第17週で、娘の優未ゆみ(竹澤咲子)と慣れない2人暮らしに奮闘するとも(伊藤沙莉)の前に現れた、花江(森田望智)の実家・米谷家の元女中、稲。

多忙な寅子に代わり佐田家の家事や優未の相手をするようになり、さらには涼子(桜井ユキ)たちの店の手伝いに入るなど、稲は皆の生活に欠かせない存在となっていきました。

稲を演じるのは、声優で俳優の田中真弓さん。朝ドラ出演への思いや、慣れないテレビドラマの撮影現場でのエピソード、稲を演じて感じたことなどを伺いました。


稲には「必要とされた」ことへの喜びがあったと思います

──朝ドラへの出演は、「なつぞら」以来2度目となります。今回オファーがあったときの率直なお気持ちをお聞かせください。

もう、うれしくてしょうがなかったです!

子どもの頃、小学校に行く前に見ていたのが、樫山文枝さんが主演の「おはなはん」、そのあと日色ともゑさんがヒロインの「旅路」(主演は横内正)で、すごく憧れていました。だから私も劇団に入って、俳優になろうと思っていたんです。

ところが、当時あちこちの劇団の入団試験に落ち続けて。俳優になるって、そんな簡単なことじゃないんだと後から知りました。子どもの頃って何にも知らないから、私も18歳になったら朝ドラの主役にばってきされるんだと、無邪気にあらぬ夢をみていられたんですよね(笑)。そうこうするうち、私ももうすぐ70歳! それでも、お声をかけていただいたことは、本当にうれしかったです。

──実際に出演されてみて、いかがでしたでしょうか?

素人みたいな感想で恥ずかしいんですけど、「ああ、ドラマってこういうふうに撮ってるんだ」って、新鮮なことばかりでしたね。舞台にはずっと立っているので、ある程度、芝居にそこそこ自信はあったんですけど、映像作品への出演は経験が浅くて。

以前「なつぞら」に出させていただいたときは、わずか1日だけの撮影でしたし、今回、共演者の皆さんに教えていただきながら1つ1つ習得している感じです。全くの新人ですね。伸びしろのある70歳と思っていただけたら……という気持ちです(笑)。

──稲が前半の登場時にとも(伊藤沙莉)に言った「女は男みたいに好き勝手にゃ、いかないからね」「すべては、手に入らないものですよ」といったセリフが印象的でした。田中さん自身はこれらのセリフをどうお感じになりましたか?

友達からは、「絶対、真弓が言わなさそうなセリフだよね」って言われました。また、私が声を当てているアニメの主人公(「ONE PIECE」のルフィ)を引き合いに出して、SNSなどで話題にしてくださった方もけっこういたみたいで、ありがたかったです。でも、私自身は別にルフィのことは全然、意識しませんでしたけども(笑)。

まあ、稲からすると、あの時代の女性の生き方、幸せを考えたときに、思わず出てしまった言葉なんだと思います。子どもの頃から面倒を見てきた花江さん(森田望智)は、ああいうふうに育ってくれたから安心だけど、トラちゃん(寅子)のほうは全く違うので、大丈夫なのかな?って心配だったんでしょう。

──そして、時を経て新潟で再会した寅子への思いは、どんなものだったのでしょうか?

結局、結婚して、子どももいて、それは安心したんじゃないですか。ああ、よかったなって。そして、何より頼ってもらえたことがうれしかったと思いますね。
セリフから推察すると、おそらく稲には子どもはいなかったんでしょう。

それで今は寂しく暮らしていたわけですから、「必要とされた」「お役に立てた」ということへの喜びがあったと思います。また、優未ちゃんが慕ってくれることも、孫のようでうれしかったでしょうね。

──主演の伊藤沙莉さんとのお芝居は、いかがでしたか?

「間」がすばらしいなと思いました。なんて言ったら、おこがましいんですけど。というのも、私たち声優って、実は自分で間を作っていないんですよ。アニメにしても洋画の吹き替えにしても、誰かの動きに合わせてセリフを言っている。ブレスの位置すら決まっているんです。

でも今回はそれがないので、つい自分のセリフを先走っちゃうときがあって、トラちゃんのセリフとかぶってしまったことが何回か……。沙莉ちゃんは優しいから、「今のは私が遅かったんですよね」と言ってくれましたけど。

ほかにも、私がカメラの向きを変えて何度も撮り直すことに慣れず、あたふたしていたら、「次はこっちからだと思いますよ」って、私の負担にならないようごく自然に教えてくださるんです。やっぱり、この世界で活躍されている方は、俳優としてはもちろん、人としての気遣いも素晴らしいなと思いましたね。

──田中さん自身も、声優として何度も主役を務めてこられていますが、今回は味のある脇役です。演じる上で、意識は違いますか?

