
いよいよ蔦屋重三郎(横浜流星)の耕書堂が界隈でも知れ渡り、江戸の出版王になるべく、フルスロットルで動き出した印象。いわゆる「往来物」(子供向けの教育書)でうまいこと立ち回って、江戸市中の本屋に地団駄踏ませる爽快感もあった。さらには、長いこと謎のままだったあの子が帰ってきた! 不本意ながらも軋轢が生じていたあの人とやっとわかりあえた! ということで、ちょいと振り返って、個人的にエモーショナルだった場面をおさらいしておこう。
おかえり唐丸、あばよ捨吉、待ってた歌麿!

ずっと音信不通で背景が謎だった唐丸(渡邉斗翔→染谷将太)の、幼少期からの凄絶な過去と、絵がうまくなった経緯などが判明した第18回。大河で描きにくいダークでアダルトな内容にもかかわらず、暗喩が秀逸な神回だったなぁ。
姿を消した後、唐丸は人別(戸籍と住民票のようなもの)がないため、捨吉と名乗り、絵の代筆と売春で糊口をしのいでいたことがわかる。そもそも幼少期から夜鷹の母親に虐待され、7歳を過ぎた頃から男娼をさせられていたという。そのせいもあってか希死念慮も強く、自暴自棄になっているところを蔦屋重三郎(横浜流星)が救い出したのだ。駿河屋夫妻(高橋克実・飯島直子)の粋な計らいによって、唐丸は駿河屋の出奔した養子・勇助ということで丸く収まった。蔦重の義弟、そして、絵師・歌麿の誕生である。

歌麿を演じる染谷は、2020年の大河「麒麟がくる」で織田信長を演じたことが記憶に新しい。主人公の明智光秀(長谷川博己)を翻弄、過去の信長像とはちょっと異なる傍若無人っぷりを体現していたのを思い出した。今作では、登場していきなり怒濤の走馬灯、不遇で凄惨な過去を背負った役は、染谷の本領発揮だったとしみじみ思う。今後は蔦重とともに、幸せになって江戸の出版界を上り詰めるだけ!
ウロコの旦那、粋な恩返し
「売れなくてもいいから、誰も見たことがないような面白い本を作りたい」。志を貫き、追求し続ける蔦重。耕書堂が江戸の世に名を馳せ始めて、嬉しい限り。名付け親の平賀源内(安田顕)も草葉の陰から見守ってくれているに違いない。
個人的には、第19回で蔦重とウロコの旦那こと鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)のわだかまりがようやくとけたことが素直に嬉しい。
蔦重は鱗形屋に一方的に嫌われて恨まれていたものの、面白い本を作るという人生の目標を教えてくれた先達への恩義を忘れてはいなかった。青息吐息の鱗形屋から定期的に細見を仕入れるよう、書物問屋の須原屋市兵衛(里見浩太朗)に頼んでいたのだ。市兵衛から蔦重の陰ながらのフォローを聞かされた鱗形屋は、最後の置き土産として蔦重に協力することに。

鱗形屋から大ヒット作『金々先生栄花夢』を出した、絵師で戯作者の恋川春町(岡山天音)は、藩に仕える武士でもあり、義理がたい真面目な人だ。鱗形屋に恩を感じているため、蔦重に対しても盗人扱いで塩対応だった。
ところが、鱗形屋が廃業し、今後は鶴屋喜右衛門(風間俊介)に預けられることに。新しい本を作りたい春町だが、鶴屋からは金々先生の続編を求められ、原稿にはダメ出しを喰らい、しまいには「先生の作風は古い」とまで言われる。あー、版元ってこういうこと言うんだよなぁ……。売れることが第一義、ヒット作の続編を作りたがり、挑戦や冒険を避けたがる。鶴屋の「慎重な飼い殺し」は令和の今にも通ずるものがあるのではないかと思ったりして。
想像力の翼をへし折られ、このままでは天才・春町は潰されてしまうと危惧した鱗形屋は、蔦重に春町をかっさらってくれと頼む。春町が書きたくなるような案思を思いついた蔦重に鱗形屋も一役買って、義理堅い春町が耕書堂で書くと断言したのだった。
出版人にとって胸アツのエピソード

