『源氏物語』の作者・紫式部と藤原道長(柄本佑)を、かけがえのない関係=ソウルメイトとして描いてきた「光る君へ」。大河ドラマの主演を務め上げた吉高由里子は、1年半にわたる撮影のクランクアップをどんな思いで迎えたのか。主人公・まひろを演じてきた日々について、話を聞いた。
クランクアップ後のスタジオで感じた「もののあはれ」
——長期間に及ぶ撮影でしたが、クランクアップの様子を教えていただけますか?
最後に撮影したのは、病床の道長とふたりきりのシーンで、まひろが物語を読んでいるところでした。撮影後は「カット! チェックします」と声がかかるのが普通の流れなんですけれど、そのときは「じゃあ、皆さんで!」と言われて、庭のところに一気に人が集まってきたんですよね。
いつもなら撮影したばかりのチェック映像がモニターに流れるのですが、そのときは三郎とまひろ時代や道長と藤式部になってからの名場面が編集されたVTRが映されて……。それを見たときに「1年半って、こんなにあっという間なんだ!」という気持ちになりました。
VTRを見た後は安堵感があって、うれしいような寂しいような気持ちになりましたが、泣くようなところまでは至ってなかったんです。でも、花束を持ってきてくれた中島(由貴)監督が号泣していて、その姿を見た瞬間に、私ももらい泣きしてしまって……(笑)。
凛として終わりたかったんですけど、ダメでしたね。結果、みんなでしくしく泣きながら、「よかったね、終わって」みたいな話をしつつ、写真をいっぱい撮りました。
——撮影していたスタジオにも思い出がいっぱいですか?
クランクアップの2日後に別の用事があってNHKへ来たのですが、スタジオを覗いてみると、もうもぬけの殻で……。撮影中はスタジオの前室に、出演者の写真や視聴者の方からのお手紙がいっぱい貼ってあったんですけれど、それすらもなくて。
「こんなに余韻がないんだ」というぐらい空っぽの知らない部屋になっていたのはショックでした。「私たちの思い出、青春が、一瞬にして消えるんだ」と思うと、「もののあはれ」を感じました。
2年間の思いが昇華する瞬間を見守りたいと、道長の剃髪シーンに立ち合った
——まひろに大きな影響を与えた存在として、宣孝(佐々木蔵之介)、周明(松下洸平)、道長という3人の男性が登場しましたが、吉高さん目線でそれぞれ振り返ってもらえますか?
宣孝さんは、器が大きくすべてお見通しで、まひろを面白く捉えて自由にさせてくれ、大きな心で見守ってくれていたと思います。根暗だと言われているまひろを、ちょっと面白い人間にさせてくれる魔法も持っていたし、彼の豪快さに影響された部分もあるんじゃないかなと思いました。
周明は、どこか自分と似ている部分があると感じていました。かつてまひろは父の為時(岸谷五朗)と衝突して、家に自分の居場所がないと苦しんだこともあって、周明の「中国人なのか日本人なのかわからない」所在なさに寄り添いたいと思ったんでしょうね。それが友情なのか、恋心なのか、似たもの同士が惹かれ合った部分があったんじゃないでしょうか。
あと、道長は……。もう、これはしょうがないじゃないですか(笑)。画面を見たら、わかりますよね? 私の言葉、いらないですよ(笑)。
このドラマは「月を見上げる」描写が多かったんですけど、「これは『まひろを思う』『道長を思う』描写だよね」と、佑くんとも話していました。みなさんも、そういうふうに見てくださったのではないでしょうか。常にお互いを思わない日はない、それくらい一心同体というか、お互いの生きがい、生きるための糧という存在だったんじゃないかと思います。
第42回の「川辺の誓い」では、ふたりの会話と距離感が、恋愛でもない友情でもない達観した関係性になっていて、ふたりのソウルメイトとしての最終形態という感じが出ていて、私はすごく素敵な回だったと感じました。
——出家して剃髪した道長と初めて対面したときは、どんな気持ちでしたか?
大宰府にいるときに、出家したという話を聞いてはいても、やっぱり目の当たりにして、びっくりしたと思います。宇治で弱っている道長を見て驚いたのとはまた別で、とても衝撃を受けたのではないでしょうか。あの時代の出家は社会的な死を意味していましたから。
でも、ホッともしたのかな。安らいだ様子に、もう道長が苦しんでいる姿を見なくてもいい、という気持ちもあったと思います。
——吉高さん自身は剃髪した柄本さんをご覧になって、どう思われましたか?
