「チコちゃんに叱られる!」が相変わらず好調だ。

周囲に聞いても、ふだんテレビを見ていないという人でも、この番組は見る、面白いという人が多い。

番組MCを務めるのは、好奇心旺盛でいろいろなことを知っている5歳の女の子(という設定の)、チコちゃん(声は木村祐一さんが担当)だ。同じくMCにしてレギュラー解答者に岡村隆史さん、情報プレゼンターに塚原愛アナウンサー。そして、ナレーションを森田美由紀アナウンサーが担当している。

クイズ番組という形式はとっているが、実際には、身近なふと抱く疑問について解答者がなかなか答えられず、チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱られる、その間合い、やり取りが面白い。多くのバラエティー番組をつくってこられたプロデューサーの小松純也さんが、演出に関わって制作されている。今やNHKの看板番組の一つと言ってよいだろう。

私自身も、「チコちゃんに叱られる!」のレギュラー化前の「パイロット版」にスタジオ出演させていただき、またビデオでコメントをさせていただいたこともあるので、大いに親しみがある。

ところで、脳が「楽しい」と感じる背景には、深い事情があることが多い。現状をそのままとらえるのではなく、むしろそれを乗り越えていく「批評性」があると、番組の楽しさはより深くなる。

人間は、生きている中で、さまざまな辛いこと、苦しいことがあったりする。なかなか解決のつかない状況に、もやもやすることも多い。

そんなとき、すぐれたエンタメはそのような状況から逃げずに、むしろ笑いや楽しさで向き合うことで前向きのエネルギーをつくる。そこで役に立つのが、現状を少し斜めから見る「批評性」である。 「チコちゃんに叱られる!」の批評性は、5歳の女の子に、りっぱな大人たちが叱られるという点にある。とりわけ、成人した男の人たちが「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と言われるのが面白い。

英語には、「マンスプレイニング」という言葉がある。「男」を表す「マン」と、「説明」を表す「エクスプレイン」が合成された言葉で、世の中では、つい、男の人が女の人に自信過剰に説明してしまうという傾向を指す。実際には、女の人のほうが知っていることも多いのに、自分のほうが知識があると思いこむ男の人がしばしばいるのである。

一方で、年齢が上のほうがものを知っていて偉いという思い込みもある。今の時代、ネットについては子どものほうが知っていることも多いのに、つい大人は油断してしまうのだ。

だからこそ、「チコちゃんに叱られる!」で、年下の女の子が「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と年上を叱りつけるところが批評的で面白い。視聴者は、そうとは気づかないまま、現代の常識から自由になっているのかもしれない。

翻ってNHKの他の番組を見ると、まだまだ、年上の男の人が年下や女の人に「説明」するというフォーマットが多いようにも感じる。チコちゃんに叱られて番組を改善できたら、NHKはさらに良くなるだろう。

チコちゃん、ぜひお願いします!

(NHKウイークリーステラ 2021年6月4日号より)

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。