どうも、朝ドラ見るるです。

航一さんと「永遠を誓わない愛」を育むことに決めたトラコ(とも)、ついに東京にカムバッ〜ク! 東京地方裁判所の民事二十四部の裁判官に任命されました。そこで、どうやらとっても大変な事案を担当することに。それが「原爆裁判」! なわけだけど、その詳しい内容って……? 本格的な裁判が始まる前に、しっかり押さえておきたいですよね。

というわけで、戦中から戦後の司法の歴史が専門のNHK解説委員で、ドラマの制作にも関わっていらっしゃる清永聡さんにお話を伺います。
さあ、さっそく行ってみましょう! 教えて、清永さん〜!

「原爆裁判」って何? 誰が、誰を、訴えたの?

見るる 「1945年8月に広島と長崎に投下された原子力爆弾の被害者が、日本政府に賠償を求める裁判を起こした」と、ドラマでは言ってました。まず、これは、実際にあったことなんですよね?

清永さん もちろん、そうです。通称「原爆裁判」。原爆投下の違法性が初めて法廷で争われた国賠訴訟です。提訴されたのは、終戦からまだ10年しか経っていない、1955(昭和30)年。当時、大きな関心を集めた裁判でした。

見るる 訴えを起こしたのは、どういった人たちだったんですか?

清永さん 広島と長崎の被爆者や遺族の5人です。原爆によって家族を失った人、被爆によって通常の生活が送れないほどひどい怪我を負った人など、いずれも、原爆投下によって深刻な被害を受けた方々でした。でも、原告代理人を務めた弁護士たちは、最初から日本政府を訴えようと思ったわけじゃないんですよ。

見るる そうなんですか? じゃあ、誰を……あ、もしかして。

清永さん そう、原爆を広島と長崎に落とした「アメリカ合衆国政府」です。
1953(昭和28)年、原告の代理人を務めた弁護士は、アメリカの裁判所でこれを訴えようとしました。しかし、当時は日本が独立を回復して間もなかったこともあり、周りの理解も協力も得られなかった。そこで、結局アメリカ政府ではなく「日本政府」に損害賠償を求めて、東京地方裁判所に訴え出たんです。

見るる なるほど……というか、それまでは原爆の被害にあった方々に、国から何の援助もされていなかったということですか?

清永さん 「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」(原爆医療法)が施行され、被爆者を対象に医療費の給付や健康診断が実施されるようになったのは1957(昭和32)年のこと。提訴した1955年当時、国による被爆者独自の生活支援制度はありませんでした。そのうえ、怪我や病気だけではなく、社会的な差別にあったり、満足に働けなかったりしたことで、貧困にあえいでいたのです。

見るる うーん、それは確かにつらい状況です。あと、もうひとつ、このタイミングで訴訟に踏み切った理由として、劇中では、第五福竜丸の話をしていましたけど、これは……?

清永さん 1954(昭和29)年3月、アメリカの水爆実験によって日本の漁船、第五福竜丸が被ばくした問題ですね。こちらも、当時、大きな社会問題になりました。アメリカを批判する世間の風潮は、原告側の後押しになったかもしれませんね。

見るる なるほど。ちなみにドラマでは、人権派の弁護士・うんさんと岩居さんが原告代理人になっていました。実際にはどんな人たちが担当していたんですか?

清永さん 中心となっていたのは、岡本おかもとしょういち(1892~1958)という弁護士です。彼はこの裁判を起こすにあたって、「原爆の被害者と遺族への損害賠償」と「原爆の使用禁止」を掲げて、多くの弁護士に協力を呼び掛けました。

そして、それに唯一応えたのが、広島県出身のまつ康浩やすひろ(1922~2008)という若手弁護士。ただ岡本さん自身は、弁論が始まる前に亡くなってしまうので、以降は当時30代だった松井弁護士が1人で担当することになりました。

ちなみに、ドラマの雲野弁護士のモチーフの一人・うんしんきち弁護士は、原爆裁判の弁護団には入っていません。ただ、自由人権協会の理事長として岡本弁護士らと被爆者への賠償を求める運動などに参加していて、史実でも関わりがあったことが分かっています。

見るる ところで、この裁判の争点はどこだったんですか?

