地本問屋・丸屋(たかお鷹)の娘で、控えめな性格ゆえに損ばかりしてきた女性、てい。日本橋進出を目論む蔦重(横浜流星)が丸屋の買い取りを考えたことから、ふたりの運命の糸は絡み始めた。やがて蔦重にとってかけがえのない存在となるていを、どのように演じるのか? 橋本愛に聞いた。
「一緒に本屋をやりませんか」と言われたとき、ていのなかにムクムクと湧き上がる感情があった
——今回、ていは初めて蔦重と顔を合わせましたが、印象はどんなものでしたか?
会う前に蔦重さんに対して抱いていた感情は、怒りや恨みに近いものです。父が亡くなったことも、お店が傾いたことも、夫が放蕩したことも、耕書堂や吉原のせいだと思わずにはいられなかった。本当は全部自分のせいだとわかってはいるけれど、どうしようもない“黒い気持ち”を抱えていたと思います。
——そんなていが、どうやって蔦重に気持ちを向けていくのでしょうか?
それはこれから楽しみに見守っていただきたいのですが、無意識下では、初めて蔦重さんに会ったときから、惹かれる何かを感じ取っていたのかもしれません。同じ志を持って、同じ痛みを知っているふたりなので。
「一緒に本屋をやりませんか」と言われたとき、ムクムクと感情が湧き上がってきそうになって、その気持ちに、ヒュッと蓋をするような感じだったのではないでしょうか。別れた夫の記憶など、さまざまなトラウマが蓋になって……。店を守りたいという気持ちと、また裏切られるかもしれないという気持ちの板挟みだったと思います。

——蔦重から縁組を持ちかけられたとき、どのように感じましたか?
また自分が利用されるかもしれないという怒り、恨みに近い感情が湧きあがりました。けれど、蔦重さんは暖簾を残すと言ってくれた。本人の前では「ありえない」と啖呵を切りましたが、一人になったときには「その道もあるのかな」と、気持ちが揺れて……。
そのとき、みの吉(中川翼)が暖簾をしまおうとするんですけど、彼が「そろそろしまいますね」と言ったときの表情が、この店がなくなってしまう寂しさ、やるせなさを抱えるていの気持ちを汲んでくれていて……。心から「ありがとう」と思うと同時に、私が迷っていてはいけないと、背中を押されるような気持ちでした。
——先ほどの「ムクムク」の感情は、私たちが見てもわかりますか?
どうでしょう。伝わったらいいな、とは思います。明らかにムクムクはしているんですけれど(笑)、無意識下から意識まで上がってくるのを、抑えているみたいな感じなので。
でも、その「ムクムク」が、「本屋を続けたい」というムクムクなのか、「この人と一緒になりたい」というムクムクなのか、「どうしようもなく惹かれてしまった」というものなのかは、見てくださる方たちに託したいです。
ていの感情をどの程度表に出していくのか、毎回“出力の調整”をしている
——ていという女性を、どんな人物だと受け止めていますか?
ていのキャラクターとして印象的なのは、感情をあまり表に出さないところです。本を読むことが大好きで、漢籍も読めてしまうぐらい知識も豊富、勤勉な人です。いつも凛としていて、対峙する人の背筋がピッと伸びてしまうような空気感があります。威圧感とまではいかなくても、緊張感や内に秘めた誇りみたいなものが人に伝播していく。そういう佇まいの人かなと思いました。
家族に対しても、日本橋という町に対してもすごく真面目で、責任感が強くて、愛情深い人だと思います。本屋を営むことで町の人たちを笑顔にしたい、喜んでもらいたいという気持ちを持っていて、それは蔦重さんと重なるところだと思うんです。キャラクターは全然違うけど、そういった心根が共通していて、だから無意識下で惹かれ合っていくのかな、と思っています。
ただ、蔦重さんには才覚があって、自分の力でいろんなことを成し遂げてきた人です。でも、ていにはそれができなかった。自分の非力さ、情けなさ、無力さに打ちひしがれていたと思います。それでも誇り高くあろうとする、凛として立とうとしているところが素敵ですね。だから「報われてほしいな、ていさん」と、彼女を抱きしめてあげたくなるような感情を持ちながら演じています。

