4月から始まった新番組あしたが変わるトリセツショー」。番組のフォーマットが斬新で、日本の放送文化にフレッシュな風を吹かせている。

番組冒頭、ヨーロッパの歌劇場を思わせる景観から、一気に劇場の中へ。MCをつとめる「エンターテイナー」が豪華けんらん不思議、奇想天外なプレゼンを行う。

4月21日に放送された「アブラ」の回では、油をうまく生かすことで、食材のおいしさが増し、健康にもつながることが解説されていた。また、4月14日の「血管」の回では、日本のテレビが入るのは初めてだという南米のアマゾンに住むひとたちに取材し、その血管のやわらかさの秘密に迫っていた。

「アブラ」の回では、カマンベールがワインの苦味や渋みをやわらげる「カマンベール効果」や、油を加えることで市販のマグロの味わいが増すといった工夫を、科学的な文献のエビデンスや、実証実験を交えて紹介していた。まさに「あしたが変わる」工夫である。

エンターテイナーをつとめるのは、国民的な人気のある石原さとみさん。お子さんが生まれたため、5月12日の放送分よりしばらくは市村正親さんが代役をつとめる。

助っ人エンターテイナーを務める市村正親さん。

放送回数を重ねるにつれて、番組の細部は少しずつ進化していくものと思われるが、これまでのところで感心するのは、劇場の「舞台」の上で完成度の高いショーが行われ、それを客席からゲストが見ているという構成である。

スタジオの同じ空間の中にMCとゲストがいるという配置に比べて、よりショーの密度と完成度を高めることができる。とりわけ、科学的なエビデンスや調査に基づく「トリセツ」の内容と、それを見た「視聴者代表」のゲストの感想を、分離することができる。

このようなつくりにすることによって、生活や健康に関する情報の緻密さ、確かさと、それに対する自由な感想、会話の面白さをいわば分離して、良いとこ取りで両立させることができるようになっているのはさすがだと思った。

トリンキー/声・濱田マリ

「舞台」の上、エンターテイナーの横には濱田マリさんが声をつとめるキャラクター「トリンキー」がいて、軽妙な掛け合いをする。一方、客席には峯田茉優さんが声をつとめる「コトリンキー」がいる。ナレーションは山路和弘さん。

コトリンキー/声・峯田茉優

そのような配役にすることで、ゲストの発言も含め、現代における一つの価値とも言える「多声性」を実現している。

「舞台」の上の進行は、一瞬で変わる視覚効果を用いたり、他の世界に通じるドアを用いたりと、演出の自由度が高い。そのような仕掛けをすることによって、結果として多くの情報を印象的なかたちで表現することができて、視聴者にとっては記憶に残る番組構成になっていると思う。

時代の流れの中で、インターネットの上にも動画があふれ、テレビの位置づけがわかりにくくなってきている。「あしたが変わるトリセツショー」は、番組の中に仮想的に「舞台」とそれを見る「客席」を設けることで、かつて存在していた絢爛豪華なエンタメとしてのテレビのわくわく、ドキドキを取り戻す仕掛けになっている。

今後は、演出の自由度を生かして、より科学的な緻密さが深まったり、印象的で濃縮された表現が生まれたら良いと思う。また、若い世代や外国の方、社会のさまざまな分野で活躍されている方など、この番組を届けたい多彩な人たちが「客席」に登場したら面白いのではないか。

しっかりと作られた「舞台」の上のエンタメと、幅広い観客の自由かったつな声の響き合いから生まれる「共創」。さまざまな夢がふくらむ新番組のスタートである。

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。