人気コント番組「LIFE!〜人生に捧げるコント〜」のチームが取り組んだ、意欲的で新しい「コメディードラマ」が放送されて話題を呼んでいる。
1話15分で、4回シリーズの、「事件は、その周りで起きている」(8月1〜4日放送、NHK総合)。架空の警察署、「新月署」で起こる、人間関係のゴタゴタとすれ違いが巻き起こす、おかしくてやがてしんみりの騒動を描く。
主役の女性刑事、真野一花を演じるのは、小芝風花さん。同僚の刑事、宇田川和人は笠松将さん。まっすぐで一生懸命の真野刑事と、いなり寿司が好きな宇田川刑事のかけあいが魅力的だ。元科捜研のエース、向田舞を演じるのは、倉科カナさん。さらに、白バイ隊員にあこがれ、真野刑事に思いを寄せる警察官、徳大寺玲央をお笑いコンビ蛙亭の中野周平さんが、そして真野と宇田川の上司、谷崎誠刑事を北村有起哉さんが演じるなど、個性的な配役で楽しませる。
「LIFE!〜人生に捧げるコント〜」は、2012年9月から放送されており、日本の放送文化に革新の波を巻き起こしたコント番組。「ゲス記者」や、「宇宙人総理」などの人気キャラクターが巻き起こす笑いは、今までにない人間洞察に基づいた新鮮なものだった。
そのDNAを受け継いで登場した「事件は、その周りで起きている」。「LIFE!〜人生に捧げるコント〜」を担当してきた倉持裕さんの脚本がさえる。
新月署に務める人たちは、みな頑張っているのだけれども、どこか抜けている。人と人とのコミュニケーションもうまく行かない。忘れ物のスマホをめぐって延々と無駄なやりとりがあったり、重要な証言のメモが字が乱れていて読めなかったりする。さらには、VRのゴーグルをつけて趣旨がわからない「科学捜査」が行われたり、現場への「突入」を命じる言葉づかいの細かいところをめぐって奇妙な「こだわり」の対立があったりと、ハチャメチャだ。
個性あふれる登場人物たちが、それぞれ善意で動いているのだけれども、組織としてはどこかタガが外れている。そして、事件は解決しない。それどころか、物事が前に進まない。そのような様子を見ていると、このドラマは、沈滞してしまっている「日本」のカリカチュアなのではないかと思えてくる。
すぐれたコメディーは、自分たちの現状に対する「メタ認知」(外から見た視線)を与えてくれる。脳の前頭葉に、ふだんの自分たちはこうだな、変わらないとダメだなという「気づき」が生まれるのだ。
「事件は、その周りで起きている」のつくられ方は、海外のコメディードラマと通じるものがある。状況に応じて「笑い声」(ラフトラック)を入れたりするのが伝統的なやり方だったが、それをしないのが最近の潮流。また、登場人物の個性の響き合いから生まれるケミストリーを楽しむのも、現代的。頼りない上司(谷崎刑事)がコメディーの一つの中心に据えられているのも好感。日本の放送文化の歴史に、新しい一頁が付け加わったことを喜びたい。
ラフトラックはないが、よいタイミングで軽快な音楽が入る。かつて、「ハナ肇とクレージーキャッツ」や、「ザ・ドリフターズ」が担っていたような、日本の「音楽コメディー」の伝統が、新たな形でよみがえった。
真野刑事と宇田川刑事の間には、かすかな「ラブコメ」の気配もある。
一方、真野刑事に思いを寄せる徳大寺警官の恋は成就するのか? 果たして新月署に本格的な科捜研はできるのか? ドラマのこれからが気になる。ぜひ、続編を期待したい。
1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。