どうも、朝ドラ見るるです。

星長官に穂高先生、法曹界の大先輩たちが次々と鬼籍に入られた今週。桂場&ライアン&多岐川トリオも、さすがにしんみりムードでした。特にトラコ(とも)の人生を方向づけた穂高先生の退場は寂しいです。穂高先生が、まなトラコに告げたこの言葉。

「佐田くん、気を抜くな。君もいつかは古くなる。常に自分を疑い続け、時代の先を歩み、立派な出がらしになってくれたまえ」

し、みる……!
“立派な出がらし”になるのがどれほど大変か、星長官と穂高先生の絶妙にくたびれた背中から伝わってきました。いつかはトラコも“立派な出がらし”になって、後輩たちに理想を託してゆくことになるのかなあ?

さて、話を戻して……今週は、対立が続いていた「少年部」と「家事部」が、ついに協力しあって問題を解決しましたね。トラコたちが目指す“愛の裁判所”の理想の姿、ちょっとずつ見えてきた気がします。

でも、ちょっと待った! 先週から、トラコがラジオに出たり、歌手・茨田りつ子のコンサートをやったりと、盛んにその存在をPRしてきた家庭裁判所ですが、史実では一体、どんな感じだったんでしょう?

「愛のコンサート」は本当にあったの? ポスターのモデルは本当は誰? そこのとこ、ちょっと押さえておきたい!
そこで、『家庭裁判所物語』の著者でありドラマ制作にも参加しているおなじみNHK解説委員の清永聡さんの登場です。ではさっそく、教えて、清永さん〜!

“愛の家庭裁判所PR大作戦”は本当にあった!

見るる ドラマの中では、1949(昭和24)年4月に、東京家庭裁判所の庁舎が完成したと言ってましたけど、実際にはどうだったんですか?

清永さん 史実通りです。家庭裁判所として全国で初めての独立庁舎で、場所は霞ヶ関の一角、現在の人事院が入っている合同庁舎のあるあたり。でも、霞ヶ関の建物としては、一風変わった作りでした。当時の写真が残っていますよ。こちらをご覧ください。

優しいクリーム色をした木造2階建て、中心部には3階相当の塔がついた作りで、正面入り口にはタイル張りの噴水が、敷地内には花壇がしつらえられていました。また正面玄関前に見えるのは、ブロンズの母子像です。

見るる おお〜。なんだか裁判所というより、小学校の校舎みたいな感じですね。そうか、見た目からして“親しみやすさ”にこだわったんですね? 確かに圧迫感はないかも!

清永さん 当時の資料や取材で話を聞いた元職員によると、入ってすぐに市民からの相談室が置かれ、各部屋には大きな窓があって、日の光が入る明るい作りになっていた。中庭もあって、そこでは一時期ニワトリが放し飼いにされていたこともあったとか。

見るる それはちょっと牧歌的ですね。これまでの物々しい裁判所の感じとは全然違います。やっぱり、内藤判事がアメリカで見学してきたという「ファミリー・コート」を意識したんでしょうか(「イケメン“殿様判事”久藤&“趣味は滝行”多岐川には、モチーフとなった人物が! 逸話だらけ、実在の“クセつよ”判事を紹介♪」)。彼らの理想が、ひとつ形になった建物だったんですね。

清永さん ええ。実際、トラコのモデルであるぶちよしさんも、当時の雑誌にこう書いています。

「家庭裁判所は『家庭に光を、少年に愛を』というモットーを持ち、冷たい厳正な今までの裁判所とは全然性質を異にした、新しい裁判所なのです」
「いま、地方裁判所を『正義の裁判所』とすれば、家庭裁判所は『愛の裁判所』ということができませう」

               (『法律のひろば』1949[昭和24]年4月号より)

見るる 多岐川がよく言う「愛の裁判所」も、本当に使っていたんですね(笑)。あと、「家庭に光を 少年に愛を」も、ドラマで言ってましたね〜。なんかこう、みんなの熱を感じます!

清永さん 「愛の裁判所」という言葉は、多岐川のモチーフの1人である最高裁家庭局長の宇田川潤四郎さんが、当時、繰り返し使っていた言葉でした。おそらく、三淵さんは宇田川さんの影響を受けたのでしょう。

また、「家庭に光を 少年に愛を」のフレーズは、家庭裁判所普及のために作られた標語だったんですよ。そして、新庁舎の落成にあわせて始まった、家庭裁判所PR大作戦の一環として作られたようです。

見るる そうなんですか! じゃあ、「愛のコンサート」も実際に……⁉︎

清永さん 残念ながら、それはドラマのオリジナルです。でも、広報強化週間、その名も「創設記念週間」が企画されたのは本当で、三淵さんはそこの事務局を担当していました。

見るる コンサートはなかったとして、具体的にはどんなPR活動をしたんですか?

清永さん 全国の家庭裁判所で無料相談をしたり、幻灯機*で家事審判と少年審判を紹介する内容のフィルムの上映会を行ったりしました。東京では、日本橋、銀座、上野のデパートで出張家庭相談を開き、さらにその頃、最高裁判所の判事になっていたづみ重遠しげとおによる講演会も行われました。ポスターは10万枚、「家庭裁判所のしおり」というハンドブックは5万枚印刷したそうです。

* 幻灯機……スライド映写機の原型。ランプとレンズを使って、ガラスに描かれた画像を幕などに投影するもの。

見るる わー、いろいろやったんですね! そういえば、ポスターのモデルは、ドラマではコンサートに出演した歌手・茨田りつ子がやっていましたけど、コンサートが創作だとすると、実際は誰がモデルだったんですか?