清永さん 最も大切な点は、「原爆投下が国際法に違反するか」です。訴状には、以下のように書かれています。

原子爆弾投下後の惨状は数字などのよく尽くすところではない。人は垂れたる皮膚をらんとして、しかばねの間を彷徨ほうこう号泣し、焦熱地獄なる形容を超越して人類史上における従来の想像を絶したさんなる様相を呈したのであった。

そのうえで、「原子爆弾の投下は残虐で、無差別爆撃などを禁じた国際法に違反する」と主張した。そして、この裁判を、3人の裁判官の1人として担当したのが、トラコのモデルであるぶちよしさんだったというわけです。

見るる そうか、三淵さん自身、夫と弟を戦争で亡くしていらっしゃいますし、思うところがあったのかもしれませんね。

清永さん この裁判はとても長く続きました。準備手続は27回にも及び、口頭弁論は結審まで合計9回、8年もの年月がかかりました。裁判長など、ほかの裁判官は期間中に何人か入れ替わっていますが、三淵さんは準備手続が終わった後の第1回の口頭弁論から結審まで立ち会っていた、唯一の裁判官なんですよ。

裁判記録を保存することの大切さ

見るる ところで、今お話に出てきた「準備手続」っていうのは、一体どんなものなんでしょうか?

清永さん 法廷で行われる「口頭弁論」とは別に、あらかじめ裁判の進め方を話し合うという仕組みがあるんです。それが、準備手続。ちなみに、今回の準備手続のシーンは、「原爆裁判」の記録を松井弁護士から引き継いで保存している「日本反核法律家協会」の協力で、実際の裁判記録を元に、できるだけそのまま作っているんですよ。

貴重な原爆裁判の記録。今は日本反核法律家協会で大切に保管されている。

見るる へえ〜! その資料を使って、細かいところまで忠実に制作されているんですね。

清永さん その際に改めて強調したいのは、吉田恵里香さんの脚本の見事さです。私はいつも多くの方と少し違う視点で、感心しています。というのは、準備手続などはとても地味ですし、面白く改変もできません。普通に描けば退屈なシーンです。

しかし吉田さんは、制約がある中で他のテーマと織り交ぜながら、緊迫感もあり見入ってしまうシーンを描いてくれています。こういうことはなかなかできませんよ。

そして忠実に描けたのは、記録がきちんと残っていたおかげです。ただ、これは弁護士の手持ち資料を民間の団体が保存しておいたものです。本来ならば裁判所が自ら、提出された記録類を保存しておく必要があります。

見るる 本来なら……? こんな大切な裁判の記録を、裁判所は残していないんですか?

清永さん 最近、全国の裁判所で民事訴訟記録が大量廃棄されていたことが明らかになりました。この原爆裁判の記録も、判決文を除き、廃棄されていたのです。私はこの裁判の保管先であるはずの東京地裁に直接問い合わせ、探してもらいましたが、回答は「残っていない」でした。

重大な裁判については「特別保存」という仕組みがあるのですが、十分に機能していなかったのです。この原爆裁判が特別保存されるべき記録であることは明らかです。

見るる なるほど、ありがとうございます! ドラマの中では、原爆裁判は始まったばかり。これからも聞きたいことがどんどん出てくると思うので、また教えてください~!

参考文献:『原爆裁判』(松井康浩/新日本出版社)


次週!

第21週「貞女は二夫じふまみえず?」8月19日(月)〜8月24日(土)

意味:《貞操堅固な女は二人の夫を持つことをしない。貞女は再婚しないことをいう。》(『精選版 日本国語大辞典』より)

待って待って、とどろき、「おつきあいしてる」って、そういうこと!? そういうことでいいんだよね、あの次回予告の笑顔を見る限り……うう、よかったよう、轟!それを、トラコに正直に伝えてくれたこともなんだかうれしい……。

それより航一さんからのプロポーズはどうする気なんだ、トラコ! うわ〜、来週の放送も楽しみだよ〜!

というわけで、今週の「トラつば」復習はここまで。来週の先生方の講義も、お楽しみに〜!!


清永聡(きよなが・さとし)
NHK解説委員。1970年生まれ。社会部記者として司法クラブで最高裁判所などを担当。司法クラブキャップ、社会部副部長などを経て現職。著書に、『家庭裁判所物語』『三淵嘉子と家庭裁判所』(ともに日本評論社)など。「虎に翼」では取材担当として制作に参加。
※清永解説委員が出演する「みみより!解説」では、定期的に「虎に翼」にまつわる解説を放送します。番組公式サイトでも記事が読めます。

2024年7月16日放送の『みみより!解説「虎に翼」解説(5)“判事”寅子と新潟』はこちらから(NHK公式サイトに移ります)。

取材・文/朝ドラ見るる、イラスト/青井亜衣

"朝ドラ"を見るのが日課の覆面ライター、朝ドラ見る子の妹にして、ただいまライター修行中! 20代、いわゆるZ世代。若干(かなり!)オタク気質なところあり。
両親(60&70代・シニア夫婦)と姉(30代・本職ライター)と一緒に、朝ドラを見た感想を話し合うのが好き。