第19回で、胸がほんのり熱くなるエピソードにも触れておこう。
店をたたんで去るウロコの旦那は蔦重に「もらってほしいものがある」という。それは「塩売文太物語」という子供向けの赤本の版だった。鱗形屋が初期に出版した本の版で、火事でたった1枚だけ焼け残ったものだという。蔦重は息を呑む。なんと蔦重が生まれて初めて買った本が、この「塩売文太物語」だったのだ。
「これ、鱗形屋さんだったんすね……」
「うちの本を読んだガキが本屋になるなんてよ……」
偶然の一致に驚き、お互いに涙するふたり。この偶然、運命だったとも言える、ご縁だったのよ……。これ、ちょっと胸アツじゃないすか?! 自分が読んで感銘を受けた本の作り手に出会って、良くも悪くも関係が築けたなんて! こういう仕掛けに弱いのだが、ウロコ&蔦重の師弟関係は仲違いしたままでは終わらないと信じていたので、本当によかった……。
さて、戻る人もいれば去る人もいる、さらには新メンバーも登場し、蔦重周辺はどんどんにぎやかに。
和歌と異なる狂歌、粋な大人の遊び

出版物の批評&番付を書いた『菊寿草』を出したのは、幕臣でありながら狂歌師で批評家という大田南畝(桐谷健太)だ。しゃべる口調がそもそも五七調、ふざけているかのように見えるが、文化人として名高く、人望も厚そうだ。「三十一文字の病にはつける薬もなきの一杯」というだけあって、酒好き&宴会好きの様子。耕書堂の本が高評価をもらったことから、蔦重は南畝先生と懇意に。
南畝先生に誘われて、蔦重もなぜかわれらがジロベー・義兄の次郎兵衛(中村蒼)を連れて狂歌の会へ(たぶんジロベーが流行りもの好きだからかな。いつだったか、蕎麦屋と二人羽織までやってたよね?!)。思っていたよりちゃんとした歌会の様子。狂歌師が集まって、一見真面目な歌会に見えるも、お題や詠む歌はちょっとアダルトでむふふ。「ウナギに寄せる恋」なんてむふふな大人の色艶事しか想像できないしね。

しかも、いい声してんなぁと思ったら、狂歌師のひとり・元木網が米米CLUBのジェームス小野田! しかもその妻・智恵内子は水樹奈々! 文化人役の枠が新鮮なキャスティングでもある。
いやあ、楽しいなぁ。俳句や和歌のように決まり事やお作法がある中で創作する文化も美しくて素晴らしいけれど、川柳や狂歌のように自由奔放で洒脱な大人の言葉遊びもなかなかに興味深い。江戸の大人は洒落が通じたんだよなぁ……(令和は通じない人のほうが断然多い気がするの)。
文化人たちの嫉妬と矜持と面倒臭さ

第21回では、蔦重の編集者としての成長過程も描かれた。絵師と本屋が彫師に的確な指図をしないと、絵は美しく刷り上がらないと学ぶ。そして、どこかが出した本の二番煎じではなく、「そうきたか!」が己の持ち味で本懐でもあると再確認したわけだ。また、歌麿を絵師として大成させたい蔦重は、歌麿お披露目の宴も開催。このシーンも大好き。
絵師や戯作者、狂歌師ら文化人が集まった宴では、売れる・売れないの嫉妬も勃発。だいたい文化人なんて厄介なタチが多いわけで。

紆余曲折あった春町は、絵師なのに戯作本を書いて大ヒットを出した北尾政演(古川雄大)の調子のよさが気に食わない。嫉妬のあまり、皮肉を炸裂させた狂歌で客人たちに喧嘩を売りまくって大暴れ(このときの天音の顔ったら!)。この騒動を丸く収めたのが、われらがジロベー。殴り合いに発展しそうな緊張状態のときに、ジロベーが大きく放屁。爆笑とともに屁をお題にした狂歌で場が和み、宴は再び盛り上がるという。ジロベー、グッジョブ! 大河のサブタイトルに「屁」の文字が躍るのも斬新だったね。
おっと、つい尾籠な話が好きすぎて暴走してしまう悪い癖。お世継ぎ問題でいろいろと大変な徳川さんちのことをつい忘れがちなんだけど、田沼さんちの息子・意知(宮沢氷魚)も活躍し始めたことだし、そっちはいずれ、たっぷりと。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。