
金金野郎(洒落者気取りの田舎者)に半可通(ツウ気取りの知ったかぶり)、大迷惑なのは居座る強蔵(精力旺盛な男)。吉原に来る有象無象の客につけた隠語には、女郎たちの恨みつらみと憂さ晴らしが込められているんだろうなと思わせる。
逆に、女郎たちが憧れて本気で惚れてしまう恐れのある美男の役者は吉原出入り禁止……世知辛い遊郭のしきたりと残酷な実情を垣間見せてゆく「べらぼう」。見たことのないブランニュー大河の妙を楽しんでいる。今回は、蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)の前に立ちはだかる「壁」についてまとめてみよう。
恋の障壁① 瀬川の身請けは闇も見通す権力者から

蔦重と幼馴染の人気花魁・瀬川(小芝風花)のほのかな恋慕は、視聴者の99%が「悲恋」と予測していた。そりゃそうでしょ、主人公がそう簡単に幸せな相思相愛を享受できるなんて思っていないわけだ。
それにしたって、自分の恋心に鈍感・唐変木・べらぼうな蔦重にやきもきしたよね。瀬川の微かな表情に滲み出る蔦重への情愛は、九郎助稲荷のおきつねさん(綾瀬はるか)だけでなく、平賀源内(安田顕)だってお見通しだったのだから。
さて、そんな人気絶頂・大名跡の瀬川に1000両の身請けを申し出たのは、市原隼人演じる鳥山検校。幕府や朝廷の庇護を受けて、高利貸しを営む盲目の大富豪だという。検校って名前ではなく、幕府や朝廷の庇護を受けた盲人の生活集団「当道座」の最高位の肩書だそう。
吉原の中では金貸しで儲けている盲人は客として嫌われていて、「来世は地獄」と言われるほど。しかし、鳥山検校は穏やかなジェントルマン。金払いもよく、女郎たちへの気遣いも満点。見えないのに、音や触感で心の機微を察知する手練れ中の手練れだ。

そんな検校を怪優・市原隼人が筋肉の雄たけびを封印して演じている。過去の大河では、基本的に筋肉俳優の面目躍如だった。2017年「おんな城主直虎」では主人公・直虎(柴咲コウ)の波乱万丈の人生を、陰ながら見守る僧侶・傑山役。僧侶なのに武芸の達人。筋骨隆々の腕組み姿はラーメン店の店主のようでちょっとコミカルだが、情に厚い男を文字通り熱演していた。
2022年「鎌倉殿の13人」では豪族のひとり・八田知家を演じた。言葉数の少ない一匹狼的存在で、年輩のはずだが驚きの美魔男っぷりというオチもあり、血で血を洗う覇権争いの中でなびかない男を好演。いずれも鍛え上げた体を存分に披露してきたが、今作ではやや異種。人格者なのだが、独特の間合いや声音はうっすらと粘着質を感じさせる。不穏さがいい。
瀬川の身請けに相応しく、蔦重が太刀打ちできない大きな壁となったのである。この検校という壁、どうやらさらに大きく立ちはだかりそうな気もする。蔦重への嫉妬が恐ろしい方向にいかないとよいのだけれど……。
恋の障壁② 女郎の本懐、後進育成、吉原の未来を説く松葉屋夫妻

個人的には、過去一のベスト回が第9話だ。やっと蔦重が自分の気持ちを自覚。泣き落としで「行くなよ。頼むから行かねえで……」「お前があいつ(検校)んとこに行くのが嫌なんだよ。俺がお前を幸せにしてぇの!」と瀬川に告白する。胸きゅん告白で相思相愛……残念ながら、ポイントはそこではない。
蔦重の告白を信じて、検校の身請け話を断る瀬川。大富豪の身請け話を断れば、ますます高嶺の花となって、大名跡・瀬川の格も上がるとうそぶく。ところがどっこい、松葉屋主人の半左衛門(正名僕蔵)と女将のいね(水野美紀)は訝しむ。
「ありゃ男だよ。間違いない。間夫ができたんだ」
「あれ(蔦重)が相手なら正面切ってのお定め破りだ。尻尾つかんでバキバキに折檻すりゃ目ぇ覚ますさ」
これぞ障壁! さすがは老舗の廓の伝統を守ってきた松葉屋夫妻である。瀬川と蔦重の動向をやり手・まさ(山下容莉枝)に監視させるも、先手を打って逢瀬を避けるふたり。業を煮やし、酷な手段をとる夫妻。瀬川に昼夜問わず離れで客をとらせ、しかも閨の様子をわざと蔦重に見せつけたのである。残酷な仕打ちに思わず「いよっ! 松葉屋!」と掛け声かけちゃったほど(歌舞伎か)。

