テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」の中で、月に1~2回程度、大河ドラマ「光る君へ」について熱く語っていただきます。その第10回。

哀しきご乱心の彼も、愛くるしかった彼も、さらにはやんごとなき美しき彼の崩御まで……10月の放送は逝去ラッシュとなった「光る君へ」。若い世代の新キャラクターが続々登場し、主要人物たちがすっかり落ち着き払ってきた印象もある。

世代交代の憂いを描きながら、過ぎ去りし日の過ちや後悔も改めて浮き彫りにしていくんだろうな。R.I.P.の念と、この後の波乱への期待もこめて、ふりかえってみる。


伊周、惟規、帝……彼らの人生に思いを馳せる

物語に登場してからというもの、ずーっとふじわらの道長みちなが(柄本佑)に敵対心と憎しみを抱き続けた藤原伊周これちか。三浦翔平が野望と権威欲がたぎりまくりの10代から、失意と乱心と狂気の晩年まで、眼球の迫力と揺らぎでせた。

本来は眉目秀麗かつ文武両道の才人だったのに、りつかれたように「憎悪」を糧にするしかなかった哀れな人として演じきった。藤原家に生まれたからこその恵まれた境遇であり、道隆みちたか(井浦新)の子だからこその暴走人生……なんだか「残念な世襲議員」みたい、と思ったりもして。

雪が降り始めた中、彼の脳裏をよぎった走馬灯を改めて観ると、誰よりも家族を愛した人間だったんだよなぁと思わされた。看取った弟・隆家たかいえ(竜星涼)とだけはたもとを分かつという皮肉も、世の常よのう……。

想定外で心の準備が整わないまま呆然としたのは、まひろ(吉高由里子)を支え続けた弟・惟規のぶのりの死だ。高杉真宙が飄々ひょうひょうと楽天的な惟規を好演。勉強はできるが気難しくてややこしいまひろを誰よりも理解し、尊敬し、才能を引き出した人物として、その功績を称えたいところだ。

出世欲も変なコンプレックスもなく、自分を大きく見せようともしない。色恋は情熱的だがせつ的、手ひどくフラれたりもしたが、きっと幸せな人生だったと思わせた。出世を信じて真っ赤な束帯を用意していた乳母のいと(信川清順)の慟哭どうこくに釣られて、すすり泣きしてしまった。

そして、藤原家に翻弄ほんろうされ続けたといってもいい、いちじょう天皇(塩野瑛久)の崩御。母・あき(吉田羊)の溺愛できあいおんしゅうに翻弄され、最愛の女性・さだ(高畑充希)への思いを断ち切るよう強いられ、やっとあき(見上愛)に心を開けるようになったものの、体調を崩し、道長の意のままにまつりごとが進められていく。

愛も憎しみも藤原家との因縁で、複雑な忸怩じくじたる思いを塩野がおごそかに体現。「やんごとなき」の言葉がぴったりの塩野、帝ロスを呼ぶかなと思ったのだが……。

実は、塩野は10月期のドラマで4作品に出演。それぞれの役どころは、無能な同期女性に翻弄されつつも共に成長していく会社員役、人間界で普通に暮らしているてん末裔まつえい役、恋愛絡みの事件を担当する色恋百戦錬磨の刑事役、そしてうらぶれたヤクザで、土方歳三にれこむ男役だ。引っ張りだこなので、案外、帝ロスにならずにすんでいるわけよ。


ネゴ上手な三条天皇に、我の強い妍子

さて、気になるキャラクターが次々登場。いや、かなり前から登場し、鼻息荒く譲位の時を待っていたのが居貞いやさだ親王(さんじょう天皇/木村達成)だ。一条天皇よりも年上だが、20年以上も東宮(皇太子)の位で、鬱憤うっぷん鬱積うっせきがハンパない! 譲位を決めた一条天皇のもとへ訪れたときの、慇懃いんぎんれいで1ミリも情がない感じは鳥肌モノ。「さわやかな笑顔は強烈な悪意」という新たな表現を木村が教えてくれた気もする。

