変わり者として知られる多岐川幸四郎(滝藤賢一)の右腕にして、家庭局をまとめ、支える汐見圭。穏やかで実直、家庭局の中で最も安定感のある人物と言えます。
しかし第12週で、実は妻・香子が、寅子(伊藤沙莉)の明律大学の同窓“ヒャンちゃん”こと崔香淑であることが判明。2人のつらい経験や重い決断、共に生きるためにたくさんの犠牲を払ったことがわかりました。
個性派だらけの共演者の中、汐見をどう位置付け、どう表現しようとしたのか、演じる平埜生成さんに伺いました。
汐見のコンプレックスは何か? と考えるところから役作りを始めた
──汐見圭という役を、平埜さんはどのように捉えていますか?
脚本を読んだり、放送を見たりしながら、ずっと、この作品が伝えたいメッセージは何かを考えていたんです。そして僕の解釈では、どのキャラクターもそれぞれコンプレックスを抱いていて、でもそれが逆にその人の個性であり、魅力になっているということじゃないかと。
自分では直したいけど直せない部分、また悪い部分が出ちゃった、なんて思っているところは、視点を変えると、実は大きな“翼”だったりする。そういうメッセージが含まれていると思ったんです。
その考え方で汐見を見たとき、僕が脚本から受け取った汐見の人物像は、気弱で、優男で、書道の腕は達人なみで、下戸で……。そして、ちょっと押し出しは弱いかもしれないけど、とても優秀な人なんですよね。彼は、一体どこに、コンプレックスを抱いているんだろう、と思って、監督とずいぶん話をしました。
それでたどりついたのが、言葉です。例えば彼が、訛りのある地域の出身で、自分のイントネーションを気にしていたら、さらにいいんじゃないかなと。
とても優秀で、非の打ちどころがなさそうな汐見に、言葉のコンプレックスがあることで、人物像に奥行きが出ると思ったんです。
――ご自身で、汐見のキャラクターにそういう“味付け”をされたんですね。
自分で提案して、自分の首をしめているわけです(笑)。方言指導の先生とも相談して、標準語をしゃべっているんだけど、ほんの少しだけイントネーションに訛りがまじる、という演技をしています。
でも、実はこれ、妻の香子ちゃんこと、チェ・ヒャンスク(崔香淑)と汐見とをつなぐキーワーにもなるかなと。2人がどうして惹かれあったのか、ドラマの中でははっきりとは語られません。でも僕は、ここが凄く重要だと思い、ずっと考えていて。2人の間で、なにかが共鳴しあったんじゃないかなと。
香子ちゃんの背負っているものは、出自のことも含め、これはもう計り知れないくらい重いものです。ただ、2人に共通していることに「言葉」があるとしたら……その部分で、シンパシーを感じたんじゃないかと。これは、最初はまったくの僕の想像でしたが、監督と話し合う中で、それは面白くなりそうだ、となりました。
──興味深い捉え方です。コンプレックスの視点で見ると、ほかの登場人物はいかがですか?
多岐川さんも、やっぱりコンプレックスが強い人なんじゃないでしょうか。特に印象的だったのは、朝鮮から引き揚げてきて、上野駅で孤児たちを見るシーン。すごいシーンに立ち会ったなと感じました。
放送で使われたのはほんの少しでしたが、僕は汐見を演じるとき、あのシーンをずっと大切にしています。子どもたちを前にした、多岐川さんの背中……。そこに、深い愛と、ある意味でのコンプレックスを僕は感じ取ったので。あれが多岐川さんにとって、家庭裁判所に対する熱量の原動力になっていると思います。
それに、あの瞬間、多岐川さんと汐見、ヒャンスクの間に、言葉にならない絆、結束力ができたとも感じました。
──愛にあふれているにしても、多岐川は相当に破天荒なキャラクターです。それを支えるのは大変そうですが……。
不思議なんですけど、僕も脚本を読んでいるときは、なんてはちゃめちゃなキャラクターなんだと思ったんですよ。ところが、実際に滝藤さんが演じると、すごくしっくりくるというか、真っ当な人に見えるんです。
突拍子もない滝行や水行も、実は誰かのためにしていることで、全然変じゃない。むしろ応援したくなる……って、あれ? これ、僕が役に入り込み過ぎているからそう思うんですかね?(笑)でも、滝藤さんの演技がそれくらい説得力があるということ。だから、汐見はそんな多岐川さんを支えたいんです。彼の頭の中にあることを実現させてあげたい。それが本心だと思います。
ただ、確かにちょっと、言葉のチョイスはね……もう少しうまくやれば、人を怒らせたりしないのになって、それくらいは思っているかもしれません(笑)。
──多岐川を演じる滝藤賢一さんとのお芝居はいかがですか?