映像作品の場合は、役の大きさを比較できるほど経験がないので、なんとも言えないです。ただ、舞台のことでいうと、若いときには、とにかくいっぱい出たい、少しでも長く舞台に立っている役がやりたいという気持ちが強かったですね。

今は、作品が面白くて、それをさらに面白くする役であれば、たとえ出演シーンが少なくてもうれしいなと思います。それって、作品に必要な役、いい役ですから。この年になっても、作品の中で生かされている。それはうれしいことです。


コメディエンヌ的な稲を楽しんでもらえたなら

──第17週での再登場を、ファンの方はたいへん喜ばれたと思います。田中さんは最初から、稲が後半にも登場することをご存知だったんでしょうか?

はい、聞いていました。でも、放送を見ていたら、ホントかな? 出る隙があるかな?とドキドキしていたので、台本をいただいたときにはホッとしました(笑)。

ただ、東京での稲と、新潟での稲とで、台本を読んだときの印象がけっこう違っていたので、少し戸惑いました。最初は、すごく真面目なむかし気質かたぎな人だと思っていたんです。でも頭がいいから、どう立ち回るのが女性にとっての幸せか、わかっている。それでトラちゃんにもああいうことを言ったのだろうと。

ところが、新潟編になると、彼女自身の“素”が見え隠れするようなシーンがあって。本当はもっと明るく陽気で、ひょうきんな人だってわかったんですよね(笑)。「もしかして、世が世なら歌手か俳優を目指していたタイプだったのかも?」って。

だから、後半では自分の中で役作りが少し変わりました。実際、監督からも、「もっとやっちゃっていいですよ」と言われるので、三枚目的なお芝居も取り入れています。コメディエンヌ的な稲を楽しんでもらえたなら幸いです。

もうひとつ、やっぱり慣れないなあと思ったのは、映像作品だと、舞台と違って何回もチャンスがあるわけじゃないということでした。リハーサルはあるけれど、舞台の稽古ほどの余裕はないし、本番で突拍子もないことをして周りに迷惑をかけちゃいけないし、なかなか思うように演技を試すことができなくて……。

せっかく機会をいただいたんだから、もっといろいろ試してみればよかった!と、少し後悔があります。

──第19週で花江と再会した稲は、泣き通し。かと思えば、酔っ払って大はしゃぎというおちゃめなシーンもありました。

花江さんと再会したら、稲としては、そりゃ泣くわねえ(笑)。戦争があって、花江さんがいろいろな苦労をして、というのもわかっていますから。すっかり頼もしくなって……と。でも、お芝居の面では頼っていたのは私のほうでした。沙莉ちゃんも、森田さんも、本当に頼りになるので。

お酒を飲むシーンは楽しかったですね。監督から、「稲さんは手酌で」と言われて、いいの? って。挙句の果てに「歌います!」ですから。ここを台本で読んだとき、いちばん「稲ってそういう人だったの!?」と思いました(笑)。新潟は米どころで、おいしい日本酒がたくさんありますから。稲も、お酒が好きだったんでしょうね。

ちなみに、稲が歌ったのは「砂山」という新潟にちなんだ童謡です。私の子どもの頃には教科書にも載っていて、大好きな歌でした。

──では最後に、田中さんの再登場を喜んでいる視聴者の皆さんにメッセージをお願いします。

「虎に翼」、すごく女性が元気になれるお話ですよね。トラちゃんのような人がいてくれたおかげで、当時よりずっと平等な社会になったわけだし。それでも、日本にはまだまだ不平等がたくさんあります。だから、彼女たちのやってきたことをしっかり引き継いで、男とか、女とかではなく、みんなで頑張っていこうね、という気持ちでいます。

ちなみに、航一役の岡田将生さんは、ルフィの大ファンなんだそうです。「ライトハウス」のシーンで共演したときは、おくびにも出されなかったんですけど、あとでメイクルームでお会いしたら、そうおっしゃって。

「おまえはオレの仲間だ!」ってルフィの声で言ったら、その場に崩れ落ちるくらい喜んでくれました。ルフィやっててよかったって思いましたね(笑)。

【プロフィール】
たなか・まゆみ
1955年1月15日生まれ、東京出身。NHKでは「おーい!はに丸」のはに丸役など、Eテレ番組の声の出演、連続テレビ小説「なつぞら」など。声優としての主な作品に、「ドラゴンボール」シリーズのクリリン役、「忍たま乱太郎」シリーズのきり丸役、「ONE PIECE」シリーズのモンキー・D・ルフィ役、劇場アニメ『天空の城ラピュタ』のパズー役ほか。劇団「おっ、ぺれった」主宰としても活動。