NHKのWDR(Writers' Development Room)プロジェクトから生まれた土曜ドラマ「3000万」。車とバイクの衝突スレスレの事故をきっかけに、主人公の佐々木祐子(安達祐実)と佐々木義光(青木崇高)夫婦の手元に「3000万円」が転がり込む。見たこともない大金に目がくらみ、欲望と小さな判断ミスから犯罪に巻き込まれていくクライムサスペンスだ。

闇バイトが社会問題になるなか、ドラマのなかでも特殊詐欺グループや連続強盗に手を染める犯罪者たちが登場する。なかでも冷徹な指示役「坂本」は、第4話でアンガーマネジメントを受講していたという場面があり、人間味あふれる部分をちらりと見せつつも、佐々木夫婦を追い込んでいった。

物語のキーマンのひとりである坂本を演じたのは木原勝利さん。坂本はどのようにして犯罪に手を染めるようになったのか。木原さんの役作りについて聞いた。


正論通りにいかない世の中に向き合ったとき、怒りを抑えられない自分に直面する

――坂本はかなりのキレキャラですが、木原さんご自身はどのような性格なんですか?

僕はいつもニコニコして心穏やかな、坂本要素のない性格なんです。けんかもしたことないし、怒りスイッチもほとんど入らない。だから坂本のあの怒りを演じるために、自宅近くの防音スタジオを借りてブチギレる練習をしました。

第4話のアンガーマネジメント講座を受けているシーンでキーボードを叩き割るところがありましたが、ゴム状のシートで何度も練習したんです。あの怒り狂う感じまでボルテージを上げるには、頭に血が上った状態になったほうが演じやすくて。

自分が抑えられないような状態にもっていくには何か殴るモノがあると血がめぐってそういう状態を作りやすくなるんですよね。サンドバックみたいなものです。(キーボードをたたき割った)本番では、カットがかかったあと、手が腫れてました(笑)

でも、怒り狂う坂本を演じながら「どこかで見たことあるな」と。実は父親がちゃぶ台をひっくり返すような人で、父の血を感じたんです。僕には坂本要素はないと思っていましたが、ブラッドメモリーにあった。自分のブラッドメモリーをひも解きながら演じるとは思わなかったのですが、それに気づいてから坂本を愛せるようになりました。

――坂本は冷徹でありつつもどこか人間味を感じさせるキャラで、SNSでも話題になっていました。役作りはどのようにされたのでしょうか。

そもそも、坂本はなぜ犯罪組織に入ったのか。その前には何をしていたのか気になりますよね。台本には具体的な設定はなかったのですが、自分が演じるにあたり、僕が勝手にですが、坂本のバックグラウンドを設定しました。なぜあんなに怒り狂うようになったのか、それは過去からのつながりがないと説得力がないからです。あくまでも僕がつくった設定ですが。

坂本は以前、大手飲料メーカーで働いていました。地ビールの企画を担当していて、全国の作り手さんたちとも良い関係を築き、何年もかけて商品化というところまでいったんです。ところが最終プレゼンで執行部幹部の息子が提案したどうしようもない企画に負けてしまう。

生真面目な坂本は「おかしい!」と上司に掛け合うんですが、政治的な力に勝つことができない。おまけに飲みの席でその息子にバカにされ、そこで耐えかねて暴力をふるってしまう。そして解雇され、社会に対する憤りがあるなかで犯罪組織に関わっていく……という感じです。

だから坂本は「頑張って努力をすれば正当に評価されるべき」という価値観をもっています。正論ではあるのですが、正論通りにいかない世の中に向き合ったとき、怒りを抑えられない自分に直面する。それが坂本のあの暴力的なキャラクターになっていったのではないでしょうか。

――その生真面目さが、坂本のアンガーマネジメントカウンセリングにつながるんですね。

闇組織の中でも、坂本は上に上がりたかった。それは努力をすれば報われるという価値観を肯定したかったのだと思います。そういう部分は、坂本に共感できましたね。また、指示役はおそらく、下調べから逃走ルート、家の間取りから住人の生活パターンなど、緻密に調べ上げるのだと思いますが、坂本はそれをしっかりやっていた。

ところが部下は仕事ができず、上を見ても大して努力をしているとも思えない。「自分は違う」と証明したかっただろうし、それが坂本のモチベーションだったと思います。


この道の先に、手に入れたいものなどない

――第7話で、坂本は黒幕を倒すためにソラ(森田想)と祐子と手を組みました。組織からの解放を意識した回だったと思いますが、坂本はどんな気持ちだったのでしょうか。

坂本は犯罪組織に入る前の社会で手に入れられなかったものを、この道で取り戻そうとしたのだと思いますが、ここでも取り戻せない、手に入れられないと気づき始めます。第7話は、そういう迷いが生じた回だったのではないでしょうか。

――本作は、すべてのキャストがいろんな「選択ミス」をし、それによってストーリーが展開していきます。坂本のミスは何だったと思いますか?

