テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、プレミアムドラマ「エンジェルフライト」です。

葬儀屋や納棺師、エンバーマー(遺体衛生保全士)が登場する作品はそう多くない。おそらく有名なのは、本木雅弘主演の映画『おくりびと』や、片平なぎさ主演の山村美紗サスペンス「赤いれいきゅうしゃ」シリーズ(フジテレビ系)だ(懐かしい!)。

また、山下智久・山崎努が出演した「最高の人生の終り方」(2012年・TBS系)は葬儀屋が舞台、名物・ドロドロ愛憎劇、中島丈博脚本の昼ドラ「天国の恋」(2013年・フジテレビ系)ではヒロイン(床嶋佳子)がエンバーマーだった。

この「エンジェルフライト」で描かれるのは、国際霊柩送還の仕事。海外で亡くなった人の遺体を無事に帰宅させるのが任務だ。

特殊な搬送であり、現地大使館とのやりとり、遺体の引き取りから許可申請、航空貨物便の手配など、諸々の手続きだけでもやることがいっぱいだが、それだけではない。

葬儀屋として、葬儀の手配に遺族へのグリーフケア、納棺師やエンバーマーとしての繊細かつ専門的な業務も含めて請けおっている(文字にしただけでも激務とわかる)。そんな業務を担う会社「エンジェルハース」の社長である主人公・伊沢那美を演じるのは米倉涼子だ。

つい先日の「あさイチ」(2024年6月14日放送「プレミアムトーク」)に米倉が出演した際、このドラマの撮影時に病気で体調不良だったことを明かした。とんでもなくパワフルで情に厚い那美を、まんしんそう&激痛を抱えながら演じていたことを知った。

「私、失敗しないので」の名ゼリフが有名な凄腕すごうでフリーランス外科医の役とは「豪放ごうほう磊落らいらく」という共通項もあるが、那美は喪失感や罪悪感を抱えている人物でもある。霊柩送還士としての使命や重責をはたしながらも、愛した男(向井理)の生存確認ができずに苦しんでいる難役だ。

Amazon Primeで2023年に配信されたときに見たが、NHK BSのプレミアムドラマでも放送されることになって嬉しい。なぜなら、ひとつひとつのエピソードが非常に濃いからだ。レギュラー陣のキャラクターはもちろんのこと、1話ゲストの役者にも見せ場がしっかりある。

地上波テレビの枠内におさめようとすると、どうしても端折はしょり展開と解説ゼリフでエピソードが簡略化されてしまう。人が死に至るまでの経緯、それまでの背景、遺された人々の思いを丁寧に描くのは難しい。ということで、プレミアムドラマ化をでつつ、ざっくり見どころを紹介したい。

仕事きっちり~少数精鋭なエンジェルハースの面々

米倉演じる那美は前の夫とは離婚し、2人の子を育てるシングルマザー。勤務医レベルで呼び出しがかかるため、オンコール携帯を持ち歩き、依頼がくれば海外へ駆け付ける。なぜならご遺体は時間が勝負、時間がたてばたつほど腐敗したり、変形したりしてしまうからだ。

ご遺体には最大限の敬意を、ご遺族には細心の注意と配慮で、体力も精神力も使い果たす仕事。子どもたちが自立しているように見えるのも、パワフル米倉母ちゃんの仕事っぷりがわかっているから、と言外に伝わる。

そんな那美と会社を立ち上げたのは会長の柏木史郎(遠藤憲一)。エセ広島弁で反社っぽい見た目だが、経営者としての資質は完備。金にうるさく、長いものには巻かれ、寄らば大樹の陰、という打算は必須だからね(もちろん人情もある)。

遺体保全のプロフェッショナル・ひいらぎ秀介を演じるのは城田優。死体好きの変人と思われているが、損傷の激しい遺体修復が専門で頼れる存在だ。那美に救われた経験をもち、この仕事を目指した職人肌でもある。

また、迅速な手配と遺族への配慮ある対応には、絶大な安心感のある松山みのり。演じるのは野呂佳代。配慮ある対応だが、遺族の前では言えないようなスキャンダルやゴシップも大好物。この、デキる事務方だがちょっとだけ下世話で俗っぽい役にぴったりである。

元ヤンキーの新米・矢野雄也を演じるのは矢本悠馬。全員からいじられつつ、わいがられつつのちょうどいいサンドバッグ感と下っ端感、矢本の十八番でもある。

常に控えめな運転手で、過去は誰も知らない田ノ下貢は徳井優が演じる。那美が常に全力どころか、200パーセントの力で動いていることを誰よりも理解していて、敬意も払っている。仕事きっちり~、縁の下の力持ちだ。