清永さん まず、こちらをご覧ください。実際に当時作られた、家庭裁判所のポスターです。

昭和24年に作られた家裁のポスター。2人が手に持っている紙には「あなたがたの家庭裁判所が全国四十九ヶ所に生れました/家庭裁判所は/あなたの家庭をまるくおさめ/あなたの子供を悪から守る」と書かれている(『東京家庭裁判所沿革史誌』より)。

見るる わ、ドラマに出てきたポスターとそっくりです!

清永さん この実際のポスターで母親役をしているのは、当時、映画や舞台の俳優として活躍していた(初代)水谷八重子さん。のちの関係者の回想によれば、実は、彼女にこれを依頼したのは、何を隠そう、殿様判事の愛称で多くの人に敬愛された内藤頼博ないとうよりひろだったんですよ。

元華族で芸能界にも顔がきく内藤判事は、知り合いの新劇の関係者に頼んで劇場の楽屋に入れてもらい、そこで水谷さんに直談判じかだんぱんしたのだそうです。

見るる うわー、それもドラマのライアンと一緒だ! さすが!

清永さん すると、水谷さんはその場で快諾。劇場には、ちょうど子役もいたので、2人に即興でポーズをとってもらって撮影した写真をもとに作ったのが、こちらのポスターだったそうです。

事実はドラマより奇なり! ラジオ出演時の対談相手は“朝ドラ”でも知られるあの人

見るる PRといっても、当時はテレビもネットもないんですもんね。ポスターや出張相談、講演会という地道な活動をしていたわけですか。

清永さん もちろん、当時最先端のメディアだって使いましたよ。それがラジオです。

見るる ドラマでも、トラコと多岐川さんが一緒にラジオ出演していましたね! ということは、三淵さんも?

清永さん いえ、実際に出演したのは、宇田川潤四郎さんだけでした。1949(昭和24)年4月19日、NHKラジオの「婦人の時間」という番組で、家庭裁判所特集が組まれたときのことです。注目は、宇田川さんのトークのお相手です。番組司会はなんと、『赤毛のアン』の翻訳者と知られる児童文学作家の村岡花子さんでした。

見るる え! 朝ドラ「花子とアン」(2014年放送)の主人公のモデル、村岡花子さんじゃないですか! ちょっと前に、民法の改正の委員としても、お名前が出ていましたよね(「明治民法の改正には寅子同様、三淵嘉子さんもかかわっていたの?」)。わ〜やっぱり、なんだかうれしい(ホクホク)。

清永さん 記録によれば、2人はラジオのトーク中に「愛の裁判所」を連呼していたようで……当時としては、けっこうなインパクトだったんじゃないでしょうか(笑)。実は村岡さんは、家庭裁判所の調停委員も務めていて、家裁には詳しかったんですよ。

見るる 児童文学作家ですから、子どものことには関心が強かったんでしょうね。少年の問題に熱心だったという宇田川さんと気が合いそうです。

清永さん ともかく、それら熱心な広報活動が実を結んで、その後、東京家庭裁判所は、毎朝、開庁時間になると、相談に訪れる女性たちの列ができるほど盛況だったそうですよ。

見るる よかったですと、素直に喜んでいいのか……。それだけ困っている女性が多かったってことですもんね。でも、せっかく開いた家庭裁判所ですし、一人でも多くの人の役にたってもらわないと!

清永さん そうですね。ちなみに、現在では、中立的な立場にある裁判所では限界があることから、家庭裁判所の中に「相談窓口」というものは設けられていません(一般に弁護士などが相談に対応しています)。現在の家裁にあるのは「手続案内」で、“問題解決のために必要な手続きを案内する”というものです。

ただし、発足した当時の家裁の取り組みは、“積極的に外へ出て困っている人たちの声に耳を傾ける”というものですから、その熱意と行動力は、現代の裁判所も見習うべきところがあるように思います。

(参考文献:『東京家庭裁判所沿革誌』[1955年刊]、『東京家庭裁判所沿革史誌』[1999年刊]、『家庭裁判月報11巻1号』)


次週!

第15週「女房は山の神百石の位?」7月8日(月)〜7月13日(土)

意味:女はきわめて大切なものである、というたとえ。

穂高先生を見送って、いっそう裁判官としての仕事に意欲を燃やすトラコ……しかし、予告動画は何やら不穏です! 花江ちゃんが……怒り爆発してる⁉︎

そう、ここのところ、トラコが華々しく活躍する一方で、花江ちゃんの表情が曇るのが心配だったけど。ついに⁉️ 2人にはずっと親友でいてほしいのに! 待て、次回!

というわけで、今週の「トラつば」復習はここまで。
来週の先生方の講義も、お楽しみに〜!!


清永聡(きよなが・さとし)
NHK解説委員。1970年生まれ。社会部記者として司法クラブで最高裁判所などを担当。司法クラブキャップ、社会部副部長などを経て現職。著書に、『家庭裁判所物語』『三淵嘉子と家庭裁判所』(ともに日本評論社)など。「虎に翼」では取材担当として制作に参加。
※清永解説委員が出演する「みみより!解説」では、定期的に「虎に翼」にまつわる解説を放送します。番組公式サイトでも記事が読めます。
2024年6月17日放送の『みみより!解説「虎に翼」解説(4)個性的な上司と絵画』はこちらから(NHK公式サイトに移ります)。

取材・文/朝ドラ見るる、イラスト/青井亜衣

"朝ドラ"を見るのが日課の覆面ライター、朝ドラ見る子の妹にして、ただいまライター修行中! 20代、いわゆるZ世代。若干(かなり!)オタク気質なところあり。
両親(60&70代・シニア夫婦)と姉(30代・本職ライター)と一緒に、朝ドラを見た感想を話し合うのが好き。