台湾で2011年に発売されベストセラーとなった、ハードボイルド小説です。著者の紀蔚然さんは、台湾を代表する劇作家かつ台湾大学の名誉教授。じつは、小説の主人公のプロフィールもやや似ているんです。
主人公の呉誠は、劇作家で大学教授。ある日、妻に捨てられ、台北の裏路地に移り住み、思いつきで私立探偵の看板を掲げます。
といっても素人なので、やることなすこと間が抜けています。半分ドロップアウトしてしまった主人公のセリフは、社会と自分への皮肉でいっぱい。無情・無慈悲を気取っているけれど、センチメンタルで優しさも忘れていない呉誠。
「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」と言った探偵のフィリップ ・マーロウが思い出されます。
このように、レイモンド・チャンドラーやダシール・ハメット作品のパロディーかと思える部分が多々あり、往年のハードボイルドファンも楽しめます。
ある日呉誠は、中学3年生の娘と夫の不仲を調べてほしいという女性の依頼を受け、何とか意外な真相にたどりつきます。
でも、ここまでが長いイントロ。その後、彼は連続殺人事件の容疑者になってしまいます。己の冤罪を晴らすため、呉誠は台湾中を震撼させている殺人鬼を追い始めるのですが......。
2段組みで380ページ以上もある大著ながら、読み始めたら止まらない。舩山さんの翻訳もすばらしい作品です。
(NHKウイークリーステラ 2021年11月5日号より)