半左衛門役の正名がこれまた名演。もともと忘八の中では情に厚いタイプと思っていたが、蔦重と目線を合わせないところに老舗廓主人の老獪さを感じさせた。廓商売の「性」を再確認させて、情に走る若者を諭す威厳すら漂っていた。
焦った蔦重は、通行切手を使った瀬川の足抜け作戦を思いつく。ところが、これ、先にかましちゃったのよ、ぼんやり浪人・小田新之助(井之脇海)と、うつせみ(小野花梨)が。当然というか、まんまと大失敗。足抜けなんぞ、そううまくはいかない、厳しい現実を目の当たりにする蔦重と瀬川。

女将のいねは自害した四代目瀬川と元同僚、つまり元花魁だ。演じる水野が、厳しさの奥にある大局観を表現。瀬川を幸運の名跡にしたいのなら、色恋に走って身を滅ぼすのではなく、最高額の身請けを受けいれ、その背中を後進の女郎たちに見せることだ、と瀬川を諭す。
それが吉原の女郎たちに希望を与えると示唆したわけだ。「いよっ! おいね!」と再び叫んじゃったよ。この第9話でぐっと松葉屋の背景が見えてきた気もする。
松葉屋夫妻は確かに恋の障壁となって、蔦重と瀬川に手ひどい仕打ちをしたものの、女郎たちの後進育成や吉原の明るい未来を考えてのこと。それこそが蔦重と瀬川をつなぐ夢でもあり、悔しいけれど溜飲が下がる思い。深かったわぁ、第9話。
板元への道を塞ぐ壁 本屋だけでなく、吉原の内にも火種あり?

面白い本を作って吉原を盛り上げたい、江戸市中で本を販売できる板元になりたい蔦重だが、まあ次から次へと壁が立ちはだかる。出版界の理想をともに語り合ったはずが、偽版本に手を出していた鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)には逆恨みされるし、錦絵で有名な西村屋与八(西村まさ彦)には出し抜かれるし、赤子面の地本問屋・鶴屋喜右衛門(本当に赤子面の風間俊介)からは慇懃無礼に排除されるし。
蔦重の機転とアイデアとふんばりに、最初は懐疑的だった忘八の皆さん(吉原の廓主人たちの組合)もやっと理解をしめして、蔦重を応援してくれるようになったのだが、これがまた仇となる事件が起きてしまう。

吉原を見下す発言を繰り返した鶴屋に腹を立てた駿河屋市右衛門(高橋克実)は、鶴屋を階段から突き落としちゃって。血の気が多いおやじさま、これで市中の本屋と吉原の交渉は決裂、蔦重の夢もまた遠のいてしまう。
市中の本屋VS.吉原忘八寄合、という構図だが、さらに複雑なのは吉原が一枚岩となっていないところだ。そもそも忘八連中をよく思っていない女郎屋もある。若木屋与八(本宮泰風)を中心に、なにやら火種が大門の内側にも。ま、江戸っ子と男気の覇権争いは「俄」祭りを通して、手打ちとなったのでひと安心。
壁はあるけど味方も増やす 蔦重の人たらし発揮
本屋の連中がとにかく意地悪で、既得権益を守ろうとあの手この手で嫌がらせをしてくるわけだが、蔦重にはちゃんと味方もいる。里見浩太朗が演じる須原屋市兵衛は書物問屋だが、他の本屋とは異なり、蔦重にいろいろと教えてくれる先達だ。
また、吉原嫌いだった浄瑠璃の太夫・富本、通称・馬面太夫(寛一郎)と歌舞伎役者の市川門之助(濱尾ノリタカ)も、蔦重のアイデアで情に訴える作戦が功を奏した。俄の出演も快諾、馬面太夫の直伝本も蔦重に託されることに!

そうそう、忘れちゃいけない男がいる。尾美としのりが演じる平沢常富。尾美ほどの名優が、まるでエキストラのようにちょいちょい画面を横切っていたのが気になっていたのだが、第12話でようやく素性が紹介されて、ひと安心。作家・朋誠堂喜三二として、今後は蔦重の盟友になってくれそうな気配。
ただでは転ばない不屈の根性、前向きにもほどがある発想の転換力。人たらしの才で味方を引き寄せ、たとえ壁があっても乗り越えるであろう蔦重に毎週エールを送っているのだが、もうひとり、密かにエールを送りたい人物が。幕府の中で「壁」にぶち当たっている田沼意次(渡辺謙)だ。

ことあるごとに白眉毛爺こと松平武元(石坂浩二)に疎まれていびられている田沼。緊縮財政の中、日光社参(墓参り行列)を強行する白眉毛爺は、田沼に対して「由緒正しき武具・馬具は揃えられるのか」「そもそも馬に乗れるのか」と馬鹿にしまくる。
徳川家の中でも「田沼憎し」の機運が高まっているようで、成り上がりの奸賊だの傀儡だのと言われたい放題。時折ひそかに毒づいたり、ブチ切れる田沼がなんとも人間臭くて、いい。家系図を池にぶん投げたときなんか爆笑したけどな(面倒なことになりそうだけれど)。
共通点も、うすーく接点もある蔦重と田沼意次が、このあとどんな連係を見せてくれるのか。線と線がつながるのを心待ちにしている。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。