでもある。そもそもこのドラマ、金額を意識的に明示している気がして、私はそこに好感をもっている。「家賃11万円は払えない…」「とうもろこし358円は高ッ!」「1㎏780円の梅は高いが、えいやっ! と購入」「金柑きんかんは798円から698円に下がったけど、まだまだ」「この団地は300万で買ったの」などなど、金額や登場人物の金銭感覚を具体的に明かしている。

時々、ドラマで「この主人公、そんなに給料高くなさそうなのに、ずいぶんといいマンションに住んでるなぁ……」とか「紙袋にオレンジってどこの高級スーパーだよ!」とか、本筋に関係ないところのご都合主義に目がいってしまうことがある。その点、さとこたちの食生活や暮らしぶりの金額は極めて現実的で、すっと飲み込める。どうでもいいかもしれないが、実はこういうところが重要だと思うのよ。


人を思う余裕や移住の夢も生まれてきたが……

さて、登場人物は他にもたくさんいる。団地での交流はささやかに広がっている。団地暮らしにイマイチ馴染なじめていない様子のイラストレーター・高麗なつき(土居志央梨)、狭い家の中で受験生に配慮のない家族にうんざりしている女子高生の目白弓(中山ひなの)など。さとこには悩みを抱えている団地住民を思う余裕も出てきたようだ。

また、司が何かと気にかけていたのは、ニートで引きこもりの八つ頭仁志(西山潤)。両親と団地に住んでいる青年だが、人としゃべる練習を実行中。さとこがスーパーでよく出会う反橋りく(北乃きい)はベジタリアンになりたいものの、実家の母からの要求で、弟優先の肉料理を作ることに疲弊していた。このりくと八つ頭が意気投合。結果的に、さとこと司でご縁を結んだというわけだ。実は、さとこが唐から移住の話を紹介されたのだが、今の体力を考えると断念せざるをえず。八つ頭&りくのカップルに資料をあげたところ、二人で移住を決意したという。

鈴や司のおかげで、団地に馴染み、人に寄り添う気持ちも出てきたさとこ。無理をすると体調が悪くなるのは変わらない。2歩進んで1歩下がる、その繰り返しだが、1歩1歩前に着実に進んでいるのを実感しているようにも見える。見える一方で、若い人たちが進学や移住、引越しで団地を身軽に旅立っていく姿を、祝福しながらもうらやましそうに見つめるさとこがちょっぴり切ない。


40歳以上は「ネガティブ・ケイパビリティ」を

そうそう、団地の外にも理解者が。デザイン事務所に出入りする編集者・青葉乙女(田畑智子)だ。計算が苦手でうっかりミスが絶えず、会社で嫌なことがあったときはとろろ定食を食べる。これを「ネガティブ・ケイパビリティ」の儀式と言う青葉。これは、自分ではどうにもならない状況をもちこたえる能力のことで、「40歳を越えた自分には、できない自分を認める能力のほうが必要な気がする」と話す。「生産性や向上心があってこそ認められる社会で、自分のように体力的に頑張れない人間は気後れしてしまう」と本音をもらすさとこを優しく励ます青葉。できないことを卑下するのではなく、できないと認めることができるほうがそれこそ「しあわせ」につながるのだと。さとこの心に染み込んでゆく。いやぁ、こっちの心にも染み込んできたよ……。

善良なる人に包まれながら、団地暮らしで英気を養うさとこ。穏やかな気持ちで観ていたら、ちょっとざわつく話になってきたのが第7話。鈴が「あなたが使ってるお部屋、あなたにあげる」と言い出したのだ。300万で買ったので、払った家賃が計300万になったらさとこにくれるという。戸惑うさとこ。いや、私も戸惑った。「渡りに舟」と思う人もいるだろうけれど、他人同士の不動産の譲渡はいろいろ問題が多そうで……それでも、団地暮らしがいとしくなってきたさとこは、鈴の好意をありがたくいただくことに。

で、案の定ですよ! 鈴の娘(池津祥子)が訪ねてくる。「そんな話は聞いていない」とな。老いた母が資産を他人に譲渡すると聞けば、黙っちゃいないわな。不穏な風が吹くヤマ場がきたな、と思って次回を心待ちにしているところだ。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。

放送日などの詳細は、「しあわせは食べて寝て待て」NHK公式サイトでご確認ください ※ステラnetを離れます