テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、土曜ドラマ「3000万」です。

あなたは急いでいる。横断歩道はちょっと先。信号は赤だが、車もきていない。今なら小走りで車道を横断できる。実際に渡っている人もいる。さあ、どうする?

あるいは、手持ちのペットボトルが空になった。目の前にコンビニのゴミ箱があるが、持ち込みゴミを捨てないよう張り紙がしてある。でも、周りには誰もいない。ペットボトルが急に邪魔に思えてきた。さあ、あなたはどうする? 

社会的によくない行動とわかっていても、誰かが先陣を切ったり、誰も見ていないとわかったら、人は気が緩む。一瞬うしろめたさを覚えてもバレなきゃいい、注意されなければいいと思ってしまう。誰もが日常で経験しているであろう小さな罪。いや、小さくはない。車道横断は道路交通法違反、ゴミ捨ても立派な犯罪だからな。

そんな「バレなきゃいい」とついたうそがどんどん積み重なって、結果的に犯罪に加担するハメに陥った夫婦を描く「3000万」がすこぶる面白い。


強盗事件の犯人からかすめちゃった!

佐々木祐子(安達祐実)は夫・義光(青木崇高)と息子・純一(味元耀大)と3人暮らし。大きな一戸建てに住み、息子にはピアノを習わせ、比較的裕福な家庭と思いきや、実はカツカツの生活。義光は元ミュージシャン。とらぬたぬきの皮算用で家を購入したが、ある事件(バンドメンバーの薬物所持)のせいでライブツアーは中止。メジャーになる夢を目前であきらめた過去がある。

警備員の仕事に就いてはいるが、生活は苦しい。祐子は派遣でコールセンター勤務。長く勤めても時給UPはたった10円。息子の才能を伸ばしてあげたくても、壊れた電子ピアノを買い替える余裕はない。スーパーで“プレミアム”と名のついたデザートは我慢する日々だ。

そんなとき、事件が起こる。強盗犯の女・ソラ(森田想)がバイクで祐子の運転する車と接触。救助に向かった祐子と義光の隙をついて女は車を奪い、衝突事故を起こして重体に。後部座席の純一は無事で、迷惑なもらい事故で終わるはずだった。だが純一が女のバッグ(中身は3000万)を持ち帰ったことから運命の歯車がくるう。

自責の念に駆られている息子を守るために、3000万を警察に返しに行く義光。返すはずだったが、ためらいが生じる。現金3000万円を生で見ると、人間は途端に欲が出る。しかも、容疑者の女はこのまま亡くなる可能性もある。奪った金は紛失という筋書きになれば……悲劇はそこから始まった。


浮かれる夫と先回りしてドツボにはまる妻

義光は明らかに浮かれ始める。再び音楽の道へ戻りたいという思いも強くなる。超楽観的で、ギターを買っちゃったりもしてね。義光とは真逆で、祐子は焦りや不安が強く、悲観的だ。バレないよう隠蔽いんぺい工作を考えたり、先回りして不安をつぶそうとするも、結局はどんどんドツボにはまっていく。

罪の意識が徐々に薄れ始め、自分たちに都合のいい方へ解釈し、正当化し始める夫婦。結果、容疑者の女に交渉して、金の一部をいただこうという算段へ。

夫婦の温度差が実に面白いし、ふたりとも札束の匂いをこっそり嗅ぐ姿もリアルだ。のんきで無神経に見える夫と、心配性だが意外と度胸がある妻。心が離れるように見えて、無意識につながる運命共同体を匂わせる仕掛け(無神経な夫のプレゼントである鉄製高級フライパンは、 使い勝手は悪いが、のちに武器として役立つ)もあった。

特に、安達の名演技が光る。表情の変化も行動基準も観る者を同じ気持ちにさせながら、予想を超える肝の据わり方を見せるもんだから、つい引きこまれちゃう。


罪を重ねて……もう後戻りはできない

人生はそんなに甘くない。タナボタで3000万が入ると思ったら大間違い。容疑者の女・ソラには仲間がいた。チンピラ風情の蒲池(加治将樹)と大学生の長田(萩原護)。強盗事件はどうやら闇バイトのようなごうの衆の仕業とわかる。ソラに金を持ち逃げされた蒲池は、指示役の坂本(木原勝利)から暴力で脅される。

ソラが警察の監視下にある病院から逃亡するのを手助けした祐子。追跡してきた蒲池をソラと祐子で応戦し、うっかり死なせてしまう。つまり、強盗だけでなく、殺人?容疑も抱えこむはめに。ひとまずソラをかくまい、海外へ逃がす代わりに、手数料をもらおうとするしたたかな祐子。あさましさがたくましさへ!

