2022年3月まで、「ドキュメンタリー その新たな地平を切り拓く」をテーマに放送されていた「ストーリーズ」の枠。その中の「100カメ」は4月から毎週放送となった。
そして、「ノーナレ」と「事件の涙」は、不定期の特集ドキュメンタリーとして今後は放送されていくという。
このうち、「ノーナレ」は、公共放送NHKの「放送文化」の一角としてぜひとも応援したい枠である。「説明よりも感じるものを」ということで、ナレーションのないドキュメンタリーを放送してきた。
3月12日放送の「知床 いのち巡る地より」では、北海道、知床に住む美術家の川村喜一さんと川村芽惟さんの生活を追っていた。
高度な放送技術である8Kによって撮影された映像は息をのむほどの臨場感があって、大自然やその中に息づく動物たちの姿も感動的だった。命のあり方を写真におさめ、布に写して再び大自然の中に置くという川村さんの取り組みに、番組は鮮烈なヴィジョンで迫っていた。
一方、1月15日放送の「変かんふうふ▽コンピューター史に残る伝説の夫婦の物語」では、日本語ワープロとして画期的な商品を世に送り出した浮川和宣さん、浮川初子さんの事跡をとりあげていた。
ゆかりの地の阿波おどりや、コンピューターゲーム画面風のストーリー展開を取り入れるなどのユニークな演出。また、NHKの過去のアーカイブから「電子立国日本の自叙伝」(1991年放送)の一部を引用するなど、深みのある番組となっていた。
私が、「ノーナレ」を特に推したい理由は、ナレーションのないかたちが今や国際的には例外ではなく、むしろドキュメンタリーのスタンダードになっているからである。
NHKは、これまでに、「NHKスペシャル」などの枠で、数々のすばらしいドキュメンタリーを制作、放送してきた。それらの番組で、練り上げられたコメントをナレーターが読み上げるフォーマットは、確かに効果的だった。
しかし、時代が流れ、今や、海外ではドキュメンタリーは番組に登場する当事者たちの「生の声」で構成するのが主流となっている。取り上げられている事象の背景や経緯を含め、ご本人たちが自分の言葉で説明し、それを巧みに編集して一本の番組にする。そのような作品が、「エミー賞」のような場でも評価される。
もちろん、ストーリーの流れは、編集があってこそである。しかし、ナレーションという形で製作者の解釈が直接表に出るのではなく、あくまでも当事者たちの声、証言で番組を構成していくというのが、現代的な文法となっている。
「ノーナレ」は、NHKのすぐれたドキュメンタリー制作の文化を、現代に接続し、さらに発展させる上で欠かせない番組だと思う。ナレーションがないことは、特別なのではない。むしろ、それが基本なのである。
「ノーナレ」が、「知床 いのち巡る地より」のような、時の流れを映像からそのまま感じさせるようなテーマだけでなく、「変かんふうふ▽コンピューター史に残る伝説の夫婦の物語」のような、社会的事象を扱うテーマにも取り組んできたことを、一視聴者として高く評価し、制作者たちに感謝したい。
「詩」と「散文」、そして「感性」から「論理」まで。幅広いモチーフを扱う「ノーナレ」のアプローチが、NHKのドキュメンタリー文化の未来を切り拓くと確信する。
「知床 いのち巡る地より」の制作は、NHK札幌放送局。一方、「変かんふうふ▽コンピューター史に残る伝説の夫婦の物語」には、スタッフたちの知恵と経験が感じられた。NHKの総合力が、日本の視聴者はもちろん、世界的にも評価されるようなすぐれたドキュメンタリーを生み出すことを期待したい。
1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。