優れた学者ながら、不器用で官職にけない下級貴族・藤原ふじわらのためとき。貧しい生活を強いられている上に、妻・ちやはが藤原みちかねに殺されたことを隠したため、娘のまひろとの関係もギクシャク……。演じる岸谷五朗に、為時や娘のまひろのこと、作品について聞いた。


●僕自身は?と聞かれれば……そりゃあ、兼家派です(笑)

――大河ドラマは4作目の出演ですが、オファーが来たときの感想は?

まず「平安時代をやるんだ!」と衝撃でした。一方で、視聴者としては歴史のあまり知らない部分を掘り下げてくれるから面白いなと、そこにきつけられました。そしてそんなチャレンジングな作品に挑むのはどんなスタッフだろう?って(笑)。

そしたら、チーム「ダブルゆきちゃん」(制作統括が内田ゆきチーフ・プロデューサー、チーフ演出が中島由貴)。中島さんは以前、僕が主演したドラマ「ファイブ」(2008年放送)の助監督だった方で。

バスケットボールを題材とした作品でしたが、中島さんは練習をさぼりがちな僕らをテキパキとリードしてくれる部長みたいで……楽しい思い出です。そんな彼女たちが何を企んでいるんだろうと興味がわきましたね。

ところがいざ調べても、為時についての史料がほとんどない。だから、これはもう大石さんが作ってくるものを楽しみにしていようと思いました。大河ドラマは、作り手によって登場人物が善人にも悪人にもなる。悲恋にもなるしコメディにもなる。それがいちばんの魅力だと思っているので。

──為時という人物の印象は?

この時代だからこそ生きられた人だろうなと思いました。戦のない時代、愛する文学に没頭できる環境だったから。戦国時代ではまず出てこないタイプの人ですよね。世渡りも上手じゃない。藤原かねいえ(段田安則)ほか多くの貴族たちは器用にやっている。為時はその生き方がわからなかったし、やろうとも思わなかった。

実直に真面目に文学を愛し、勉強をしていけば何かしらついてくると信じていたけれど、今のところ何もついてこない。でも、だからこそ為時は複雑な人間関係に悩まされないし、人間の醜さを見なくてもすんでいる。それは面白いところですね。貧乏であることを除けば、為時の家は平和です。

文学を愛する人として、書にまつわる所作は気をつけています。美術さんがセットの中に置いてくださっている巻物に親しむように、なるべく触ったり手に取ったり。本を読む時の癖って人によって違うので、そういうものが自然と出るようにしたいと思って。

僕自身はどちら派?と聞かれれば……そりゃあ、兼家派です(笑)。でも、為時さんの考えもよくわかります。まっすぐな生き方の魅力、信じることの大切さ、人をだますより裏切られたほうがいいっていう価値観。地味だけど魅力的です。一方、兼家は為時にはない派手な魅力を持っている。お互いにないものねだりじゃないですか(笑)。

──兼家の邸宅と比べて為時の家は質素ですね

じつは平安時代のドラマをする中で、いちばん楽しみだったのは美術の色彩です。以前、演劇ユニット「地球ゴージャス」で、ファッションデザイナーの山本寛斎さんと組んで舞台をやったのですが、そのとき舞台美術の力を強烈に実感しました。だから、期待も大きかったわけです。

ところが、為時邸のセットに入ったら、まっ茶色!(笑) つまり、為時は貧乏貴族なので、基本が土間なんです。あとリアリティを出すために汚しを施してあるので……。1日の撮影を終えると、男も女もみんな足の裏が真っ黒。それが私の家です。あの華やかな十二単はどこへ行った!?と思いましたね(笑)。

為時邸のセットの一部。
兼家邸のセットの一部。

一方、兼家邸での撮影では、みんな足がきれい。「いいなあ、あそこんちは」なんて言って。セットからして身分の差を感じますね。その上、最初からボロい家だったのに、「これからもっとボロくなりますよ」なんてスタッフに言われてね。もう、為時邸に帰るのが怖いような、楽しみのような気分でした(笑)。


●まひろを演じる吉高さんを見て「最高の女優なんじゃないか?」と

──まひろとの関係についてどう思われますか?

第1回で、互いにとんでもない爆弾を背負うんですよね。とくにまひろはそれを背負ったまま、苦しみながら成長していく。それが父親への反抗へとつながっていくんですが、一方で、父親が息子に読み聞かせている漢文を耳で聞いて、いつの間にかそらで言えるようになる。ものすごく決裂した関係のようでいて、ここに親子の共通点があるわけです。

殺人犯を野放しにした父の罪は許せない。でも、文学を通じて父の素晴らしさも理解するようになった。父のほうも、娘の才能に気づいています。「お前がの子だったら」と本気で思っていた。自分を超える才能があるとわかっていると思います。

為時は経済的にはパッとせず、どんどん落ちていくばかりなので、まひろはだんだんそれを支えるような立場になっていきます。それもまた、いい家族として保つバランスとして作用していたと思いますね。もし、為時がすごく出世していたら、いい家族にはなっていなかったでしょうから。

──まひろ役の吉高さんの印象は?

同じ事務所の後輩なんですが、初共演です。以前、私が呼びかけて開催したチャリティーコンサートに出てほしいと依頼したら、出し物としてPerfumeパフュームの曲をカバーして歌ってくれたんです。なので、根性あるなとは思っていました(笑)。

今回、初めてちゃんと向き合って芝居をしたんですが、「最高の女優なんじゃないか?」と思いましたね。事務所の後輩としてではなく、まひろとして会ったときに「この芝居力!」と感動して、うれしかったですね。

彼女は川を流れる水のごとく、自分を信じてナチュラルに演じています。これはすごく大切なことで、自分の心はどうなんだろうと、その場で感じることをすごく大切にしているんですね。その時その時、難しく考えるんじゃなくて、「川が曲がっているから己も曲がっていく」という自然な芝居。それが魅力だと思います。でも、あんまりほめると調子に乗るので、これは書かないでください(笑)。

まひろは難しい役だと思います。主人公を任される重みもあるし、本人も言っていますけど、もともとみんなを引っ張っていく座長タイプというより、みんなから愛され親しまれて、みんなから応援を受けて進んでいくタイプ。こちらとしては、まだまだ先は長いけど頑張れって思いながら、見守ってやることしかできませんね。