この三条天皇、あなどれない。側近には道長のおいや息子を起用し、道長を指南役に指名する代わりに、藤原すけ(朝倉あき)を女御にしろと仰せなのだ。さらには、娍子の弟・藤原通任みちとう(古舘佑太郎)を参議に、その後釜に道長の三男・顕信あきのぶ(百瀬朔)をくろうどのとうに出世させる、とのたまう。

藤原家に翻弄された一条天皇とは異なり、恣意しい的に政に口出しする三条天皇。うまみをもたせて己を通す、交渉上手でやり手なわけですよ! モノ言うミカド、こりゃあ楽しみだ。

さらにもうひとり、頼もしいというか、はっちゃけとるのは、道長の次女・きよ(倉沢杏菜)である。三条天皇が東宮だったときに、道長がきさきとして送り込んだわけだが、妍子ははなから不満たらたら。18歳上の居貞親王を年寄り扱いし、生意気なギャル全開の暴言祭り。「すらっとして凛々りりしくても年寄りは年寄りです!」「お優しくてもケチだから」ってね。

しかも贅沢三昧ぜいたくざんまいの生活を送って鬱憤を晴らし、あろうことか居貞親王の息子・あつあきら親王(阿佐辰美)に目を付けている。やっぱ本命は若い男なわけですよ。平成の援助交際ギャルや令和のパパ活女子を想起させないでもない。まあ、1000年たっても変わらない、世の常ですわな。

世代交代を進めながら、同時に香ばしいキャラクターも育っていることを心から歓迎している。


同じ轍を踏む、歴史は繰り返す、のか?

ちょっと屈折しつつもすくすくと賢く育っているのが、まひろの娘・かた(南沙良)だ。われらがカタコも年頃の娘となったものの、お供の乙丸おとまる(矢部太郎)は年齢を重ねてややおぼつかない。町の中でひったくりに遭い、さらには男たちに襲われかける。そこに颯爽さっそうと現れて助けてくれたのが双寿丸そうじゅまる(伊藤健太郎)だった。

双寿丸は、藤原隆家と懇意にしているたいらの為賢ためかた(神尾佑)の下で武者修行中。歯にきぬ着せぬ物言いと飾らない人柄で、身分の低さも意に介さない。そんな双寿丸をカタコはお気に入りの様子。いとは猛烈な勢いで追い払おうとするも、カタコがゆう(夕食)に誘うとほいほいやってきては、大飯を喰らっていく。

ネット上では「直秀なおひで(毎熊克哉)の縁者では?」と考察も進んでいるようだ。勉強も本も大好きで清く賢く育っているカタコと、字は読めないが腕っぷしには自信があり、戦闘の技術を磨くことに夢中の双寿丸。この恋の行方は、目を細めて見守っていこうと思う。

ということで、道長もまひろも自分の子どもが成長するにつれ、我が身を振り返ることが増えてくる。惚れた男が上級貴族、身分の差に苦しんだまひろは、カタコが逆に身分の低い双寿丸に恋をしている姿を目の当たりにする。

道長は、自分が経験した苦い思いを子どもにはさせたくないと思いながらも、親の立場になると同じことを繰り返している。政に有利になるように、彰子や妍子も帝の家系に嫁がせてきたわけだし、第二の妻・あき(瀧内公美)の息子たちの出世話(三条天皇の条件付き)を拒んで、息子に恨まれる立場に追い込まれる。

嫌悪感や違和感を抱いてきた父・兼家かねいえ(段田安則)や兄・道隆と同じてつを踏むという皮肉。理想を語り合ってきたまひろと道長だが、そうは問屋が卸さないっつう厳しい展開へ。

権力者の彩りもおごりもかげりも描かれてきた10か月、残り約2か月で平安の人間群像劇をどう完成させるのか、じっくりながめていこう。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。