10月5日(土)よりスタートした土曜ドラマ「3000万」。NHKのWDRプロジェクトから生まれたドラマの第1弾だ。4人の脚本家による“掛け算”で、挑戦的なドラマが完成した。
タイトルの「3000万」とは、現金を指す。このお金をめぐり、平穏な日常が狂っていく様子が、全8話で描かれる。「ほんの少しでも楽な生活を送りたい」と願い、ちょっとした出来心が芽生える佐々木祐子を演じるのは安達祐実。
祐子の夫で、楽観的ゆえに判断を間違える佐々木義光を青木崇高が演じる。現代の「余裕のない社会の痛み」がえぐりだされた話題作について、2人に話を聞いた。
2022年にNHKで新たに立ち上げられた“脚本開発チーム“WDR(Writers' Development Room)プロジェクト”。海外ではシリーズドラマを制作する際、複数の脚本家が「ライターズルーム」という場に集い、共同執筆することが一般的だ。今回、2000人以上の応募の中から脚本家10名を選出し、連続ドラマの第1話の脚本を19作品仕上げた。その中から選んだ1本を、海外の手法を参考にライターズルームを結成しドラマ化したのが、本作品。
普通でないことが起きたときに攪拌されていく夫婦のおもしろさ
――夫婦役を演じられて、お互いに夫の義光、妻の祐子はどのように見えていましたか?
安達 祐子は1話目の冒頭からイライラしていますが、生活のことに加えて夫の義光に対していちいちイライラしているんです。義光は、元々はミュージシャンでしたが、今は交通整理の仕事をしていて、大した稼ぎもないのに「なんとかなる」が口癖。祐子の悩みに対してずいぶん深刻度が浅い人だな、と感じながら演じていました。
義光の考えや提案では、たいていの問題が解決しない。息子のことに関しても、気が向いたときだけ向き合う。「あなたと私は深刻度が違うのよ!」と、祐子はいつも思っていたと思います。でも、時々その楽観的な部分に救われたりすることもあって、そのポジティブさが必要な場面もありました。
青木 いや、ぐうの音も出ないですね(笑)。義光は悪い人ではないんですよ。あの楽観さは彼なりの人生哲学なのだと思います。でも義光が「大丈夫、なんとかなる」と言うことで祐子が「じゃあどうすんのよ!」と癇に障るというのは、青木としては理解できます。佐々木家の問題の7、8割は祐子が解決していますから。
でも2、3割くらい、ときどき義光が正しいことをすることもあるんです。それを「ほら、俺が言ったとおりだろう」みたいに手柄を引っ張り続けるタイプなんで、祐子はそういうところも腹が立つんでしょうね。
今回、3000万円をめぐり、変化していく極めて特殊な夫婦関係というものを見つめることができたのは、面白い経験でした。
――安達さんが演じる祐子の強さに感心させられました。あの尋常ではない強さは何だと思われますか?
安達 私個人としては、祐子の選択は絶対に間違っていると思いますが、息子の夢を叶えたい、息子を守りたいということで、あらゆる場面で驚きの選択をしていきます。お金に対する自分の欲望もあるんですが、やっぱり母親としての強さが根底にあるんでしょうね。
青木 ドラマの中で、祐子はどんどん覚醒していくんです。義光としてはちょっと置いてきぼりにされる、お荷物感があるのですが、そこはドラマの構成として面白いですね。
――今回の役柄は、演じてみていかがでしたか?
安達 祐子は苦しくないときがないんです。だから私もずっと苦しくて、のしかかってくるものを感じながら演じていました。いつもは演じる役柄の「気持ち」を大切にして役作りをするのですが、今回は予想外の感情を演じなければならなかったり、時系列で撮影をしないので「今の段階ではまだこの感情はないはず」といったことを微調整しながら撮りました。
これまでにない演じ方でしたね。ただ、現場が本当に楽しくて、「面白い作品をつくっている」という高揚感があったので、それに支えられていたという感じです。
青木 僕はこれまで「奥さんに対してうまく機能していない夫」の役がちょいちょいあるので(笑)、親近感はありました。
義光は空気が読めないところがありますが、僕自身もそういうところがあって、あえて空気を読みにいかないところもあるし、直感的なところも義光に似ています。だから結構好きなキャラクターでしたね。あと、ミュージシャン役なので、結構ギターの練習をしました。
――ドラマの作り方としては新しい試みだと思いますが、演出面ではどうでしたか?
