公共放送としてのNHKに視聴者が期待することの中には、定番の人気番組はもちろんだけれども、斬新な放送文化を生み出すことがあるだろう。とりわけ、人々の価値観が多様化している現代において、異なる文化をつないだり、世代の壁を超えてみんなを一つにするような番組が見たい。

その意味で、NHK総合で2022年10月からレギュラー放送が始まった『ゲームゲノム』に注目したい。番組ホームページでは、「テレビゲームを“文化”として捉え、名作の魅力を深堀りするNHK初の教養番組!」とうたわれ、多彩なゲストを迎えて、テレビゲームの世界観や、製作者の思いを分析していく。MCには本田翼さんと三浦大知さん。これまで、『ワンダと巨像』や『バイオハザード』、そして『ロマンシング サ・ガ2』などの作品が取り上げられてきた。 

12月21日放送の回では、「野生を遊ぶ」というテーマで、新旧2つの「アニマルゲーム」、『TOKYO JUNGLE』と『STRAY』を特集していた。ゲストは高橋ひかるさんに、『TOKYO JUNGLE』を手掛けた片岡陽平さん。  

冒頭、番組はいきなりゲームのプレイ画面から始まる。紹介されるのは、アニマルゲームの先がけとも言える『TOKYO JUNGLE』。ゲームをやったことがない人でも、神谷浩史さんのナレーションによるわかりやすい解説で、そのポイントがつかめる構成になっている。 

巧みなのは、ゲーム画面に加えてプレイ中の三浦大知さんや高橋ひかるさんの顔が「ワイプ」で映されるその構成。日本のテレビで多用される、VTR中にスタジオゲストの顔が映る手法についてはさまざまな意見がある。一方、本番組のようにゲームをやっている際にプレイヤーの表情やコメントを同時に示すことには、実質的な意味があると言えるだろう。しかも、それは動画サイトや実際のゲームプレイ中に多くのユーザーが経験している現代的な文法にもかなっている。 

『TOKYO JUNGLE』では、人間たちがいなくなった東京で、動物たちが生存競争を繰り広げていく。それは、弱肉強食の支配する世界。生きるために狩りをしたり、逃げて身を隠したり、次世代に命をつなぐためにパートナーを探したりする。最初はペットだった犬、ポメラニアンからスタートして、次第にさまざまな種類の動物をプレイできるようになっていく。ハイエナやライオン、ガゼルなど、動物によって得意なことや苦手なこと、行動様式が異なるのが奥深い。 

開発者の片岡陽平さんのお話が面白かった。19歳で上京して、21歳で会社を興された。その後の生活は、まさにサバイバルだったという。『TOKYO JUNGLE』のようなアニマルゲームに人々が見ているのは、現代を生きる人間の実感。そのような本音をなかなか言いにくい中で、動物に託せば表現できることがある。実は、あの『鳥獣戯画』も、人の世のありさまを動物たちの姿を通して描いたのではないか、その意味で、『TOKYO JUNGLE』は今日における『鳥獣戯画』のようなものであるという片岡さんのお話に惹きつけられた。 

2つ目のゲーム『STRAY』では、ロボットばかりの街に紛れこんでしまった猫の視点からのプレイ画面が紹介される。猫ならではのしなやかな身のこなしや、「爪とぎ」などの技で、ロボットたちが通れない場所も進んでいく。そして、ロボットたちが抱えている悩み、問題を猫が解決してあげることで、シナリオが進んでいく。ゲーム世界に展開される「自由でしなやかな猫」と、『不自由でぎこちないロボット』の対比の中に、振り返って自分たち人間の姿を見るプレイヤーも多いようだ。 

さらには、このゲームの開発者のスワン・マルタン=ラジェさんのインタビューが紹介され、それを受けて、環境問題や社会問題がある人間の社会だけれども、「とにかく走り続ける」ことが大切だという素晴らしいメッセージが提示される。このあたりは、NHKにしかできない! 

現代において、ゲームはただプレイするだけのものではなく、動画サイトなどで他人がプレイするのを見るスタイルが確立している。ゲームは、人工知能やインターネットなどの最新のテクノロジーが投影される新しいメディアでもある。『ゲームゲノム』は、そのようなゲームの文化に光を当てつつ、同時に、ゲームをプレイすることを空気のように享受している若い世代と、ゲームになじみがない人も多いシニアな世代の間の橋渡しの機能も果たしている。

これぞ、公共放送!!!!
これからの番組の展開に注目したい。

テーマ曲を担当されているのは、数々のゲーム音楽の作曲で知られる下村陽子さん。心の中に木漏れ日を揺らすようなその音楽が、ゲームに慣れ親しんでいない人にもやすらぎをもたらしていると感じた。

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。