
著者の平野さんは純文学作家ですが、本作は近未来SF小説といっていいかもしれません。
舞台は2040年代の日本で、主人公は朔也29歳。幼いころから母子2人で育ちますが、ある日、母が事故で他界。息子はなけなしの遺産を使って、母のバーチャル・フィギュア(以下、VF)を作る――。そこから物語は始まります。
VFとは、仮想空間の中のアンドロイドのようなもので、ゴーグルを着けて仮想空間に入ったときにだけ会える存在。AIなので心を持っているわけではありませんが、学習させることで本物の母に近づくのです。
なぜ、母のVFを作ろうとしたのか。じつは、この社会では「自由死」と呼ばれる安楽死が 合法化されていて、母は生前、「自由死をしようと思っている」 「もう十分」と語っていたのです。結局、母は事故死してしまいましたが、本当はどう思っていたのか、その〝本心〟が知りたい。それが、VF作りの大きな動機でした。
経済格差が拡大した近未来社会で不安定な生活を送りつつも、朔也はVFのリアリティーを上げるため、母とつきあいのあった人に話を聞いたり、VFに会ってもらったりしますが、ある日、彼自身の秘密を知ることに......。これ以上のネタバレはやめておきますね(笑)
「『個人』から『分人』へ*」という平野さんが提唱する哲学も色濃く反映された、エンターテインメント作品です。
*…1人の人間はいくつもの人格(分人)の集合体であり、ひとつの“本当の自分”がいるわけではないとする考え方。分人主義。
(NHKウイークリーステラ 2021年10月8日号より)