主人公・寅子(伊藤沙莉)の女学校時代からの親友であり、義理の姉となった猪爪(旧姓・米谷)花江。夫の直道(上川周作)は戦死、義父の直言(岡部たかし)も亡くなり、さらに義母のはる(石田ゆり子)もこの世を去りました。寅子が仕事で多忙を極める中、花江は家事や子どもの世話を一手に引き受けることに……。
花江を演じる森田望智さんに、激動する猪爪家、そして花江本人について、現在の思いを聞きました。
花江とトラちゃんの関係も変化し続けている
――ドラマでは、はるが亡くなって数年が経ちました。花江にはどんな変化があったと思いますか?
夫、お義父さん、はるさんと、家を守ってくれていた人たちがどんどんいなくなってしまって、いよいよトラちゃん(寅子)と2人で頑張らなくてはいけなくなった。「私たちがこの家を、家族を支えていく」と決意を固めただろうと思います。
それがよく表れていると思うのが、2人ではるさんの日記を燃やすシーン(第60回)です。私たちがアドリブで演技を続けていたのを、ずっと撮っていてくださっていたんですが、花江とトラちゃんの気持ちが通じ合ったことが伝わるシーンになったかと思います。
と同時に、私と沙莉ちゃんの気持ちが通じ合った瞬間でもあった気がしていて。半年間、撮影を続ける中で生まれた関係性が、自然と演技に出たように思いました。
同じように、ドラマの中の花江とトラちゃんの関係も変化し続けていると感じます。同級生で親友という関係から始まって、さまざまなカタチに変わっていく。これは、長期間にわたってひとつの物語を描ける朝ドラならではですよね。
――まさに今週(第15週)は、その関係性の変化のひとつとして、花江と寅子が激しくぶつかりあうシーンがありました。そもそも花江は、仕事に熱中して、家族を疎かにしがちな寅子に不満を持っていたように感じます。
最初に台本を読んだとき、私はちょっと疑問だったんです。「親友のはずなのに、どうして花江はトラちゃんに言いたいことを言えないんだろう?」「花江って、トラちゃんに対して、こんなに我慢をする人じゃなかったよね?」って考えていたんですが、監督から「これは親友のけんかではなく夫婦げんかです」と言われて腑に落ちました。
外で働いてお金を稼いでくれているトラちゃんは“夫”。花江は妻として夫を支えなくてはいけない存在だから自分の気持ちにふたをするようになる。そんな彼女との関係や役割分担を、少なくとも花江はそう捉えていたんだと思います。
今回のけんかを経て、また2人の関係は変わっていくのだろうと思っています。実際、今度は物理的な距離もできます。そんな変化も楽しんでいただきたいです。
――花江だけではく、子どもたちも寅子に不満を募らせていたようです。それでいながら、寅子の前だけでは、一生懸命に「いい子」を演じていたわけですが……。
子どもたちも、トラちゃんのことを“お父さん”的な存在として見ていたんでしょうね。ただ、お母さんの前と、お父さんの前で、子どもの態度が変わることって、けっこうありますよね。だから、あれは程度の差こそあれ、どこの家庭でも割とあり得ることなのではと思いました。
むしろ、私としては、もっと複雑な感覚があったんです。花江からすると、優未(竹澤咲子)はあくまでもトラちゃんの子ですから、完全に母親のように接してはいけないという思いもあったはずで……。
今週の放送は、誰か一人に責任がある、というような単純な話ではないんです。トラちゃんの気持ちも分かるし花江の気持ちも分かる。それがこの物語の魅力的なところだと思います。
花江は自分が「スン」としていることに気づいていない
――花江の必死の訴えで、寅子はいつのまにか自分が家族を「スン」とさせていたことに気づき、衝撃を受けるシーンがありました。ところで森田さんは、この「スン」を、どう捉えていますか?