滝藤さんは、本当にやさしくて穏やかで、素敵な方です。現場でもいろいろなお話をさせていただいています。特に、演技についての話が多いですね。
例えば「どうやってセリフを覚えているの?」「難しいセリフに対して、どうアプローチしてる?」なんて話しかけてきてくれて。それに僕が答えることで、滝藤さんご自身の経験を教えていただいています。たぶん、多岐川と汐見の関係性を踏まえてコミュニケーションをとってくださっているのだと思いますが、すごく愛情を感じます。ありがたいです。
それに、口ぐせのように、「みなさんの演技が素晴らしいので、僕はそれに影響されてやっているだけなんです」と言うんですよ。とにかく謙虚なんです。僕も、これはまねしようと思ってます(笑)。
──家庭局のほかの面々はどうですか?
小橋さん(名村辰)、稲垣さん(松川尚瑠輝)、トラちゃん(寅子)と、みなさん、明律大学が舞台だったころからこのドラマを引っ張ってきたメンバーですからね。空気がとっても暖かいんですよ。そこに裁判官編からの参加である僕たちが加わっても、それを異物と捉えるのではなく、新鮮さとして受け入れて楽しんでくれている。
それにリハーサルの活発さたるや! みんな自分の意見をバンバン言うんです。先輩・後輩関係なく「ここは何か違う気がする、だからこうしたい」とか。普通、ドラマの撮影って、どうしても時間が限られているので、そこまで深く話し合いをすることってないんですよ。このチームは、いい意味で全く妥協しないんです。誰ひとり。すごくいいチームだと思います。
汐見は香子の決断を尊重しながら、そばで見守っていこうとしている
──妻役のハ・ヨンスさんとの共演はいかがですか?
僕はとっても刺激を受けています。本当に素敵な方。それに強いですね。そもそも、異国の地に渡って俳優業をしようというんですから、その強さをビシビシ感じています。僕は、彼女と話していると、質問が止まらないんです(笑)。とにかくいろいろ聞きたいことがあって。すると、彼女も何にでも答えてくれる。それでいて、役に入るとバチーンと切り替わる。すごいですよ。
でも、そうやってコミュニケーションをとる時間があるおかげで、夫婦2人の演技のときも、特に細かく打ち合わせをしなくても、演技の中で自然と手を取り合ったりと、阿吽の呼吸で動けていると思います。
──2人で、この夫婦のなれそめについて話したことはありますか?
それは……とても複雑ですよね。当時、日本の占領下にあった朝鮮の人々がどんな思いをしてきたかを学ぶと、とても今の価値観では想像が追いつかない。そんな中で、汐見と香子は周りの反対を押し切って、家族に勘当されてまで結婚したわけで。なれそめや愛情の深さで2人の関係を捉えることは難しいと思っています。
──香子の現在の生き方について、汐見はどう思っているのでしょう?
安易に口を出せないし、彼女のやりたいようにやらせてあげたい、そういう気持ちだと思います。たとえ夫婦であっても立ち入れない領域はあると思うんですよね。だから、汐見は彼女の決断を尊重しながら、そばで見守っていこうとしているんじゃないでしょうか。
ただ、子どもの将来については2人で考えないといけません。これからどうしていくのかは、まだ僕にもわからないので、どんな展開になるのか、台本が楽しみです。ちゃんと受け止めて、パートナーとして歩んでいけたらいいなと思いますね。
──この後の見どころを教えてください。
“僕なりの解釈”に戻っちゃうんですけど、「虎に翼」は「コンプレックス」を「翼」に変える物語だと思うんです。そして人間の価値観って、こんなに属している社会の規範に左右されるんだということが、よくわかります。
例えば、戦前から戦後で一気に価値観が変わり、それによって目に見える世界もガラッと変わりますよね。令和に生きる僕たちの価値観も、現代の社会規範によって出来上がったものでしかないということに、ドラマをご覧になる方も気づかれるのではないでしょうか。そう考えると、100年後の人が今の僕たちを見たら「え!?」と思うことがたくさんあるのかもしれません。
それくらい、人の価値観は脆く曖昧で揺れやすいもの。その価値観の変化が、このドラマの見どころだと思っています。そして、その価値観の変化が、現代に生きる僕たちに、どう影響するのか──。これが平埜生成としての楽しみです。
汐見としての楽しみは、まず、トラちゃんの活躍。それから、やっぱりヒャンちゃんかな。彼女が今後どんな決断をするのか見守ってほしいです。
ひらの・きなり
1993年2月17日生まれ、東京出身。NHKでは、大河ドラマ「おんな城主 直虎」、連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」、「あなたのブツが、ここに」「NHKスペシャル 南海トラフ巨大地震」「グレースの履歴」ほか。近作に、舞台『兵卒タナカ』『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』、ドラマ「インビジブル」(TBS系)、「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」(時代劇専門チャンネル)ほか。