今回の『紅白』は放送前から毀誉褒貶が激しかった。

主な原因は、以前と比べベテランの演歌勢が減ったためだ。
初出場組や若手が急増したわけではないが、「馴染みの歌手がいない」「高齢者を捨てた」などの批判が相次いだのである。

では視聴データで示せる出場者の成績はどうなるか。
まずはインテージが調べている歌の途中で脱落した視聴者の割合で評価してみよう。


流出率の上位

その瞬間に『紅白』を見ていた人が、チャンネルを替えないかテレビを消さずに見続けるほど、その歌手や曲に力があったとみることが出来る。

その流出率が低いベスト5は以下の通り。

1位:SEKAI NO OWARI「Habit」…1.21%
2位:氷川きよし「限界突破×サバイバー」…1.39%
3位:篠原涼子「恋しさと せつなさと 心強さと 2023」…1.44%
4位:ゆず「夏色」…1.49%
5位:桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎「時代遅れのRock’n’Roll Band」…1.50%

『紅白』出場者の平均値は2%台後半。
それを大きく下回るベスト5は、如何に視聴者を魅了していたかの証拠だろう。

トップのSEKAI NO OWARI「Habit」は、2022年のレコード大賞受賞曲。
テンポも良く、分類することで今の自分に安住してしまう悪習を批判した詞も秀逸だ。若者だけでなく、はじめて出会ったかも知れない高齢者も魅了されている様子が、後ほど紹介するスイッチメディアの層別データからも垣間見られる。

2位は氷川きよし。
デビュー以来23回連続出場を果たしたが、今回をもって歌手活動を休養し、充電期間に入るという。「限界突破×サバイバー」は演歌の枠に限らず、表現者として新たなステージをめざす彼の気持ちが現れた歌と言えよう。視聴者が固唾を呑んで見入った様がデータにも表れている。

ベスト5で出色なのは、桑田佳祐らによるスペシャルバンド。
「LOVE & PEACE -みんなでシェア!-」をテーマにした今回の『紅白』を象徴する、混迷を極める現代に向けられた企画となった。

歌は9分ほどと、他の出演者の何倍も長かった。
それでも途中でやめる視聴者が少なかったとは、その年にかかわる名曲名企画が如何に強いかを示すコーナーだった。


流出率の下位

一方ワースト5は以下の通り。

1位:SixTONES「Good Luck!」…4.48%
2位:LE SSERAFIM「FEARLESS -Japanese ver.-」…3.74%
3位:水森かおり「九十九里浜~謎解き紅白スペシャル~」…3.69%
4位:Saucy Dog「シンデレラボーイ」…3.63%
5位:天童よしみ「ソーラン祭り節」…3.32%

いずれも平均流出率2%台後半を大きく上回っている。
ただし、このデータには裏がある。以上の5組を含め、流出率ワースト10は全て『紅白』の前半で、しかも放送開始1時間以内に集中している。

つまり19時台から20時台序盤は、多くの視聴者が落ち着いて曲を聞いて居られない時間帯なのである。

ワースト1位となったが、SixTONESは若者の個人視聴率を急伸させ、番組序盤を大きく盛り上げた(シリーズ1の「『紅白』でジャニーズのMVPは…キンプリ・関ジャニ・Snow Man・Kinki Kids?」参照)。

2位LE SSERAFIMや4位Saucy Dogも同様だ。
若年層の数字を押し上げているが、65歳以上に逃げられたために個人視聴率全体は低迷した。『紅白』前半の数字は、基本的に右肩上りとなっている。それでもメインの視聴者層たる中高年にマイナスとなると、出し方にもっと工夫が必要といえよう。

ワースト3位と5位は演歌となった。
実は多くの演歌歌手のコーナーでは、いろんな演出が凝らされていた。水森かおりの歌では、松丸亮吾が謎解きを出題した。
天童よしみの時は、Z世代トレンドアワード2022で大賞をとった、なかやまきんに君などが賑やかしで参加した。
他にも山内惠介は「恋する街角」を歌ったが、プロ野球・日本ハムの応援パフォーマンスとしてブームとなった「きつねダンス」の助けを借りたが、ワースト10という体たらくだ。

演歌は残念ながら『紅白』の鬼門だ。
65歳以上でも特に数字は上がらない。加えて若年層のザッピングタイムとなっている。三山ひろし「夢追い人」こそ個人視聴率は微増だが、やはりT層(13~19歳)は逃げてしまった。そもそもけん玉のギネス記録に気が散って、歌はまったく耳に入ってこない。
そこまで上げ底にして出さなければならないものなのか。“大人の事情”に拘泥すればするほど、『紅白』価値が棄損されると思うが如何だろうか。


『紅白』進化の道

ワースト10が続く中で状況を一転させた曲がある。
流出率が最も低かったSEKAI NO OWARI「Habit」だ。やはりその年を象徴する名曲は強い。しかし年によっては、そんな音楽がないこともあるだろう。

その問題に応えるヒントが、『紅白』後半にある。
長年活躍した歌手の引退や転進は、やはり強い。ベスト2位だった氷川きよしだ。近年でも20年の嵐や、17年の安室奈美恵は大記録だった。
ただし、こちらもそうそう毎年大物の節目が来るわけではない。

では音楽界の話題が乏しい時はどうするか。
ベスト5位の桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎が今回浮上した新たな可能性なのではないだろうか。

時代状況を前提に、これはというアーティストにメッセージを込めた楽曲を作ってもらう。そもそも放送は、「なぜ今か?」を意識して作らないと視聴者に相手にされない。

シリーズ2回目「『紅白』女性グループの日韓対決…IVE・乃木坂・NiziU・日向坂・TWICEなど大混戦!」でも説明したが、インターネットの配信でブレークとか、海外で話題とか、坂道グループで引退者がいる程度の話では、多数の視聴者の心をつかめない。

既にある歌手や曲を並べるだけでは脳がない。
その年の大みそかに披露するための付加価値をどうつけるのか。視聴者が音楽を通じて「なるほど今年はこういう1年だったのか」と振り返ることができる内容だったら、多くのリスペクトを集める番組になるだろう。

今年の大みそか、進化した名番組を見られることを期待したい。

愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。「次世代メディア研究所」主宰。著作には「放送十五講」(2011年/共著)、「メディアの将来を探る」(2014年/共著)。