用賀が学生たちの第二の故郷に!お祭りが育んだ、世代を超えたつながりの画像

以前こちらでもご紹介させていただいた用賀サマーフェスティバル(略してYSF)、おかげさまでぶじ大盛況のうちに幕を閉じることができました。当日が迫った8月は毎日が怒とう過ぎて正直あまり記憶にないのですが(笑)、学生も大人も「ヤバい…」が合言葉だった最後の数日間を経て迎えた当日。
ずっと雨予報だったのが2日間とも見事に晴れ渡り、会場にたくさんのお客さんがあふれる光景を目の当たりにした瞬間はなんともいえない感情が湧き起こりました。

「ぼくたち、こんなに大きなお祭りの準備をずっとやってきていたんですね」
実行委員のとある学生がポロッとこぼした一言に、思わず胸を熱くしたのは言うまでもなく。

YSF主催のNPO法人neomura代表、新井佑から「とにかく楽しみましょう!」と学生&当日スタッフのみなさんにご挨拶。いざスタートです!

学生主体を掲げて、今年15回目の開催を遂げたYSF。本来であれば用賀に所縁のある学生有志で実行委員が立ち上がるのですが、今回はコロナ禍で開催決定が遅れたこともあり、ピンポイントに駒澤大学の松本ゼミ、李ゼミにお声がけして、手を挙げてくれた学生たちが主体となって動き出しました。

つまり、今までとすこし違うのはそこに「ゼミの一環として」のニュアンスが多少含まれること。さらには、学生のほとんどが用賀という街に縁も所縁もなく、お祭り自体を見たこともない状況で、当初「一体どれくらいの情熱を持って関わってくれるんだろうか…」という不安がなかったわけではありませんでした。

実行委員代表のはるき。最後までみんなを引っ張ってよくがんばったね。

その思いが払拭されたのは、彼らが用賀の街の人たちに溶け込み始めてから。大学でのミーティングを数回重ねて、いざ用賀に場所を変えて活動が始まると、最初は事務的に街と関わっていた彼らが、商店街のベテランさん、飲食店のオーナーさん、用賀のまちの人々とコミュニケーションを重ねるうちに明らかに表情が朗らかになったのです。なかには「ただいま〜」と商店街事務所にやってくる学生もいて(笑)、気づけば”用賀”が彼らの第二の地元のような、事務所は実家で、迎えてくれる事務所スタッフは家族のような、そんな温かな関係が築かれていたのでした。

フードスタッフとして当日集まってくれた地域のみなさま。

前回までは、学生主体を重んじるが故に地域との接続はそこまでなかったのですが、実際に用賀に暮らす人たちと学生が密に関わることによって、より地域愛が育まれることは、主催側のわたしたちにとっても思わぬ発見でした。2023年のYSFではさらにこの関係性を深めるべく、実行委員の組織自体を「用賀に暮らす人+学生」という構成に変えていこうと模索中です!

それから、今年のYSFで初めて挑戦したのが地域通貨。その名も用賀ワイワイコインと言います。たいてい夏祭りって打ち上げ花火のごとくはかなく消えていくものですが、YSFのあと、その熱量をどうやって地域につなげていくかが毎年の課題でもありました。

このコインにはチップ機能があって、地元のお店を地域で応援することができます。お祭りで育んだご縁が日常にもつながって、用賀の街をさらに盛り上げるツールになればいいなぁと思います。

ありがたいことに、たくさんのメディアから取材のご依頼をいただきました。当日もラジオやケーブルテレビ出演に大忙しだったはるき。

YSFを終えて、学生たちからもさまざまな声が聞こえてきました。その中で印象的だったのは、地域にお祭りがあるのは当たり前ではなくて、地域愛がお祭りを生んでいるのだと実感したという言葉。そもそも、自分の地元以外のまちづくりに参加できたことも新鮮だったようです。たしかに、田舎から遠く離れた学校に通ったものの、その地域につながるきっかけって意外と少ないのかもしれません。でも、今回わたしたちはYSFという架け橋で運命的に出会えたのだから、本当に第二の地元として、気軽に「ただいま〜」って用賀のまちに帰ってきてくれる学生が増えたらうれしいなぁと思います。みんなの用賀の母として、いつでも待ってるよ〜

実行委員の学生たち。YSFを通じてみんなが家族のような存在になりました。これを機に末長くよろしくね〜!

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モデル・1978年静岡県浜松市生まれ。2男2女のママ(15歳、13歳、10歳、5歳)。モデルとして雑誌、webやCMなどに出演。夫婦で手がけるフードユニットkatarite(語り手)や、子育てにまつわるコラム執筆など多方面で活動中。2022年よりNPO法人neomuraの広報にも携わる。