実は、剃っているシーンを撮影現場で見ていたんです。自分の出演シーンは撮り終わっていたんですけど、そのままセットに残って一緒に見届けました。佑くんは自分の髪で道長を演じるために、2年間かけて髪の毛を伸ばしてきたわけですけど、その思いのこもった、大事にしてきたものが切り落とされる瞬間を、私も見守りたいと思って……。
思いが昇華していくんじゃないかと「どういう感覚?」と聞いてみたら、「言葉じゃ説明できないけど、自分でもわからない感情がこみ上げてきた」と言っていました。そういう特別な瞬間に立ち合えてよかったな、私もともに戦ってきたんだなと、思いました。
人間の生々しさを表現する芝居を近くで見られたのは贅沢な時間だった
——柄本さんとの撮影で印象に残っているシーンはありますか?
第10回の廃邸のシーンは、ふたりだけの長回しの撮影だったんです。カメラ1台で、1シーン1カットの。お互いにダンスのように動きながら会話するんですけど、ふたりが抱える感情の“押し引き”もたくさんあって……。「このセリフのときは、こういう思いになっているのかな」という感情の部分を話し合いながら作りました。
——道長から「一緒に都を出よう」と言われたのに対して、まひろが「政でこの国を変えて」と告げる場面ですね。
そうです。そのシーン以外にも、第5回で道兼(玉置玲央)が母(ちやは/国仲涼子)を殺したと告げるシーンなど、まひろと道長の感情がぶつかり合うシーンをいくつも同じセットで撮影したので、強く印象に残ってます。
佑くんとは「このシーン、佑くんはどう思ってるんだろう?」と自然に聞ける関係性を築けました。佑くんが道長で本当に良かった。情けないところも感じさせる三郎の部分も、恐ろしいほど権勢を振るう道長の部分も、表情がコロコロと変わって……。
誰しも表に見えている自分と、内に秘めている自分の差があるとは思うんですけれど、人間の生々しさを表現するお芝居を、1年半も近くで見られたのは、すごく贅沢なことだったなと感じています。
——第45回で、ようやく賢子(南沙良)の父親が道長だと明かしましたが、どんな心境でしたか?
まひろが腹をくくれるようになるまでに、そこまで時間がかかったんでしょう。それを伝えることによって道長が揺らいで、彼が目指す政を遂行できなくなるんじゃないかと、言おうか言うまいか迷っていたんでしょうね。
やっと言えたことで、気づいているのか気づいていないのか悩む気持ちに終止符を打つことができたように思います。セリフを言ったとき、道長は「やっぱりか」と思ったようですし……。
——柄本さんは「最後まで知らない感じで演じようと思った」と、おっしゃってました。
え!? 真逆じゃない! そうか、あのセリフを言ったときは、そんな感じだったのか……。
——一条天皇(塩野瑛久)に向けて書き始めた『源氏物語』が、一条院の没後に「まだ書いておるのか」と道長から言われるほど、向き合い方が変わりました。どのように捉えていましたか?
あの「まだ書いておるのか」は、ダメですよね(笑)。私だったら、怒り心頭です。しかも第42回では「もはや役には立たぬのだ」とも言っていたし。「これ、まずいでしょ」と思うことが何回かあって、それを佑くんに話したら「確かに道長って、やばいやつだよね。俺、どんな顔してセリフを言えばいいんだろう?」みたいなこともありました(笑)。
それでも、最後の最後に、まひろが「源氏の物語はあなた様なしでは生まれませんでした」と言っていたように、感謝の気持ちがいちばん大きかったと思います。物語を書くことでまひろはまひろでいられたし、書いている時間だけは自分を大事にできたと思うんですよね。
まひろは「誰かのために」のほうが頑張ることができるタイプの人間で、自分のために輝くことよりも、誰かのために尽力できるタイプなんだろうな、とも感じました。
倫子から道長との関係を聞かれる場面では、思わず「こわ~!」と口に出た
——倫子(黒木華)については、まひろはどういう思いを抱いていたと思いますか?
倫子は、まひろにとって初めてできた女友達で、身分の違いも気にせずに学びの会に招いてくれた恩人なんです。偏継ぎとか、今までまひろが経験したことのない、自分が身につけた知識を活かせる遊びというのも、思春期のまひろにとって、とんでもなく楽しい時間だったと思いますし。
それに倫子がいなければ道長も内裏で出世することができなかったでしょうし、まひろが藤壺で働くことができたのも、やっぱり倫子の存在があったからだろうと思います。
昔からお姉さんのように慕っていた人なのに、同じ男性を好きになってしまった苦しみがあったと思いますし、道長と惹かれ合ってそういう関係性になったことへの後ろめたさもあったと思います。倫子に嫌われることを恐れるまひろもいたはずで……。隠していることが苦しいという気持ちは、ずっと持っていただろうと思います。
——倫子から「あなたと殿は、いつからなの?」と聞かれる場面は、どう思いましたか?
