エノケンから志村けんまで――。喜劇を見続け80年余、喜劇人の芸のみならず、人間性にまで肉薄。「笑い」を批評の対象に高めた初版本に加筆・改稿のうえ、インタビューも収録した決定版。

小林さんの著書『日本の喜劇人』と『喜劇人に花束を』2冊を合わせ、大幅に加筆したすばらしい本です。登場する喜劇人は古川ロッ、榎本健一(エノケン)から、森繁久彌、渥美清、コント55号、藤山寛美、そして志村けんなど、最近の喜劇人までフォローされています。

本書の最大の特徴は、小林さんご自身が見て感じたことしか書いていないこと。1940年10月にエノケンを見たがそれほど笑えなかったとか、翌年の古川緑波一座の公演では体中に電流が走るような感覚を味わったとか。80年余にわたり目撃した、そうそうたる喜劇人の姿がつづられていて圧倒されます。

表紙に載っている植木等さんの記述は1958年、東京・新宿のジャズ喫茶から。「色悪めいたムードで、妙に気難しかっ た」と評しています。私が物心ついたとき、植木さんはすでにクレイジー・キャッツとともに伝説化していたので、同時代の人はこのように感じたんだなあと、ちょっと驚かされました。

また、彼らの人気の陰りまできっちり書いているのもすごい。クレイジー・キャッツの〝ちょうらく〟をあるパーティーで知るときのリアルな描写は、まるで小説か映画。半世紀前のことがありありとよみがえるようでした。

私が育った田舎にはジャズ喫茶はなかったですし、実際に喜劇人を見ることもできなかった。この本を読んで、都会育ちの人をうらやましく思いました。

(NHKウイークリーステラ 2021年10月22日号より)

北海道出身。書評家・フリーライターとして活躍。近著に『私は本屋が好きでした』(太郎次郎社エディタス)。