そしてもうひとりの主人公とも言えるのが新入社員の高木凛子。演じるのは松本穂香。就職説明会で那美の表面的な説明にだまされて入社したものの、冒頭に書いたような激務と、破天荒な社長や頼りにならない会長に、やや辟易へきえき

それでも言いたいことは言うし、負けん気も強く、英語も堪能。エンジェルハースにぴったりの人材として、彼女が成長していく様子も回を重ねて観ることができる。

また、凛子は母親(高木塔子/草刈民代)との距離が遠いこともわかる。「母様ははさま」とメールを打ったり、心の中でつぶやいているものの、どうやらそのメッセージを母親に伝えていない様子。この母娘の距離感の正体は徐々に明らかになり、私が最も好きな第6話で珠玉のエンディングを迎えるので、ぜひ最後まで見てほしい。

国外で亡くなることのジレンマ

全6話と連ドラにしては短いほうだが、内容は濃い。なぜ異国の地で命を落とすことになったのか、ケースは人それぞれだ。旅先で突然死を迎えた人もいれば、治安の悪い国でテロリストに銃撃された人もいる。公に言えないシチュエーションで命を落とした人もいれば、逆に日本で亡くなった外国人も描かれていく。

葬儀やご遺体に対する考え方も、国や宗教によってまったく異なる。第1話でおそらく衝撃を受けた人も多いと思うが、棺内にトイレットペーパーのロールがぎゅうぎゅうに詰められて送られてきたご遺体の場面は強烈だった。日本国内ならまだしも、ぞんざいに扱われる可能性もおおいにあるというリアリティー。

途上国で開発支援に従事していた人が命を落としたことに対して、SNS上で人々が「自己責任」と突き放すエピソード(第2話)や、日本が恥じるべき「技能実習という名の搾取さくしゅ」のエピソード(第4話)には、現代社会ときっちりリンクさせて、地続きの問題点をあぶり出す、制作陣のきょうも感じられる。

また、損傷の激しいご遺体をそのまま遺族と対面させるべきか、それとも時間をかけて可能な限り修復すべきか、というジレンマもある。葬儀の日取りに間に合わせなければいけない時間制限もあれば、W不倫カップルのご遺体をそれぞれの配偶者に説明しなければいけない修羅場もある。

リアリティーにジレンマ、そして関係者の無理難題や遺族のやりきれない怒りや諦観ていかんまで、人間模様の複雑な要素がぎゅっと詰まった全6話。重い話ではあるが、実に濃密。

6月23日(日)放送 第3話「社葬VS食堂おかめ」

「涙腺崩壊」「ハートフルなヒューマンドラマ」などと書くと、いかにもうそくさくてお涙頂戴に見えてしまうので、原稿でそう書くのは全力で避けたいのだが、いいか、覚悟しておけ、絶対泣くぞ、とだけ脅しておきたい。

最大の魅力は「そうだったのか」の別視点

1話完結で、1話の中に複数の案件を同時進行で描いていくうまさもある。そして何よりも私がかれたのは、視点が一方向からではない点。人間の営みも性格も関係性も、実際にはそんな単純ではない。思い込みや刷り込みで勝手に頭の中で描く人物像が、このドラマではことごとくひっくり返される。そこが非常に興味深い。

例えば第1話では、バイトテロをしでかして日本を出て行った馬鹿息子(葉山奨之)がフィリピンで亡くなる。異国の地で懸命に生きていたことやスラムのギャングたちにも慕われていたこと、そしてなによりも両親(杉本哲太・麻生祐未)への敬愛と思慕の情を忘れていなかったことがわかる。

言動に問題の多い人物や誤解されがちな人物に「実はこんな背景があって……」と明らかになっていき、180度とまではいわないものの、先入観や思い込みがガラガラと音を立てて崩れていく。

世間体や大多数が主語となる「凶器」のおそろしさ。ひとつの事象を一方向だけから見て決めつける怖さ。そんな「人間のあさはかさ」にも踏み込んでいると感じる。悪人が出てこない性善説ドラマをあまり好きではないと思っていたが、このドラマは別角度からのアプローチが秀逸なので別格なの。

ということで、最後まで見てほしい、というか、全話を見てほしい。涙腺といい、先入観といい、頭の中のいろいろなものが崩壊するから。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。


プレミアムドラマ「エンジェルフライト」(全6回)

毎週日曜 NHK BS/BSP4K 午後10:00~10:50ほか

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