田村隆一さんは、戦後日本を代表する詩人のひとり。東京生まれ、東京育ちですが、晩年の28年を鎌倉で過ごしました。本書は、田村さんがさまざまな媒体で発表した鎌倉にまつわる詩や文章を集めた一冊です。
表紙写真はたぶん鶴岡八幡宮の池のほとりだと思うのですが、田村さんがステッキを持って立っています。背筋が伸び、脚も長くてモデルのようです。表紙をめくったところの「見返し」には、鎌倉の地図。本書に登場する場所の掲載ページが書いてあるので、地図を眺めながら読んでも楽しいですね。
田村さんが鎌倉に転居した70年代、国内旅行ブームが巻き起こり、観光客は京都や金沢、鎌倉などの“古都”にこぞって訪れました。ただ、本書には観光地はほとんど出てきませんし、観光コースとも重なりません。
観光客として外から訪れても、こんなにすてきな鎌倉には出会えないなあと思います。例えば、ある路地を歩きながら大佛次郎の『敗戦日記』について考えるエッセー。路地を自分の人生に例えた表現がとてもおしゃれ。
また北鎌倉の散歩でも、読者に「ああ、そういうふうになっているんだ」と気づかせてくれる驚きがちりばめられています。“散歩”と銘打っているだけあって、田村さんが本当に散歩好きだったことがわかりました。
コロナ禍が明けたら、ぜひこの本を手に鎌倉を散歩したいと思っています。
(NHKウイークリーステラ 2021年4月30日号より)