「気づかないわけはないか。でも、言うタイミングもなかったし……」みたいなフェーズまで行った最終盤での問いかけだったので、「嘘ぉー、今ですか?」と驚きました(笑)。
台本には「(言ってしまえ、の心)」と書かれていて、それは大石静さんからの“お手紙”なんですよね。この機会を逃したら一生嘘をつき続けることになってしまう。だから、まひろは倫子に向けての誠意を示すためにも、二度と会えなくなる覚悟でカミングアウトしたんだと思います。
あのシーンは、視聴者の方もザワついたんじゃないですか。リハーサルのとき、思わず「こわ~!」と口にしてしまって、黒木さんに笑顔で「怖くないですよ」と言われました(笑)。
最後に字を書くシーンを撮り終えたときには、クランクアップの日より泣いた
——「光る君へ」の美術や衣装で印象に残っているのは?
最初に衝撃を受けたのは為時邸のセットで、「セットの中に、池を作っちゃうんだ!」と驚きました。湧き水や井戸があるなんて、今までのスタジオ撮影では考えられなかったので。「曲水の宴」や廃邸など、同じ水を使ったセットでも、全然違う雰囲気で表現されているのが、すばらしいですよね。
ただ、ロケに比べてスタジオ収録はスケジュールがハードな時もあるんです。「何でもかんでもセットで撮るな!」と思うことが何度かありましたけど、すばらしいスタッフが揃っているので、どんなセットでも作れちゃう(笑)。
——道長が贈ってくれた、まひろと三郎が出会ったときの様子が描かれた扇もありました。
あれは特別でしたね。将来、人間国宝になるかもしれないと称される、有職彩色絵師の林美木子さんが作ってくださったもので、スタジオでは何よりも、私よりも大切にされていました(笑)。
普段はドラマに関わらないような方々の協力を得て作られた小道具を、自分の手で扱える機会を持てたことが、この大河ドラマに出演した特典ですね。ここでないと出会えないものが、作品世界を奥深く、リアルに伝える力を与えてくれていたと思います。
——書道指導の根本知先生が「最後のほうは、まひろが書いたものなのか私が書いたものなのか、わからないくらい上達されていた」と話されていました。
うわぁ、もっと言ってほしいです! ドラマの中でちゃんと文字を書いたのは、第45回が最後だったと思います。最終回にも旅先で書く描写があったけれど、文字は映らなかったので。セットで字を書くシーンを撮り終えたときには、クランクアップの日より泣いたかもしれません。
すごく孤独だったんですよね、書の練習って。感情の問題ではないから、誰かと話し合って解決することもないですし、出演者みんなが書をやるわけじゃないから共感できなくて……。「今日は、ちょっとうまくいった」という喜びも自分にしかわからないし、本当に寂しかったです。それでも、少しずつ上達していく自分を見つけられたときは、いいお芝居ができたときより嬉しくて……(笑)。
書があってのまひろ役なので、自分が今できる最大限を出したいという気持ちで取り組んできたので、終わった瞬間に何かが削ぎ落とされた感じで、思いが込み上げてきました。
宿題から解放された安堵感と、向かうところのない寂しさと……
——髪を茶色に染めていらっしゃいますが、撮影が終わって心境の変化みたいものがあったのでしょうか?
そうですね。まひろの髪はかつらで、頭頂部だけ自分の髪を使っていたんですけど、クランクアップの翌日に染めました。1年半、黒髪のロン毛で重かったことの反動ですかね? 現場が終わってしまうのが寂しくて、何かしないと耐えられなかったのかもしれません。ちょっと明るくしたいと思いました。
——今は「光る君へ」ロスの状態ですか?
まだロスというほどではないんですよ。終わった気がしていないというか、緊張感があるというか。最終回の放送が終わる瞬間まで気が張っているんじゃないのかな……。
書の練習をしなきゃいけないとか、セリフを覚えなきゃいけないとか、いろんな宿題から解放されたことで、ホッとしてる部分もありますが、一方で「向かうところがない」寂しさもありますね。次の週の撮影に向けて、土日に準備をする習慣が1年半も続いたので。
——ファンに向けて、ひと言お願いします。
大河ドラマの主人公として、視聴者の皆さんと一緒に最後まで走り抜くことができました。まひろを演じられたことは一生に一度の、大切な大切な宝物になりました。1年間、この作品をたくさん愛していただいて、ありがとうございました!