——やがて蔦重の妻になる設定ですが、具体的な史料は残っていません。
そうですね。板元考証の鈴木俊幸さんとお話しした際、「おそらく蔦重の妻は吉原の出身だろう」とおっしゃっていました。今回は日本橋の本屋の娘ということで、森下佳子さんがオリジナルキャラクターとして書かれています。なので、尊敬の念を抱きながらも割と自由に、いつもの役作りとあまり変わらない感じで演じています。
——特徴的なのがメガネで、台本に「分厚いメガネが印象的である」と書かれていました。
顔の半分がメガネ、というくらいの存在感で、「分厚いのはレンズじゃなくて、縁なんだ」と思いました(笑)。あまりメガネをかける役を演じたことがなかったので、面白いですし新鮮です。ていさんのトレードマークになっているので、外した顔を見られるのが少し恥ずかしくなってきました(笑)。
——ていの感情を表現するにあたって工夫していることはありますか?
ていの感情、気持ちを理解したうえで、それをどの程度表に出すのか、毎回“出力の調整”をしている感じです。テストではていの気持ちを100パーセント出してみて、本番ではそれを抑えていく感じでやっています。感情を大きく発露させるのか、燃ゆる思いとして内側に秘めるのか、どちらの見え方がいいのか試しながら、ですね。
——ていに橋本さんご自身と重なる部分はありますか?
自分では感情を表に出すタイプだと思っているので(笑)、そういうところは違っているかもしれません。でも「本によって誰かの人生を豊かで喜びに満ちたものにしたい」という思いは、大きな枠でとらえると、私が今の仕事をしている理由でもある「エンターテインメントには社会を変える力がある」という思いと重なるかもしれません。それは、私の原動力ではあるので。

蔦重と瀬川の関係を見守ってこられた視聴者の皆さんに、ていを受け入れてもらえるのかという不安も
——「べらぼう」には途中参加となりますが、そのことに対するプレッシャーはありますか?
前回参加した大河ドラマが最初からだったので、途中から入るのは新鮮で、緊張感もありました。でも、現場のスタッフさんの中に顔見知りの方が多くて、ちょっと安心しました。知り合いを探して安心して「ここはホームだ」と思い込ませて、自分を落ち着かせています(笑)。
——大河ドラマで主人公の妻を演じるのは「西郷どん」「青天を衝け」に続いて3度目ですね。
またご縁があったことが率直にすごく嬉しいですし、今回が最後だというつもりで、気持ちを込めて演じたいと思います。見ている人にも飽きられないように、感情を表に出さないなかでも、さまざまな表現を模索できたらと思います。
——これまでの放送はご覧になっていましたか?
もちろん! めちゃめちゃ面白くて、純粋にファンみたいな気持ちで見ていました。こんな素敵な作品に携われるなんてうれしいなぁ、と。一視聴者としては、蔦重さんの日本橋進出を応援する気持ちもあるので、ていがそれを阻まないといけないところには複雑な思いもあります(笑)。
——視聴者として、「べらぼう」をどのように見ていましたか?
花魁というと、その華やかさや美しさは皆の知るところだと思います。でも「べらぼう」には、客が来なければ飢えて死んでしまう、しかし客を呼べば身体を酷使することになるという、どう転んでも身を切るような痛みを断ち切ることのできない“現実”がありました。
それでも生きていくしかないのだという彼女たちの強さ、やるせなさまでも丁寧に描かれていて、そんな女郎たちの生き様とかっこよさに圧倒されていました。
蔦重さんの心の中には瀬川(小芝風花)という大事な人がいるので、ふたりの関係を見守ってこられた視聴者の皆さんに、ていを受け入れてもらえるのかという不安ももちろん感じました。

現場では、エネルギッシュな忘八の皆さんに力をもらっています
——横浜流星さんと初めて共演された印象は?
現場でお会いして、最初は「武士みたいな人だな」と思いました。お聞きしたら空手をやっていらっしゃったということで、立ち姿や佇まいの体幹がしっかりしていて、迫力があるんです。まっすぐで、礼儀正しく、信念を貫く人柄も。真剣にお芝居に取り組む姿勢にいつも助けられています。
——横浜さんは、途中参加される橋本さんは大変だろうとおっしゃっていました。
役柄の準備をする時間はむしろ潤沢にあったので、ありがたかったのですが、声ののり方などは現場に入ってからでないとわからないので、試行錯誤しつつという感じです。
でも、横浜さんは台本10回分くらいのシーンを行ったり来たりしながら撮影しているとお聞きして、それは本当に大変なことだと思います。まだ撮っていないシーンを想像で埋めていく必要があるので、物理的に準備時間が増えるんですよね。けれど、主人公だとそういった時間を確保することがなかなか難しいので、本当に大変だと思います。
——橋本さんも映画やドラマにお忙しくて準備期間もなかなか取れなかったと思いますが、「このチームだったら、こういうところで甘えられる」というところはありますか?
忘八の皆さん、と言ったら失礼ですけど(笑)、吉原の皆さんがものすごく仲良くて、現場を明るくしてくださるので、その温かい空気感に甘えさせていただきました。
私がクランクインした日の撮影で、横浜さんとふたりで吉原の皆さんを見ながら、思わず「元気ですねぇ」ってお話ししたくらい(笑)。若者ふたりが大人の元気さに打ちひしがれて、「私たちも元気にやらなきゃね」みたいな(笑)。エネルギッシュな方々に力をもらって、楽しくやらせていただいています。
