寅子(伊藤沙莉)の上司である、最高裁判所家庭局長の多岐川幸四郎。趣味・滝行、口ぐせは「愛だ!」――裁判官の中でも久藤(沢村一樹)と並ぶ変わり者ですが、その根底には、戦災孤児を救いたいという情熱があります。
家庭局事務官と特例判事、二足の草鞋で奮闘することになった寅子を見守り、叱咤激励する多岐川を演じるのは、滝藤賢一さん。多岐川という人物をどうとらえているか、また、演じる上での俳優としての“格闘”について語ってくれました。
多岐川は孤児たちを見たとき「これが、俺が生かされた意味だ」と感じた
――多岐川は突飛な言動もありますが、家庭裁判所設立や戦災孤児救済に対する並々ならぬ使命感を持った人物として描かれています。滝藤さんは多岐川をどんな人物だと思われますか。
いただいた資料の中に、多岐川のモチーフとなった人物、宇田川潤四郎さんについて書かれた本があったんです。宇田川さんがどんな思いで家庭裁判所を作ろうとしたか、 若者を育成しようとしたかなどを知ることができ、多岐川という役を生きるうえでとても参考になりました。
宇田川さんは大変なアイデアマンで、当時では誰も思いつかないようなことをたくさんされているんです。ドラマにもいくつか実際のエピソードが使われていますが、若者たちに声をかけて、日本でBBS運動(Big Brothers and Sisters Movement*)を始めたり、広報のためラジオに出たり、コンサートを開いたり。
「家庭裁判所の五大性格」を提示したのもそうですね。時代の先端をいきすぎて、常人にはついてこられないこともあったでしょうが、なりふり構わず突っ走った。とても魅力的な方だと感じました。
そんな宇田川さんを反映したキャラクターですから、多岐川も、僕自身にはない要素ばかりの役です。僕は若手をかわいがったり、先頭に立って物事を進めていったりするタイプではありませんし、一人で黙々と植物の世話をしてますから。
自分の中のどういう部分で多岐川を演じればいいのか、本当に難しくて、今も監督や共演者の皆さんと相談しながらやっています。
――多岐川が戦災孤児の救済や、家庭裁判所の設立・運営に熱心に取り組んだ理由については、どう捉えていらっしゃいますか?
汐見君(平埜生成)の回想で、満州から引き揚げてきた多岐川が、上野で戦災孤児たちを見て、彼らのために生きようと決意する、短いシーンがあります。
宇田川さんも満州に赴任していて、現地の若い子たちに法律を教え、かわいがり育てていたそうなんです。だから敗戦後、仲間の裁判官が戦犯として処刑されたり抑留されたりする中で、宇田川さんに恩を感じていた子たちに助けられ、生き延び、何とか帰国することができた。
そんな背景を知ると、セリフのない回想のワンシーンも、とても大事だと思いました。きっと多岐川は自分だけ生きて帰ってきてしまったことが、とても苦しかったと想像します。
だからこそ孤児たちを見たとき、「これが、俺が生かされた意味だ」「生涯をかけてやるべきことを見つけた」と感じて、ビビッと身体に電気が走ったんじゃないでしょうか。
ただ、人間一人でできることには限りがある。多くの少年少女を救うには、やはり家庭裁判所が必要だと信じて、無我夢中になってやってきたと思うんです。表情だけで、どこまでその思いを見る方に伝えられたかはわかりませんが、大事に演じたつもりです。
――そんな情熱を内に秘めている一方で、滝行や謎の体操、「愛だ」の口ぐせなど、強烈なエピソードがたくさん出てきます。どう演じようと思われました?
僕も台本を読んだ時、「え、なんで滝行?」と思いました(笑)。実際に宇田川さんがやられていたんですね。寅子たちにやらせていた謎の体操「ピンピン体操」も、大事な会議中に居眠りしていたことも、家庭裁判所準備室でスルメを焼いていたことも、全部本物のエピソードらしくて。ぶっ飛んでますよね(笑)。
ただ、どんな行動をとるにせよ、その理由は自分の中で納得してから演じたいと思いました。一つ一つの行動の裏付けをとって、自分の中で成立させておかないと、上っ面だけの人間になってしまいそうで。
たとえば、スルメを焼いているのは、「アットホームな雰囲気の中で、男女立場関係なく論争できる、言いたいことを言い合える状況をつくりたいから」とか。そのあたりは、宇田川潤四郎さんについての資料に助けられて、いろいろ納得できました。
脚本家の吉田恵里香さんは、多岐川をたいへん面白く書いてくださっているけれど、「その行動に至るまでの内面は、自分でちゃんと埋めてね」ということだと思うんです。表面だけをなぞって、彼の根底にあるものを見失うと、キャラクターだけがたって人間味がなくなってしまう。だから台本や資料をもとに、探り探り自分を疑いながらやっています。
――それは非常に繊細な作業ですね。
とはいえ、一人では何もできませんので、全スタッフ、共演者の方の力によって、多岐川という人間が生かされています。皆様に頼りきってますよ。無責任に丸投げです。
――共演者の力は不可欠とのことですが、特に印象深いシーンはありますか?