このドラマの「スン」には、いろいろなパターンがありますが、共通しているのは「自分の気持ちを抑えているところ」ですよね。思っていることを言わないスンもあるし、怒りを出さないスンもある。あと、自分がスンとしていることに気づいていない場合も多い。
たとえば、猪爪家に記者が取材に来るシーン(第71回)。花江は記者にいい顔ばかり見せていましたが、これはトラちゃんや家族をよく見せようと一生懸命になった結果で、自分としては「スン」としているつもりはなかったんじゃないかなって思うんです。
――それでいうと、花江の、ちょっと甘えたような声のトーンや、ゆったりとしたしゃべり方は、実際の森田さんご自身とは異なる印象です。花江という役柄に合わせたしゃべり方だったのでしょうか。
そうですね。最初にいただいた台本に目を通したとき、花江のセリフのあとに、♡や♪がついていたんです。だから、演じるのが10代からというのもありましたが、「声を少し高く上げた話し方がいいのかな」と思って。あと、衣装合わせのとき、「花江ちゃんにはピンク色や花柄の着物が似合う」とも聞かされて、ピンク色や花模様の着物を選ぶ女性、これが似合う女性ってどんな人だろうと逆算して、自分なりにイメージを膨らませました。
さらに演出の方から、トラちゃんは早口なので、花江はゆっくり話してほしいと言われたこともあって、それであの話し方に落ち着きました。
年齢による変化は、自分なりに意識しています。10代の花江を演じていたときは、ちょっと幼い、ふわっとしたイメージでやっていました。まだ女学校しか知らなくて、広い世界が見えていない感じというか。大人になって、母としてたくましくなっていくにつれて、徐々にどっしりと落ち着いた雰囲気を出せるようにしたいと思っています。
というのも、たまたま家にあったビデオで、若かりし頃の私の母の映像を見たら、すごく声が高くて、驚いたんです。それが、年を追うごとに低くなっていく。一緒に映っている叔母もそうでした。それで、人間の声って、変わらないようで変わっているんだと気づいて。意識しすぎて不自然になってもいけませんけど、声の高さやトーンで、年齢による変化をうまく表現できたらと思っています。
これからは、今の私よりもずっと年上の花江を演じることになっていくので、自分でも楽しみですね。
――猪爪家のメンバーを演じる皆さんについてお聞かせください。寅子の弟・直明役の三山凌輝さんには、どんな印象をお持ちですか?
三山さんは本当にエネルギーあふれる方です。いつも高いテンションで現場にいてくださるのが、私としても心強いですね。子どもたちともよく遊んでくれています。そんな様子を見ていると、ドラマの中の直明と子どもたちの関係そのままだなって思います。
――花江の長男・直人役の琉人さん、次男・直治役の楠楓馬さんには、どんな印象をお持ちでしょうか?
2人ともとてもナチュラルに、自分自身の延長のように演じてくれています。お芝居に入る前と入った後とで、印象が変わらないんですよ。たとえば、直人も直治も、台本上のセリフはそれほど多くない。でも、完成した映像では、2人の声はたくさん入っていますよね。2人が自然に発した言葉が、そのまま生かされているんだと思います。
――寅子の娘・優未を演じる竹澤咲子さんの印象はいかがですか?
本当にもう、かわいくてかわいくて。撮影の合間の時間に、一緒に折り紙をしたりするんですけど、とても楽しいです。たぶん、私の「かわいいな」「楽しいな」っていう気持ちが、自然とお芝居に出ているんじゃないかなって。猪爪家の賑やかで楽しい雰囲気は、みんなが作り上げてくれたものだと思います。
――最後に、視聴者へメッセージをお願いします。
このドラマは女性を中心とした物語です。でも私は、花岡さん(岩田剛典)、轟さん(戸塚純貴)、桂場さん(松山ケンイチ)も含めて、あらゆる登場人物の気持ちに共感しています。皆さんにも、それぞれのキャラクターに共感して、好きになってもらえたら嬉しいですね。
もりた・みさと
1996年9月13日生まれ、神奈川県出身。NHKでは、連続テレビ小説「おかえりモネ」、「スリル!~赤の章~」「柳生一族の陰謀」「一億円のさようなら」「雪国-SNOW COUNTRY」「作りたい女と食べたい女」など。近作に、ドラマ「バイバイ、マイフレンド」(フジテレビ系)、「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」(日本テレビ系)、配信ドラマ「全裸監督」シリーズ、「シティーハンター」(ともにNetflix)ほか。