テレビの生命は同時代性にある。一方で、大切なことをゆっくりと考えていく、「スローメディア」としての性質も重要だと思う。特に公共放送としてのNHKには、時間が経っても色あせない良質の番組に対する期待が高い。

土曜の午後11時から放送されている「ETV特集」。見応えのあるドキュメントが多いが、その中でも、「ドキュメント 精神科病院×新型コロナ」(2021年7月31日放送、2022年7月2日アンコール放送)は心に残った。

いまだ、パンデミックからの明確な出口が見えない新型コロナウイルス。人の心も社会も徐々に慣れていく中で、一番たいへんだった時期に、最もしわ寄せが行った方々のことを忘れないでいたい。

ただでさえ、重症患者が増えた際の医療関係者の負担は重かった。そこに特別な事情が加わると、時に人間としてのぎりぎりの判断を迫られてしまうこともある。そのありさまを番組は丹念に追っていた。

精神疾患を持つコロナ陽性患者の受け入れをしている都立松沢病院。現場の医療スタッフのがんばり、熱意にほんとうに頭が下がる思いがこみあげる。同時に、現場が抱えている深刻な問題点、システム上の欠陥のようなものが見えてくる。

他の精神科病院からコロナ陽性の患者さんが運ばれてくる。そのご様子から、精神科の患者さんが、ふだんから、十分な医療を受けられていないことが伝わってくる。

精神科病院の医療スタッフの設置基準は、一般病棟に比べると手薄で、より少ない医者、看護師で多数の患者さんを見なければいけない状況になっているという。その背景として、病院が患者さんたちにとって医療を受けるというよりは社会的な「居場所」になっているという実態が浮かび上がる。

精神科の患者さんは、不安や幻想からか、医療スタッフの問いかけに対しても非典型的な反応をする。時に見ている者がびっくりするような言葉も出る。都立松沢病院の医療スタッフは、そのような場合も適切に温かく対応していたが、慣れていなければとまどってしまうだろう。

そのこともあってか、精神疾患のコロナ陽性患者は敬遠される傾向にあるのだという。ただでさえ十分な医療サービスが得られない中で、最もしわ寄せが行ってしまったのが、「精神科病院×新型コロナ」という社会の「エアポケット」に入ってしまった患者さんたちだった。

番組は、長期にわたって入院をしている患者さんのケースなどを紹介しつつ、日本の精神医療がシステムとして抱えている問題点を浮き彫りにする。一方で、決して誰かを悪者にするわけではない。当事者の証言を丹念に拾いながら、複雑な事象を、臨場感とリアリティーを持って描く。

難しい状況、限られた時間の中で、一人ひとりの患者さんのことを思って判断し、治療を続けられる医療スタッフの姿。不安の表情を見せつつも、懸命に生きる患者さんたちとその家族。ともすれば埋もれてしまいがちな社会の側面に光を当てるのは、公共放送としての大切な役割だろう。画面のあちらこちらでプライバシーや情報保護の観点からきめ細やかにモザイク処理がされるなど、制作陣の取材、編集、制作の苦労が忍ばれた。

このような良質な作品は、放送されてそれでおしまいではなくて、NHKアーカイブスNHKオンデマンドなど、さまざまなかたちで末永く見続けられたらと思う。公共放送が息の長い「スローメディア」として機能してこそ、初めて光の当たる社会の片隅がある。

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。