家庭局での寅子、汐見(平埜生成)、小橋(名村辰)、稲垣(松川尚瑠輝)のアンサンブルです。5人で1つのチームだと思っているので、みんなで作り上げている印象が強いです。
実際の宇田川さんも若手の意見をよく取り入れる方で、家庭局はものすごく自由な空気が流れていたそうなんです。その雰囲気を出すためにも、アンサンブルは大事だと感じます。お互いに相手を観察して、しっかりリアクションをとっていく。その積み重ねですね。
それに、多岐川は、自分が先頭に立って「ついてこい」というタイプだと思うんですが、一方で若い子たちのハートに火をつけ、やる気を出させる天才だと感じています。だから多岐川としても、僕としても、みんなが情熱を燃やせるような言葉をかけたり、そういう場を作ったりする存在でいたいですね。
みんなが一つの目的に向かって集約していく流れは、すごく魅力的
――お芝居のセッションの中で、多岐川として寅子にどんな影響を与えたいと思われますか?
それは大きな課題ですよね。主人公が成長していく様は、朝ドラの醍醐味ですものね。沙莉ちゃんに影響を与えたいのですが、影響を受けてばかりです(笑)。空回りしまくって、逆に迷惑ばかりかけているので、反省する日々です。
――滝藤さんは「似ていない」とおっしゃいますが、お芝居にかける情熱は、多岐川さんの熱量と非常に重なる部分があると感じます。
共演者やスタッフの皆さんに申し訳ないと思いつつも、全てのシーン、最後まであがき、諦めずにいたいですね。リハーサルが終わってからも、「やっぱりこっちに座ったほうがいいんじゃないか」とか「このセリフはここで言ったほうが効果的じゃないか」とか、ずっと考え続けています。
最後の最後まで「本当にこれがベストなのか?」と問い続けたい。みんなごめん、付き合って!って心の中で謝り倒して。それを受け入れてくださるチームの皆さんには、感謝しかありません。
――滝藤さんほどのキャリアの方が、そこまでされるというのは、驚きです。
やればやる程、自分のやっていることに疑問を感じるようになってきました。自分を信じられないといいますか。毎日苦しいです(笑)。芝居ってなんですかね? 分かる時が来る気が全くしないのが恐ろしいです。
――最後に、ドラマ後半の見どころをお願いします。
“裁判官編”は、戦争が終わって日本中が希望を失い、多くの人が路頭に迷った時期が舞台。そんな中、寅子はもちろん、桂場(松山ケンイチ)も久藤(沢村一樹)も、法律に関わる全ての人間が「弱い立場に置かれた人たちを救うんだ」「日本をよくするんだ」という一つの目的に向かって団結していく。
共に励み、共に苦しみ、共に涙し喜ぶ姿。切磋琢磨する様は、すごく魅力的だと思っています。戦災のどん底から、この状況を打破するべく、いろんな立場の人たちが集まってくる。日本の戦後復興、そこで感じられる勢い、エネルギーが見どころじゃないでしょうか。
その空気を出演者みんなで構築できていると信じたいですし、前半戦で皆さんが丁寧に積み上げたものを、僕たちが引き継いでやれていたらうれしいですね。
たきとう・けんいち
1976年11月2日生まれ、愛知県出身。NHKでは、大河ドラマ「龍馬伝」「麒麟がくる」、連続テレビ小説「梅ちゃん先生」「あまちゃん」「半分、青い。」、「破裂」「グレースの履歴」ほか。近作に、映画『ひみつのなっちゃん。』『ミステリと言う勿れ』、ドラマ「今日からヒットマン」「探偵が早すぎる」シリーズ、配信ドラマ「幽☆遊☆白書」など。