坂本は「自分は他の人とは違う」という孤高の人だったと思いますが、長田(萩原護)には少しずつ心を許していきます。第4話で、坂本と長田は湖畔にいるソラと祐子を見つけます。

ソラを無理やり連れて行くシーンで坂本はソラに毒づかれ、怒りが爆発しそうになるんですが、アンガーマネジメント効果で耐えるんです。すると、代わりに長田がソラに馬乗りになって何度も殴る。それを見た坂本は自分が肯定された気持ちになって、少しだけ笑うというシーンがありました。

ところが、第7話の最後は、末次(内田健司)からの、長田の振りをしたSOSの電話で駆けつけてしまい、あえなく逮捕されます。僕個人としては坂本に共感してくれる長田という仲間ができてうれしかったのですが、長田に情が生まれたせいでだまされることに。それをミスというのなら、なんとも言えない気持ちになりますね。

――木原さんは、いち視聴者として「3000万」をどうご覧になっていますか?

各キャストのミスに「なんでだよ~」とツッコミながらています。「なんでそこで奥島さんに言わないんだよ~」とか「今、お金返すチャンスじゃん!」とか。でもみんなが正しい選択をしたら、このドラマは1話目で終わってますからね(笑)。台本もかなりおもしろかったですが、映像になるとおもしろさが倍増しています。

――では、最終回の見どころを教えてください。

毎回「なんで、その選択?」という驚きや想像を超える展開が続いてきましたが、最終話でもまだまだ思いもよらないことが起こります。それぞれが自分の選択にどう向き合うのか、本来のあるべき姿に戻れるのか、ぜひそのあたりを見ていただけたらと思います。

【プロフィール】
きはら・まさとし

1981年、京都府出身。大学から演劇を始め、卒業後も関西圏で演劇を続ける。映画『大阪蛇道』(監督:石原貴洋)の鮮烈な風貌と芝居で注目を集め、上京。以降、映像に軸足を移し活動している。強烈な風貌と緻密な芝居が持ち味。主演の短編映画『寓』(監督:小野川浩幸・石原理衣)はスペインのシッチェス映画祭短編部門にてグランプリを受賞。NHK「鎌倉殿の13人」「大奥」「らんまん」、日本テレビ「祈りのカルテ」、TBS「笑うマトーリョーシカ」、Netflix「全裸監督 シーズン2」などにも出演。

土曜ドラマ「3000万」(全8回)

2024年10月5日(土)スタート
毎週土曜 総合 午後10:00~10:50/BSP4K 午前9:25~10:15
翌週水曜 総合 午前0:35~1:25 ※火曜深夜

【物語のあらすじ】
コールセンターの派遣社員として働く佐々木祐子(安達祐実)は、家のローン、子育てなど悩みは尽きない。高圧的な上司にも耐え、先が見えないながらも日々の暮らしを成り立たせようと必死に生きている。
一方、夫・義光(青木崇高)は、大した稼ぎもないのに「なんとかなる」と楽観的な態度を繰り返し、祐子は苛立ちを隠せないでいる。唯一の生きる喜びは、息子・純一(味元耀大)の存在。習いごとのピアノに熱中する姿が愛おしく、誇らしい。でも日々の生活はギリギリ。ほんの少しでも楽な生活を送りたいと願っている。
そんななか、佐々木家をある不幸が襲う。
この時、ちょっとした出来心で選択を誤ったことで、その後の生活は一変することに。祐子たちの目の前に次々に現れるクセ者たちが、平穏な日常を狂わしていく。
行くも地獄、帰るも地獄……悪魔のささやきに耳を貸したとき、人はどうなってしまうのか。欲望、願望、希望……人々が潜在的に抱える望みや欲をき出しにして、物語は混沌へと突き進んでいく。

脚本:弥重早希子、名嘉友美、山口智之、松井周 from WDRプロジェクト
出演:安達祐実
青木崇高、加治将樹、工藤遥、野添義弘、持田将史、萩原護、愛希れいか、味元耀大、森田想、木原勝利ほか
演出:保坂慶太、小林直毅
制作統括:渡辺哲也
プロデューサー:上田明子、中山英臣、大久保篤

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