蔦屋重三郎(横浜流星)の前に立ちはだかる壁となってきた地本問屋・鶴屋喜右衛門。耕書堂の日本橋進出を阻止してきた鶴屋に、ついに大きな転機が訪れることに! 蔦重に対して鶴屋が抱えていた思いをどのように解釈してきたのか? 演じる風間俊介に聞いた。
封じても封じても蔦重が抜け道を見つけてくることに対する焦りはあった
——地本問屋たちが何度行く手を塞いでも蔦重はそれを乗り越えてきました。彼の快進撃を鶴屋はどのように見ていたと思いますか?
僕の解釈としては、蔦重のことは最初から認めていたと思いますし、力のつけ方も想定通りだと思います。だからこそ排除しなければならないと思ったのでしょう。これだけ才覚があって勢いもあれば、吉原を出て自分の思い通りにやり始めるのではないかという危機感もあって。
市中の人たちの、“吉原者”に対する感覚もありますよね。そもそも四民の外とされてきた人たちです。僕は鶴屋が差別的な人とは考えていませんが、吉原出身の人間が力を得て自分たちの業界に参入する、そのことへの社会的影響を考えたんだと思います。

——焦りはありましたか?
封じても封じても蔦重が抜け道を見つけてくることに対する焦りはあったと思います。ただ、スタッフみんなで議論したのは、鶴屋が本気でバタバタすると、大店の主人として弱く見えてしまうのではないか、ということでした。蔦重に勢いはあるけれど、鶴屋たちの商売が窮地に陥っているわけではない。だから、揺れ動く内心をどれくらい表に出すかについては、現場で話し合いを重ねました。
——蔦重による丸屋買取の話が出たときも、奉行所のお達しを盾に断固拒否していましたね。
人を出し抜く蔦重のやり口を、鶴屋としては認められなかったと思います。じゃあ鶴屋自身はそういうことをやらないかと言われたら、きっとやっています。むしろ、むちゃくちゃ上手でしょう。
だけど、吉原に出し抜かれた日本橋、という事実を作ってはいけない。蔦重の才能は認めているし、一個人だったら「すごいですね」と素直に言えるけれど、日本橋の地本問屋としては通すわけにはいかない、ということだと思います。
「灰捨て競争」からの祝言。忘八たちの手のひら返しに驚きと粋を感じた
——そんな鶴屋が、蔦重の仕掛けた「灰捨て競争」に乗りました。なぜ鶴屋は、その選択をしたと考えましたか?
どういう言い方をすればいいのか……、灰捨てを淡々とはやりたくなかったのかな、と思います。鶴屋って、実は熱い人なんだろうとずっと思っていたんですよ。けれども、自分が背負っているものの意味を知っているから、自分を抑えて、みんなの最適解を代表して通す、という人なんだと思うんです。
それが、浅間山が大噴火して自分を奮い立たせなくてはならなくなったときに、カンフル剤のようにパーンと弾ける蔦重が現れて、鶴屋がいつもは見せない“本当のところ”が出てきたのかな、と解釈しています。鶴屋主人としての鶴屋喜右衛門じゃなくて、一個人としての鶴屋喜右衛門を引き出されてしまったわけです、蔦重によって。
蔦重から「今、笑いましたね」と言われたときに、鶴屋が「私はいつだってにこやかです」と返したところが面白いと思いました。多分、鶴屋個人としては、いちばん恥ずかしいところを突かれたんでしょう。その笑い方をどう表現するか、そこで初めて鶴屋の本質が垣間見える瞬間になったらいいなと考えて、演じました。

——鶴屋と忘八たちの関係が一気に変化しましたね。
祝言のシーンは、すごく良いシーンになったと思います。と同時に、鶴屋や蔦重だけじゃなく、忘八たちも、結構な手のひら返しだなと思いました(笑)。あれだけ対立していたのに、パーンとひっくり返って、仲良しじゃないですか。「俄」のときも大文字屋(伊藤淳史)と若木屋(本宮泰風)が和解したけれど、あれは1か月かけていましたし、鶴屋と蔦重には「灰捨て競争」があったけれど、忘八には特に何もないですから(笑)。
でも、そこが面白いな、とも思いました。江戸では、表が裏にひっくり返る速さやカラッとした感じが“粋”なんだよな、と。現代からすると「もうちょっと和解に段階を踏まないと……」と感じるかもしれませんが、江戸は粋じゃない人間はヒエラルキーの下に置かれる町ですから。「これで行くんだ」と腹をくくった瞬間、全てがひっくり返る。それが粋なんですよね。
僕はまだ本当の横浜流星さんを知りません。撮影現場にいるのは“蔦重が入っている”横浜さんなので
——第8回で駿河屋(高橋克実)から「この赤子面!」と呼ばれる場面は、放送後のSNSでの反響も大きかったですね。
すごかったですね。「脚本の森下佳子さんは風間だとわかった上でアテ書きしたのか」と皆さんザワザワしていて……(笑)。僕のセリフではなかったのですが、皆さんが喜んでくださったので「やっぱり面白いよね、このセリフ」と、一緒に喜んでいました。
——鶴屋の目が笑ってない、ブラックな笑顔が怖いなどとSNSで話題になっていましたが、役者として「してやったり」という感じもあるのでしょうか?
びっくりするくらい、皆さん鶴屋というキャラクターを愛してくださっているなと実感しています。鶴屋が出るたびに「うわ、きたきた」みたいな感じの反応をしてくださる。そのことに心から感謝しながら演じています。このインタビューを読んでいる方々は、「そうじゃない!」と言われるかもしれませんけど(笑)。

