1月5日(日)からスタートしたプレミアムドラマ「TRUE COLORS」。2023年に放送され、向田邦子賞やコンテントアジア賞など数々の栄誉に輝いたプレミアムドラマ「グレースの履歴」の源孝志監督による新作だ。
熊本・天草を舞台に、目の疾患が明らかになって生まれ故郷に戻ってきたフォトグラファー・立花海咲を軸に、さまざまなヒューマンストーリーが繰り広げられる。本作の原作が誕生するまでの経緯や、原作、脚本、監督を一人で担う強み、作品に対する思いなどについて話を聞いた。
ドキュメンタリー番組の取材後、天草に4日滞在。
――今回の作品の舞台となっている天草には、ドキュメンタリー番組の撮影で訪れたのですよね。
源 作家・遠藤周作さんのフランス留学時代の日記を元にしたドキュメンタリー「ルーアンの丘から 遠藤周作・フランスの青春」(NHK)の取材で、19年前に長崎を訪れました。高台の公園から見えた天草に興味を持ち、帰りの飛行機をキャンセルして4日かけて天草を回りました。
1日で回れるような島じゃなかったんですよね。世界遺産に登録される前ですから、人もいなくて静かでした。行く場所、行く場所で、強烈というよりは、ちょっと染み入るような印象が残りました。
この時に見た風景や、海や空の色、島の人々の顔がこの物語を紡ぐ糧になり、とりわけ、島の空気の中にある「静謐さ」が強く印象に残ったんです。
――この物語のタイトルは「TRUE COLORS」ですが、アメリカのシンガーソングライターであるシンディー・ローパーの同名曲からもインスピレーションがあったそうですね。
源 天草に滞在した時は、いつかこの島を舞台に何かを書いたり、何かを撮ったりしたいと、漠然と思ってたに過ぎないんです。たぶん東日本大震災の年だったと思うのですが、車を運転している時に、シンディー・ローパーの「TRUE COLORS」が流れてきました。
よく知ってる曲で聞き慣れているんですけど、震災直後で、僕も含めた日本人が いろんな意味で虚無的になっていたからか、今まで気に留めていなかった歌詞に、今のLGBT問題などが内包されていることに気づきました。COLORSというのは、性別や個性に例えられますけど、隠してることをオープンにしてもいい、なぜなら、それがあなたの本当の色だから、といったことを歌っている。
80年代の曲だったけど、シンディ・ローパーはなかなか革新的というか、随分先を見てたんだなっていうことを運転しながら考えていると、この曲をモチーフに何かできないかなと2、3日ぐるぐる考えていました。そして、天草を舞台にやろうっていうことに結びついたわけです。2016年の熊本の震災も、書き進める上で強いモチベーションになりました。
原作、脚本、監督を別の人が担当するのはあまり考えられない。
――源さんは、2023年に放送された「グレースの履歴」もそうでしたが、ご自身が執筆された作品を自ら脚本化して、監督もされています。本作も映像化を視野に入れて執筆されていたのでしょうか。
源 小説を書いている時は、もちろん映像化は決まっていません。ただ、「グレースの履歴」は最初から映画かテレビで映像化しようと思って書いていて、自分でもいろんなところに働きかけました。
でも、本作の原作である「わたしだけのアイリス」は、正直なところ商業的にこういう作品の映像化をやらせてくれるところはあんまりないかなって思っていたので、小説に思っていることを吐き出すように書き進めていました。
商業的には難しいと思っていた原作でも、視聴率偏重の時代から、人の心を動かすようなドラマを作りたいと思うプロデューサーやテレビ局が現れるようになり、機が熟したと感じ、企画の俎上にあげてみたんです。
――一般的には原作、脚本、監督はそれぞれ別の人が担当しますが、源さんはすべてお一人でされていますね。
源 僕の場合、自分の小説を誰かが脚本化したり、撮ることはあまり考えません。書いている時に頭の中に浮かぶビジュアルがあるように、読者の方にもそれぞれイメージがあり、それは当人だけのものです。僕も同じで、頭の中のイメージを具体的な形にしてみたいなと常に思ってます。でも、歳とともに誰かが撮ってくれたら楽かなと思います。撮影は重労働ですから。
