のぶ(今田美桜)の人生初のお見合いの相手であり、のぶの父・結太郎(加瀬亮)とも面識があった船の機関士・若松次郎。のぶを生涯の伴侶に迎えたいと望みながらも、彼女の意思を尊重しようとする次郎を、中島歩はどのように演じたのか。 


少ないシーンで、のぶとの関係性をしっかり見せなくてはいけない

——放送が始まってから現在まで、「あんぱん」ではのぶと嵩(北村匠海)の関係が描かれてきましたが、今日、のぶが次郎との結婚を承諾しました

視聴者の皆さんにとっては「急に出てきて、なぜお前と!?」ですよね(笑)。みんな、のぶと嵩の夫婦の物語だと思って見ているわけですから。本当に少ないシーンで、のぶとの関係性をしっかり見せなくてはいけない。すごく難しい役だと思います。

告白した後も航海に出てしまい、全然のぶと会えないんです。それでも関係が深まっている、積み上がっているところを表現しなくてはいけません。台本通りにセリフを言いながらも、そこにプラスアルファを加えていくことを考えながらやっています。

リハーサルや撮影時に今田さんや監督とアイデアを出し合いながら、2人の関係性が膨らむように工夫しています。2人が夫婦になる必然を、観ている方にも感じてもらえたらと思っています。

——演じる次郎の魅力はどこにあると思いますか?

のぶと初めて会った日に次郎が「戦争が終わったら何をしたいですか」と聞いていたように、彼女にポジティブな未来を感じさせるところだと思います。人生の羅針盤になってくれそうな。のぶが悩みを打ち明けられる頼もしさ、優しさも次郎の魅力だと思います。

——とても好感度が高い人物として描かれていますね。

そうなんですよね。台本上だとクセがなくて、あまりにも「まっとうな人」過ぎるんです。「クセがなくて、つるんとした感じがするな」と。それだと言葉に説得力が出ないし、人物としての印象が薄く感じられたので、所々ところどころで人間味が出るように意識して演じています。

具体的には、言葉遣いや所作ですね。ただ、現代の物語だったら話をしながら身振り手振りを交えて役の人柄などを表現できますけれど、この時代の設定でそれをやると軽く見えたり、違和感を与えたりするので、所作がどんどんスポイルされていくんです。その結果、直立した状態でのセリフの行き来になりがちなので、表情とかにもいろんな工夫が必要だな、と思いました。

——次郎は、のぶのどんなところにかれたと思いますか?

やらなければならない教育と本当はやりたい教育とのギャップや、蘭子(河合優実)の戦争への気持ち。そういう一つ一つに傷ついているのぶの純粋さに惹かれたのではないかと思います。次郎はそんな彼女を救いたいと思ったのではないでしょうか。僕自身、のぶを救うことは人間の良心を肯定することなのではないかとさえ思いました。


プロポーズの返事を聞くシーンでは、今田さんの心に触れたように感じた

——今回、今田美桜さんとは初めての共演ですが、実際に今田さんとお芝居をされて、当初考えていたこと以上に強く湧き上がった感情などはありましたか?

僕の撮影の初日がのぶとのお見合い、そして朝田家でのプロポーズ後に改めて返事を聞くシーンでした。特に返事を聞くシーンは、そこで2人の心が本当に通じ合わなければ、その後のぶが結婚を決意する説得力がなくなってしまいます。

とてもハードルの高いシーンでしたが、今田さんは本当に心をオープンにして演技をなさっていて、僕自身彼女の心に触れたように感じ、それに応える演技ができたのではないかと思います。そしてその時に、なぜ次郎はのぶに惹かれたのかがわかり、腑に落ちました。

そんなマジックが起きることはめったにありませんので、その撮影の帰りはとても興奮しましたし、今田さんはすごい俳優だと尊敬の念を抱きました。

朝ドラは撮影が長いですし、戦中という時代背景で演じることも精神的にすり減ることとお察しします。それでも心を振り絞って役に取り組まれていて、朝ドラのヒロインにふさわしい方だと思います。

——台本には、それまでの次郎の人生についてはあまり書かれていませんが、どのように役づくりをされましたか?

船の機関士というのはエリートの仕事ですし、お母様も「上品な夫人」というト書きがありましたので、いい育ちの人物なのかな、ということは台本からわかりました。となると、それなりの所作が必要になるだろうと。
情報が少ないだけに人間味をどう表現するかが大切だと思いました。

——次郎がのぶの写真を撮るシーンもありましたが、工夫されたこと、意識されたことはありますか?

技術的なことはそんなに難しいものではありませんが、カメラでのぶを撮る、撮られるということが、次郎のアイコンになるので、カメラを構える所作は大事にしたいなと思いました。

——のぶとのコミュニケーションも、彼女を撮った写真が素敵すてきだったことで……。

そこから始まりますからね。なかなか会わないですから、写真を見て思いを募らせていたのかもしれないですね。


「あんぱん」には、“これは大事にしたい”という言葉がいろいろある

——「花子とアン」以来、2度目の朝ドラ出演で感じたことはありますか? また、どのような準備をされましたか?

朝ドラは展開が早く、セリフには重要な情報が詰まっているし、現代の口語とは隔たりが大きく、難易度がとても高いことを、改めて実感しました。そしてどんなセリフでも、常に相手役とコミュニケーションしていくことが重要だと。

今回はさらに方言もあるので、何度も何度も練習して無意識でも方言のセリフが出るように準備しました。そうでなければコミュニケーションというところまで達しないので。

——戦争の時代を生きる人物を演じることについて、どのように感じますか?

のぶが抱えている悩みを次郎に打ち明けてくれるシーンでは、その苦しみの一つ一つが具体的にイメージできました。僕らが日頃感じている楽しみや、人との関係、描いている未来のイメージ、そして良心は、戦争によって瞬く間に汚され、破壊されてしまう。それが今を生きる自分にも容易に想像できてしまうのが戦争の恐ろしさですし、今の世界状況の怖さだと感じました。

——中園ミホさんの脚本について、どんなところが魅力だと感じていますか?

今回、脚本を読みながらたくさん泣いてしまいました。すごく心に残るセリフを書かれますよね。僕は中学生のころ、中園さんが脚本を執筆されたドラマ「やまとなでしこ」を再放送含めて3回ぐらい見たんです(笑)。そのときのセリフもいまだに記憶に残っています。「これは大事にしたい」という言葉がいろいろあるので、「あんぱん」を見てくださる方々の心にも残ってくれたらいいなと思います。