——鶴屋を演じていて、どういうところがいちばん楽しいですか?
20代はクセのある役を、そして30代には俗に言う「いい人」の役をたくさんやらせていただきました。不思議なのが、ある人は「いい人の風間さんが鶴屋をやるのが面白い」と言って、別の人は「本来、風間ってこういう役をやっていたよね」と言うんですね。
僕に対するイメージがバラバラなのが面白くて、今まで演じてきた役に感謝しながら、鶴屋を演じさせてもらっています。ただ、鶴屋さんの子孫の方々にだけは……、「こんな感じで描いて、ごめんなさい」と謝りたいです。
あと、瀬川(小芝風花)には会ってみたかったなぁ……。小芝さんとは放送開始前の「大河ドラマ『べらぼう』見て頂戴スペシャル」という番組でご一緒したんですけど、当代一の花魁という言葉通りでしたから、あの瀬川には会ってみたかった。それは風間として、ですけれどね(笑)。
——ちなみに風間さんとしては、蔦重と瀬川の関係をどのように見ていましたか?
いやぁ、最高でしたね! 蔦重と瀬川が並んでいる場面は1時間だって見られるんじゃないか、と思いましたから。
第8回で蔦重が瀬川の気持ちを汲み取れないことにお稲荷さん(声:綾瀬はるか)が「バーカ」と言ったのも素晴らしかったし、第9回で蔦重が自分の気持ちに気づいた後が、なんともダメな男だったんですよ。そのダメな部分を見たからこそ、瀬川もグッときたんだろうと思うし、蔦重が何の理屈もなく「行かないで」と言っている感じとか、そのかっこ悪いところがたまらなく素敵でした。

——蔦重役の横浜流星さんと共演を重ねてきて、印象は変わってきましたか?
誤解を恐れずに言えば、僕はまだ本当の横浜流星さんを知りません。彼が日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞したときのスピーチを、朝の情報番組のスタジオで見ていたんですけれど、「流星くんが受賞してよかった」と思う一方で、「あれ、知らない人だな」と感じたんです。僕が撮影現場で会っているのは蔦重なんだ、と。
もちろん撮影の空き時間には横浜さんと喋ったりもします。撮影中の蔦重も知っているし、オフの蔦重も知っている。でも現場にいるのは“蔦重が入っている”横浜流星さんなんです。だから「べらぼう」の撮影が全部終わった後に、本当の横浜流星さんにお会いしてみたいな、と思っています。
今後の展開では、“あの絵”や“この絵”が生み出される瞬間に立ち会えるかもしれないことに、ゾクゾクしています
——鶴屋は直接的な関係はありませんが、江戸城での政治状況をどうご覧になっていますか?
面白いですね。検校の取り締まりや日光社参などは、江戸城での政治状況が町民の生活にも影響を与えましたし。ただ、鶴屋がしっかり政治状況に絡むのはかなり先、「寛政の改革」で出版統制が始まってからです。今は台本がないので、まだ「お上の話」と思って見ています。
現実社会では政治のことを「ニュース」として見てしまいますけど、いずれは自分たちの生活に波及するものじゃないですか。その縮図のような展開が、今後のドラマで見られるのかなと思っています。
——今後も更に波乱の展開を迎えそうですが、これからの物語に期待していることは?
史実に詳しい方は、これまでも知ってる作品があったかもしれませんが、蔦重が日本橋に出てきてからは、僕たちが意識しなくても目にしてきた“あの絵”や“この絵”が生み出される瞬間が描かれるのではないかと思います。
いちばん有名なのは写楽の「大首絵」かな? そういった有名な絵が生み出される瞬間に立ち会える、視聴者の皆さんが目撃すると思うと、ゾクゾクするほど楽しみですね。そのときに鶴屋や日本橋の地本問屋がどう動くのかも楽しみにしてほしいし、僕自身も楽しみにしています。