一方、義光はのんきにギターを弾いて作曲し始めちゃってんのよ。ヒリヒリとのほほんの不協和音、むしろソラと運命共同体になりつつある祐子。

犯罪組織の坂本は血眼になって、ソラと蒲池と金の行方を追う。上役の大津(栗原英雄)から既に金を搾取され、仕事ができない人間と烙印らくいんをおされたからだ。
もちろん、警察も動いている。義光と懇意にしている地元警察の刑事・奥島(野添義弘)は1ミリも疑っていない。ただし、強盗事件の捜査本部から来た野崎刑事(愛希れいか)は佐々木家に不信感をもっている様子。

冷酷無比な犯罪組織と、徐々に核心に迫り始めた警察。追手は多数。もう後戻りはできない。匿ってあげたソラは隠しておいた金を持って姿を消した。ただし、祐子はそのうち200万円を失敬した(グッジョブというべき?)だけでなく、金の入ったバッグに追跡タグをつけていたのである。金に対する執着!


犯罪者の心理に肉迫、カオスの結末は……?

クライムサスペンスで主人公が犯罪に巻き込まれる場合、基本的には「善」の立場で描かれる。被害者側で「とんだ災難でしたね」と終わることも多い。でもね、この夫婦は金に目がくらんだだけでなく、警察の目を欺いて容疑者を匿い、おまけにお金も200万使っちゃってるのだ。壊れてソの音が出なくなった電子ピアノで懸命に練習していた息子のために、なんとグランドピアノを購入しちゃうのよ。

しらばっくれる覚悟を決めた夫婦。善良なる市民ではなく、バレなきゃいい方向へ完全にシフト。何の変哲もない日常が一変し、犯罪に加担する罪の意識がどんどん薄れていく様を描く。犯罪者の心理ってこういうことなんだよな。

ただし、この夫婦に追い打ちをかけることも忘れていない。第4話で強烈な罪の意識をもたせたのだ。刑事2人が息子の純一に、容疑者の持ち物はなかったかを再確認しにくる。両親がお金を返したと思っていた純一は、瞬時に悟る。父と母はあのお金をネコババしたのだ、グランドピアノが買えたのもあのお金があったからだ、と。親への絶望と不信、それでも自分が嘘をつかないと親が捕まってしまう。

子どもに嘘をついただけでなく、嘘をつかせることになった夫婦。一生、ふっしょくできずに背負うであろう後悔と罪悪感。このドラマを麗事れいごとで終わらせないために、夫婦に最悪の致命傷を与える見事な脚本なのだ。


犯罪者の視点と背景を重ね、多層的&多角的に見せる

3000万という金額の絶妙さに説得力もある。1億円だとさすがに気が引けるし、1000万じゃ犯罪の代償としては低すぎる。もしも3000万が手に入るなら、正論も良心も倫理観もグラグラ揺らぐだろう、という人間の弱さ。これが主軸ではあるのだが、罪悪感なき犯罪者の心理模様も描く。

ソラはなぜ強盗事件に加担したのか。その根底には、祖母が強盗事件の被害を受け、自死した過去があった。祐子に悪態をついたり、金を持ち逃げしたりで、倫理観が欠如した女と思いきや、純粋なるふくしゅうという目的が見えてきたのだ。

途端にソラの印象が変わる。観ている側の先入観をひっくり返して、180度視点を変えるスイッチをちゃんと劇中に仕込んでいるあたり、うまい運びだなあと感心する。

また、指示役の坂本は弱い人間を威圧と暴力で従わせる冷酷無比な人間……と思いきや。アンガーマネジメントのリモートカウンセリングを受け、「部下を束ねることができない」自分を責めているフシも見えてきた。

悪人で、やっていることは犯罪ではあるが、なんだか人間臭くて面白い。闇バイトで募集した海千山千の人材をうまく使いこなすためには、怒りや暴力や脅迫以外のスキルも必要なのだと思わせる。犯罪組織も後進育成が課題という滑稽味すら感じさせた。

ソラの絶望感を体現した森田想、坂本の焦燥感に一種の憐憫れんびんすら感じさせた木原勝利。れの役者に難役を託した心意気が、きっちり功を奏している。

もうひとり、萩原護が演じる長田は大学生だ。犯罪とわかっていて、罪の意識をもちながらも、なぜ彼は加担したのか。逮捕されるしか後戻りはできないと漏らしていた長田だが、今後彼の背景も描かれていくはずだ。そこには若者の貧困と絶望など、世知せちがらい現実がかい見えるのかもしれず。

ハッピーエンドのはずがないし、もとよりハッピーエンドを求めてもいない。後味が悪くてもいいから、納得のいく結末を見せてほしい。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。


土曜ドラマ「3000万」

毎週土曜 総合 午後10:00~10:50
     BSP4K 午前9:25~10:15
翌週水曜 総合 午前0:35~1:25
※火曜深夜

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