――小説を執筆している時、頭の中で演じる俳優を想像することはあるのですか。
源 頭の中で、「やってもらうなら誰がいいか」をよく考えますよ。最近は韓国映画にハマってるので、頭に浮かぶのがほとんど韓国の俳優さんだったりしますけど、僕の根底的なテーマとして、日本人とは何か? を描きたいというものがある。でも、原作を書いてから映像化されるまで間があるから、頭の中の理想のキャストはズレがあるんですよ。
「グレースの履歴」の滝藤賢一さんなんて、小説を書いていた頃はまだ売り出し中のクセ強めの役者で、まったく意中の人ではなかったんです。映像化する時になって、今なら滝藤くんがいいね、って決まって。そういう巡り合わせで決めていくことになりますね。だから、「この俳優が演じるなら、こういう展開のほうがいいな」と、脚本も変わっていきました。
小説は小説で一生懸命書いてるから、書き終わった時点で自分的には完結してるんですよ。だから同じものはやりたくない。脚本家や監督が別の人なら、原作に忠実であろうとするだろうけど、僕自身は、それでは楽しくないと思っている。
もちろん物語の世界観は一緒なのだけど、時間が経って、キャラクターやストーリーも変わっていく。原作、脚本、監督を一人でやっている強みでもあると思っています。
――今回、倉科カナさん演じる海咲の継父・辻村多一郎役は渡辺謙さんですが、渡辺さんの方から「一緒に仕事がしたい」と言われたそうですね。
源 いつかお仕事をご一緒したいと言われ、ランチをご一緒したことがあります。本作の義父役は渡辺さんにぴったりだと思ったけど、脇役なんですね。でも、「ちょうどぴったりな役があるけど、主役じゃなくて……」とご連絡したら、「名刺がわりにぜひやりたい!」とおっしゃっていただけました。
見た目は傲慢、不器用さの中に、慈愛みたいな奥深さがある――、といったものを出せる俳優ってそうはいない。この役のベスト・キャスティングは渡辺謙と思っていたので、それはもう、このドラマで一番はまってますよね。まったく、贅沢な話で申し訳ないですが。
――倉科さんを主人公の海咲役に抜擢しようと思ったきっかけは何ですか?
源 熊本出身で郷土愛も強いっていうところがいいですよね。実は、以前、井上ひさしさん作のこまつ座の舞台「雨」を観たら、この倉科さんがよかったんですよ。もちろん、名前も顔も知っている人気俳優さんですが、この舞台を観て以来、何かチャンスがあればと、ずっと思ってて。その時の倉科さんのイメージがあったから、海咲役を絶対やれると確信してました。
――海咲の高校時代の同級生・松浦晶太郎役の毎熊克哉さんは、源さんが脚本と演出を担当したドラマ「京都人の密かな愉しみ Blue 修行中」(NHK)に出演されていましたね。
源 自主映画の「ケンとカズ」がすごく話題になった時に彼を知って、「京都人の密かな愉しみ Blue 修行中」に起用しました。今回、晶太郎役にいいと思ったんだけど、彼に一つだけ不満があった。それは、顔はハードボイルドなんだけど、身体がちょっとスリムなこと。「毎熊、バランス悪すぎだ」って、身体をビルドアップしてくれと頼みました。
カチッとした体を作ってくれればそれでよかったんだけど、毎熊には“役者バカ”なところがあって。筋肉だけで6キロとか増やした。だから相当、分厚い体になってますよ。晶太郎は漁師でバイクにも乗るから、「この際だから、船舶とバイクの免許も取っちまえ」って。やっぱり本人がやって、顔が見えた方がいいじゃないですか。彼の身体能力からすると、さして難しいことではないので。
自分で自分を律することが、自由主義の根幹。
――本作は、フォトグラファーには致命的な目の病気が発覚したところから始まる、海咲の再生の物語が中心になっています。人は試練を乗り越えられるのか、過去を振り返って向き合えるか、といったテーマは、天草に根付いているキリスト教の信仰にも通ずるところがあるのでしょうか。
