テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、プレミアムドラマ「団地のふたり」です。

「団地」と聞いただけでノスタルジーを感じてしまうのは、団地町に育ったから。団地に囲まれた小学校と中学校に通い、団地のようなマンションに住んでいた。1号棟から15号棟までほぼ同じ構造のマンションには、同級生だけでも20人はいたと記憶している。

同じマンション内のご婦人が子ども向けに私塾を開いたり(手厳しくて怖かった)、我が母も着物の着付けで小銭を稼がせてもらっていた。入学式・卒業式、結婚式のときに頼まれて着付けするのよ、2000円とかで。子どもがわんさかいた昭和50年代の話だ。踊り場で大規模なままごとを展開して怒られたり、けんした男子の部屋の前に犬の糞を置いて、後で謝りに行かされたりとかね。

両親が引っ越したのでもう縁がなくなったが、当時の同級生で住んでいる人はまだいるのだろうか……おっと、しまった、昭和の団地ノスタルジーを語り始めたら止まらなくなる。ここまで想起させたのは、「団地のふたり」のせいである。


55歳・出戻り・独身、幼なじみふたりの団地暮らし

小林聡美が演じるなっちゃんこと桜井奈津子はイラストレーター。事実婚の過去があるものの、相手は前妻と離婚が成立していなかったこと、しかも浮気していたことがわかり、関係を解消。

小泉今日子が演じるノエチこと太田野枝は大学の非常勤講師。結婚した相手は重度のマザコンであることがわかって離婚。ふたりとも実家のある団地に戻ってきた、という設定だ。

なによりもこのふたりの関係がうらやましい。保育園からの幼なじみは「お互いの小さな恥も誇りも、本気だった初恋の行方もほとんどその場で目にしている」仲だ。別々の高校に通い、大人になって団地を離れ、紆余うよきょくせつを経験し、酸いも甘いもみ分けてからの、今ここ、55歳。

人生でいらんものを削ぎ落した結果、快適さと自由を享受するふたりは、無理しない・見栄も張らない・思ったことは口にする。ほぼ毎日一緒にご飯を食べたり飲んだりする、いわば「スープのさめない距離」で理想的な関係だ。

たとえ仲のいい友達であっても、幼少期の思い出を共有できる人はそう多くない。なっちゃんとノエチはお互いが「外部記憶装置」となっているところもいい。こっちは忘れていてもあっちは覚えていたり、都合のいい記憶も都合の悪い記憶もちょいと補正をかけたりもして、鮮明によみがえらせてくれるのである。

子どもがいない、恋人も伴侶はんりょもいない、仕事はあるがそこまで忙しくもない。大金はないが、あふれるほどの欲望も野望もない。老いた親はいるが、そこそこ元気。55歳で「余生」と言ってしまうのは、日常に大きな不満や焦るほどの不足、心病むほどの不安がない証拠だ。「幸せはかたわらにある」と改めて思わされる。


団地内で起きる小さな事件は日常茶飯事

古くからの住民には、ふたりが子どもの頃から知っている人も。団地内拡声器といってもおかしくないのは佐久間さん(由紀さおり)。ふたりが佐久間さんちの網戸の張り替えを手伝ったところ、団地内では「宅配ピザと寸志で網戸張り替えしてくれる」と一気に広まり、依頼が殺到。ほほましいが、これぞ昭和の共同体と思い出した。つうか、55歳なのに団地内ではまだ「若手」と呼ばれるのもなんだかおかしくてね。

新しく入居した住民や戻ってきた元住民もちらほら。

子育てに悩むシングルファザーとその娘(塚本高史・大井怜緒)、同級生でノエチの初恋の人・春日部(仲村トオル)と春日部の認知症の母(島かおり)、恋人に別れを告げられ、ボヤ騒ぎを起こしたフラワーアーティスト(ムロツヨシ)など。

ヤンキー夫婦(前田旺志郎・田辺桃子)とクレームおじさん(ベンガル)の小競り合いもある。困りごとや悩み事に直面している住民たちに、さりげなくそっと寄り添うふたり。いや、他の住民たちも含めて、団地内の支え合いと助け合いも機能しているように見える。

独特なコミュニティーは令和の時代に敬遠されがちでもあるが、このドラマで描かれるのは成熟した大人たちの牧歌的な事件簿なので、安心して観ていられる。ただし、ノエチの父(橋爪功)は管理組合の理事長なので、住民から寄せられるクレーム対応に頭を悩ませてはいる。騒音、ゴミ出し、ペットなどで口うるさい住民がいる一方で、確かにルールを守らない住民がいることも確かだ。

このドラマを観ると、団地もいいなと思ってしまうが、過去に理事会の理事長になって苦くてツライ経験もしているので、冷静にブレーキを踏む自分がいる。


都市計画の誤算はさておき、足るを知る

1960年代から都市近郊には巨大な団地がたくさん誕生した。それが今は、住民の高齢化、管理組合や理事会のなり手不足で空洞化・形骸化、修繕費不足や工事の人件費や材料費の高騰で大規模修繕ができずに進む老朽化などの問題が報じられることも多い。一方で、賃料の安い、あるいは低価格で販売されるようになった団地に回帰する若い世帯も増えていると聞く。

外国人のコミュニティーが形成され、活気づいている団地もあると聞く。団地では部屋が余っているのに、都会の便利な場所には雨後のたけのこのごとく超高級タワーマンションが建設ラッシュを迎えている。つくづくバランス悪いな、日本の都市計画は、なんて思っちゃう。

そこで今、団地文化に改めて光を当てたこのドラマには意義があるし、しかも主人公たちは55歳。肩の力も抜けきって、足るを知る世代が「あなたの思う幸せってなんですか?」と言外に問いかけてくるような。ふたりが時折過去を振り返り、胸の奥にちくっと痛みを覚えながらも、今は笑って話せる時間を楽しんでいる。

ああしたいこうしたい、あれもほしいこれもほしい、こう見られたいどう思われたい、とダダ漏れする欲望がばかばかしく見えてきて、変な「りきみ」がぽろぽろと削げ落ちる感覚がある。もちろんこれは、小泉今日子の存在感と小林聡美の安定感の賜物でもあるが、観る者をリラックスさせる効果は絶大。日曜夜にちょうどいい。 

                         

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。


プレミアムドラマ「団地のふたり」(全10話)

毎週日曜 NHK BS/BSP4K 午後10:00〜10:49ほか

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