歴史について考える機会を提供することは公共放送の大切な役割だろう。NHKは、これまでも、さまざまな番組を通して、歴史のいろいろな側面に光を当ててきた。とりわけ、幕末から明治にかけての激動の歴史については、大河ドラマなどでも何度も取り上げられてきた。

最近注目されるのは、日本の歴史を世界の動きの中に位置づけて理解しようとする試み。ともすれば「日本史」と「世界史」と分けて学びがちだった従来のやり方を更新する機運が高まっている。

NHKスペシャルの「新・幕末史 グローバル・ヒストリー」は、その意味でタイムリーな企画であると言える。10月16日にNHK総合で放送された「第1集 幕府vs列強 全面戦争の危機」では、日本の幕末の情勢がいかに列強のパワーゲームという文脈の中で展開されていたかを描いていた。

当時、中国を始めとする東アジアでは、アメリカ、ロシア、イギリスなどが覇権争いを繰り広げていた。そんな中、日本は地政学的に鍵を握る存在だった。
1856年に終結したクリミア戦争で、イギリスを始めとする連合軍に破れたロシアは、東アジアへの進出をねらっていた。そのために、要衝となる対馬に海軍基地を建設する動きに出た。

番組では、専門家が船で対馬の入り江にロシアの基地の跡を検証する。幕末の日本が、まさに世界のうねりの中に巻き込まれつつあったことを実感させるオープニングだ。

危機を感じて立ち上がった人物として、幕臣のぐりただまさに焦点が当てられる。再現ドラマを随所に入れ込むことで、小栗が幕府の老中や将軍に働きかけながら、なんとかして日本を守ろうとした努力の様子を鮮やかによみがえらせる。

幕臣の順演じる武田真治。

幕府はイギリス海軍の力を借りて対馬のロシア海軍を退去させるが、そのこともあって結果として日本に対する影響力が増す。当時、イギリスは自国の権益を拡大するために、さまざまな計略を立てていた。イギリス外務省の機密文書は、イギリスが対日戦争計画を立案し、瀬戸内海の封鎖や、大阪から入って京都の掌握、さらには江戸の攻撃を検討していたことを明かす。

背景にあったのは、当時の日本とイギリスを始めとする列強の間に存在した圧倒的な軍事力の差であった。番組では、当時の最先端の兵器であったアームストロング砲の発射実験を行う。

アームストロング砲の模型。

砲身に「ライフリング」と呼ばれるらせん状の溝をつけることによって、着弾距離がのびるとともに威力が増すことを、毎秒175万コマの高速撮影で鮮明に描いていた。同じように、長州と幕府が対峙した幕長戦争でイギリスが長州に提供したジャーディン・マセソン商会の最新の銃が、再装填にかかる時間を4分の1にすることで絶大な威力を発揮したことも実際に射撃して示していた。

私たちは、幕末を、志士たちが活躍した青春のドラマ、群像の物語として思い浮かべがちである。確かに、そのような捉え方は間違っているわけではない。その一方で、国内の情勢は実は世界史の大きなうねりという文脈の中で進んでいったことも忘れてはならないだろう。むしろ、列強の圧倒的な力の中で、その波にもまれながら懸命に努力したという背景を理解することで、大河ドラマに描かれるような幕末から明治にかけての志士たちの苦闘も、その意味がより深く理解できて、感動も大きくなるように思う。

番組ナビゲーターは西島秀俊さん。随所に挟まれる再現ドラマが効果的だ。小栗忠順を武田真治さん、イギリスの駐日特命全権大使のハリー・パークスをモーリー・ロバートソンさんが演じている。国内外の識者のインタビューと合わせて、多角的で重層的な構成が歴史の奥行きを感じさせる。

ハリー・パークス演じるモーリー・ロバートソン。

このような番組は、ぜひ、歴史に興味を持つ子どもたち、学生にこそ見てもらいたいと思う。また、歴史についてすでにたくさんのことを知っているシニア層にとっても新鮮な発見がたくさんあるだろう。「第2集 戊辰戦争 狙われた日本」が楽しみである。


【NHKスペシャル5min.】
幕末日本に迫るイギリスの野望 | 新・幕末史 グローバル・ヒストリー 第1集 幕府vs列強 全面戦争の危機 | NHK
https://www.youtube.com/watch?v=ppL9B79Y684

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。