源 天草に行くとわかるんだけど、キリスト教と神道、仏教がすごくないまぜになってるんですよ。日本のお墓の上に十字架が乗っかっていたり、家に神棚もマリア像もあったりとか……。キリスト教だと、人間には原罪があり、どんな人間にも神は慈愛を持って手を差し伸べるという教えがありますが、結局、自分のことは自分しか救えない、自分の救済は自分しかできないということを考えながら物語を書きました。
やっぱり自助の意識が人間の基本にないと、世の中がうまく回らなくなるのではないかとよく思います。自分でなんとかする、自分で自分を律する。それが自由主義の根幹だなって、僕はなんとなく思ってるんで。
――この物語では、海や空の色をはじめ、さまざまな色彩がでてきます。そのあたりを映像で観られるのは、ドラマならではの楽しみですね。
源 第一話のトップシーン、長い物語の始まりは、海咲が東京湾の海を眺め、その色を自分の目が認識できているかを確認する場面から始まります。ロケハンの時に、東京湾がすごくきれいに見える倉庫の屋上を見つけたんですね。ところが、撮影前日に雨が降って海が濁ったりして2回撮影できず、3回目にようやく撮れました。
スタッフや俳優のみんなは「本当に撮らないんですか?」ってうんざりしてたんじゃないかな。でも、狙った海の色を撮れないと、このシーンは成立しない。ドラマでは、天草やイタリアロケで、さまざまな美しい色が出てくるので、ぜひ楽しみにしていてください。
みなもと・たかし
1961年生まれ。立命館大学卒業後、CMやTVの制作を経て脚本家・監督に。主な映画は『東京タワー』『大停電の夜に』など。ドラマは「京都人の密かな愉しみ」(NHK)、「神様のボート」(NHK)、「スローな武士にしてくれ〜京都 撮影所ラプソティー」(NHK)など。「忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段」(NHK)で2022年第77回文化庁芸術祭テレビ・ドラマ部門大賞、連続ドラマ「グレースの履歴」(NHK)で第42回向田邦子賞受賞。
高校卒業後に天草から上京し、今はファッションフォト業界のトップフォトグラファーとして活躍している立花海咲(倉科カナ)。イタリアのトップデザイナーからも厚い信頼を得て、その地位を確固たるものにしようとしていた。しかし、海咲にはこのところ少し気になることがあった。それは、視力の低下。もともと軽度な色弱の自覚のあった海咲は、かかりつけの眼科の勧めで大学病院で精密検査を受けるが、そこで思いもよらない疾患を告げられる。カメラマンとして致命傷となりかねない状況に直面して困憊 する海咲の元に、上京以来一度も会っていない妹から会いたいという便りが届く。仕事を休むことになった海咲は、18年ぶりに故郷・天草行きの船に乗る。しかし、そこで海咲は、嫌悪感を抱き続けてきた継父・多一郎(渡辺謙)に遭遇し、過去の苦い記憶が蘇る。二度と戻るまいと決めていた故郷と会いたくないと思っていた男との遭遇に、ますます気持ちの沈んでいく海咲だったが、高校時代の親友・晶太郎(毎熊克哉)との再会をきっかけに折れかけていた気持ちに光が差し始めていく……
プレミアムドラマ「TRUE COLORS」(全9回)
2025年1月5日スタート
毎週日曜 NHK BS/BSP4K 午後10:00~10:49
毎週金曜 BSP4K 午後6:10~6:59(再放送)
原作:源孝志『わたしだけのアイリス』(河出書房新社刊)
脚本・演出:源孝志(「忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段」 「グレースの履歴」 ほか)
出演:倉科カナ、毎熊克哉、渡辺謙ほか
制作統括:八巻薫(オッティモ)、樋口俊一(NHK)
プロデューサー:井口喜一、田中誠一、伊藤正昭(ジャンゴフィルム)
NHK番組公式サイトはこちら(ステラnetを離れます)
兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体にanan、BRUTUS、エクラ、婦人公論、週刊朝日(休刊)、アサヒカメラ(休刊、「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、mi-mollet、朝日新聞デジタル「好書好日」「じんぶん堂」など。