青木 僕は「鎌倉殿の13人」で演出の保坂慶太さんとご一緒して、本当に短いワンシーンだったんですけどなんだかすごく印象に残っていて。打ち上げの時に「なんかあったら、ぜひ声をかけてください」って言ったんですよ。そしたら今度ご一緒することができて。
今回のドラマの世界観もすごく好きでしたね。カメラワークも斬新だし、音楽も映像のトーンもとても面白い。そこもぜひ注目してみて見ていただきたいです。
安達 私もカメラワークやアングルが面白いな、と思いました。今までの経験では「ここはアップで顔を映すんだろうな」という場面でもあえて映さなかったり、カメラが置かれると「あそこから撮るんだ、面白いな」と思う場面が何度もありました。空気感が忍び寄ってくるというか、理論派の演出ですね。
もっと余裕があって、許しのある社会であってほしい
――第1話で、息子の純一(味元耀大)に対して祐子が「一発アウトの世界だから」と言います。悪気がなくてもネットに晒されて、もうやり直せない。1回間違えただけで人生が終わる、ということを教えるシーンですが、そんな現代社会をどう思われますか?
安達 最初に脚本であのセリフを読んだとき、私自身がまさにそれを感じながら生きてるな、と思いました。本当に慎重に生きなければならない時代。絶対に間違えちゃいけないって、身に覚えがあると思いながら、窮屈さも感じながら読んだセリフでした。
青木 個人的には嫌ですね。犯罪はもちろんダメなんだけど、過ちってありますよね。僕は間違いばかりしてきていますけど、それを謝って修正して生きてきたし、人からいろいろ学んできました。どこか余裕がある、許しのある社会であってほしいと思いました。「一発アウトの世界だから」というセリフが、他人ならまだしも親子間で言われるのは、なんだかなぁと思いました。
――記者会見で、脚本家の名嘉友美さんが「このドラマは全員が全力で間違える」と言っていましたが、お二人は「間違える」ことをどう思われますか?
安達 佐々木家に起きたような大きなことでなくても、本当にちょっとしたこと、たとえば今日、用事が2つあって、こっちを先にやったらうまくいかなかったとか、あのときこっちを選んでおけば、ということってありますよね。間違いではないんですが、小さな選択ミスは日常の中にたくさんあると思います。
青木 それをどう捉えるかですよね。それが選択ミスなのかどうかは、タイミングによると思うし、たとえば1週間単位で見たら、結果そっちを選んでよかったということもあります。起きてしまった事象は捉え方次第で変化する可能性があって、一見ミスでも本当はいいこともたくさんあるかもしれない。あるいは「これくらいで済んでよかった」という視点もありだと思います。
そういう視点で見ると、佐々木夫妻はギリギリのところで危険を回避できたりして、運がよかったとも言えるし、間違いでも挽回できるなら、結果間違いではないですよね。もちろん犯罪は別ですけど。このドラマに出てくる全キャストの「選択ミス」を、そんな視点でも見ていただけたらと思います。
土曜ドラマ「3000万」(全8回)
2024年10月5日(土)スタート
毎週土曜 総合 午後10:00~10:50/BSP4K 午前9:25~10:15
翌週水曜 総合 午前0:35~1:25 ※火曜深夜
コールセンターの派遣社員として働く佐々木祐子(安達祐実)は、家のローン、子育てなど悩みは尽きない。高圧的な上司にも耐え、先が見えないながらも日々の暮らしを成り立たせようと必死に生きている。
一方、夫・義光(青木崇高)は、大した稼ぎもないのに「なんとかなる」と楽観的な態度を繰り返し、祐子は苛立ちを隠せないでいる。唯一の生きる喜びは、息子・純一(味元耀大)の存在。習いごとのピアノに熱中する姿が愛おしく、誇らしい。でも日々の生活はギリギリ。ほんの少しでも楽な生活を送りたいと願っている。
そんななか、佐々木家をある不幸が襲う。
この時、ちょっとした出来心で選択を誤ったことで、その後の生活は一変することに。祐子たちの目の前に次々に現れるクセ者たちが、平穏な日常を狂わしていく。
行くも地獄、帰るも地獄……悪魔のささやきに耳を貸したとき、人はどうなってしまうのか。欲望、願望、希望……人々が潜在的に抱える望みや欲を剥き出しにして、物語は混沌へと突き進んでいく。
脚本:弥重早希子、名嘉友美、山口智之、松井周 from WDRプロジェクト
出演:安達祐実
青木崇高、加治将樹、工藤遥、野添義弘、持田将史、萩原護、愛希れいか、味元耀大、森田想ほか
演出:保坂慶太、小林直毅
制作統括:渡辺哲也
プロデューサー:上田明子、中山英臣、大久保篤