藤原定家は、『百人一首』でなぜあの100首を選んだのか?同じく定家選の『百人秀歌』と数首異なる訳は?史実を描きつつ、その謎を解き明かす一冊。

主人公は『(小倉)百人一首』の選者・藤原てい。平安末期から鎌倉初期に活躍した歌人で、同時期、『百人秀歌』でほとんど同じ歌を選んでいます。でも、わずかに違いが。

そこに着目して書かれた小説です。本のタイトルは、『百人一首』の定家自身の歌「来ぬ人を まつほの浦のゆうなぎに 焼くやしおの 身もこがれつつ」から取っています。

大きな読みどころは3つ。最初は、男性の三角関係。『新古今和歌集』のへんさんを命じた後鳥羽院と、定家とともに『新古今和歌集』の選者となった歌人・藤原家隆、そして定家。3人のどろどろした恋愛模様が描かれます。

2つ目は、定家の難聴の克服。幼いころほうそうにかかり、片耳が聞こえにくくなった定家。自然の音に敏感でなくてはならない歌人には大きなハンデです。

それを乗り越えるため、歌札を作り膨大な数の歌を記憶することで、定家は古今の歌に通じる大家になっていく......。史実かどうかはわかりませんが、この歌札こそかるたの原型なのではないか、と想像しています。

最後が、詳細に描かれる時代の流れ。鎌倉幕府に権力を奪われ、不安を抱える京の公家の姿から、優れた歌人でもあった将軍・源さねともの暗殺、後鳥羽院らが打倒幕府を掲げて挙兵した「じょうきゅうの乱」までの経緯・てんまつなどなど。

定家が現代的な思考をする人物として描かれているので物語に入りやすいですし、なにより歌好きの方にはたまらない作品だと思います。

(NHKウイークリーステラ 2021年12月17日号より)

北海道出身。書評家・フリーライターとして活躍。近著に『私は本屋が好きでした』(太郎次郎社エディタス)。