テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」の中で、月に1~2回程度、大河ドラマ「光る君へ」について熱く語っていただきます。その第11回。

望月の歌が話題にあがっている今月の「光る君へ」。ゴリゴリ権力志向で野心的、ごうがんそんふじわらの道長みちながのイメージの土台となった歌だが、柄本佑が演じた道長はこのイメージを覆し続けてきた(それこそ三郎時代から)。

そもそも平和主義でのんびり屋、父や兄たちの権力志向にうんざりしてきたはずなのに、きょくせつを経て天皇家を陰で操らざるをえない立場、つまり最高権力を手にしちゃったわけだ。

一見、覇権争いの勝利宣言、自画自賛のように聞こえる歌も、誇りやおごりではなく「むなしさ」が響いてくる。むしろ自業自得や因果応報の歌ではないかと思わせる。

そりゃそうよね、あれだけ父・兼家かねいえ(段田安則)や兄・道隆みちたか(井浦新)、おい伊周これちか(三浦翔平)の「おれんちファースト」にふり回され、ささやかに抵抗してきたはずが、自分も無意識のうちに同じてつを踏んでいるのだから。


傍から見れば栄華を極めたように見えても

手練手管の三条天皇(木村達成)からの、三男・顕信あきのぶ(百瀬朔)の出世話を断ったがために、顕信からもその母・みなもとのあき(瀧内公美)からも恨まれることに。嫡妻・源とも(黒木華)の娘たちは「まつりごとの道具にされた!」と道長を嫌悪の対象に。

長女・あき(見上愛)はせいひつに怒りをぶつけ、次女・きよ(倉沢杏菜)に至っては父への恨みの腹いせに酒と宴と浪費三昧へ。

四女・たけ(佐月絵美)は父の申し出を拒むも、9歳も下の幼い後一条天皇の中宮として入内じゅだいすることに。

つまりは娘たち3人を天皇家に送り込むという「一家三后」まで果たしちゃって。姉・あき(吉田羊)の苦悩を、道長は肌で感じていたはずなのにね。はたから見れば栄華を極めているのだが、愛しいはずの身内からは毛嫌いされて、恨まれる宿命。

しかも、最愛の女・まひろ(吉高由里子)はだいから離れて、旅に出るという。まひろの期待や希望にこたえてきたつもりでも、真の意味で正しい政を執れたとは到底思えず。気が付いたら権力の頂点。そりゃ虚しいわなぁ。


道長よりも虚しさを感じているのは……

いや、でもちょっと待って。もっと虚しい思いをしているであろう女がひとり、いるではないか。そう、嫡妻の倫子である。

財を持ち、地位も高い源家の娘として生まれ、何不自由なく恵まれた環境で暮らし、ひとめぼれした男(道長)を婿むこにしたのだから、「才能しか持たぬまひろに比べれば幸せではないか!」と思うかもしれない。

予想以上に長生きした実母・藤原むつ(石野真子)からは「我が家からみかどが出るなんて。道長様は大アタリだったわ。私に見る目があったからよ」と言われてきた倫子だが、はたして本当に大アタリだったのだろうか……。

平安の世、一夫多妻が当たり前。正妻の地位を得た、いわば「勝ち組」の倫子だったが、夫の心にはずーっと別の誰かがいる。もうひとりの妻・明子でもない、得体の知れない誰か。直接問いただすような無粋なことはしない。正妻としてデンと構えておけばいいのだ、と思ったかどうかはわからない。倫子は道長との間に息子2人と娘4人をもうけた。

しかも末っ子のよし(太田結乃)は、当時にしては高齢出産ではないか。これは、倫子の「女の意地」のようにも思えてくる。

夫の思い人がまひろであることを、倫子はどの段階で気づいていたのだろうか。

夫が大切にとってある美しい漢字の手紙を見てから、その存在には気づいていただろうけれど、相手がまひろと確信したのは、敦成親王の誕生五十日の祝いの席ではないか。まひろが詠んだ寿ことほぎの歌に、道長が阿吽あうんの呼吸で歌を返したからだ。眉をピクリと動かし、退席した倫子だったが、どれだけ動揺したことか。しかも、娘の彰子はまひろにすっかり懐いて、信頼しきっている。女として、妻として、母として、複雑な感情が一気に交錯したに違いない。

道長とまひろのただならぬ関係を悟ってからの倫子の顔は、深みを増した。演じる黒木華が言外の憤怒をさりげなく漏出させていたからだ。穏やかで雅な笑顔なのに、なんだか怖い。文楽の人形で美女が悪鬼のように変わる頭があるのだが、なんかそんな雰囲気も醸し出す。そこまで出番が多いわけではなかったが、出るたびにひとりの女の成熟と、微妙な感情の積み重ねをきっちり見せてくれた。うまいなぁと心の底から思った。


道長伝をまひろに依頼した真の意図は

しかも、道長は政の話を倫子にはしないのに、まひろにはする。相談事もする。品のある倫子もさすがにいやのひとつでも言いたくなるわな。「政の話をとうしき(まひろ)にはなさるのね。藤式部が男であれば、あなたの片腕になりましたでしょうに。残念でしたわ」と。

そして、倫子は予想外の依頼をまひろに持ちかける。「せいしょうごん(ファーストサマーウイカ)が『枕草子』を残したように、我が殿(道長)の華やかなご生涯を書物にして残したいのよ」と。これ、いかに……!?

勝手な想像だが、これは倫子からの最初で最後のジャブであり、まひろとの友情を確かめる依頼だったのではないか。「あなたは私よりも道長のことをご存じでしょう?」という攻撃性の高い含みがある依頼なのだが、それを気安く引き受けるほど、まひろは無神経でもあさはかでもないことを倫子はわかっているのだと思う。

当然、まひろは「心の闇にかれる性分でございますので、『枕草子』のように太閤たいこう様の栄華を輝かしく書くことは私には難しいと存じます」と断った。断られてどこかほっとしたような表情の倫子に、こっちもあんさせられた。不倫相手を憎悪して自分をもおとしめるような女ではないのだ、倫子は。

じゃあ、倫子は虚しくないじゃない?と思うかもしれない。いや、その後だよ! 道長は出家すると言い出したのだ。

頼りない息子・頼通よりみち(渡邊圭祐)をひとり立ちさせるため、体も衰えたので休みたい、という。嫡妻のきょうが一瞬崩れ、「藤式部がいなくなったからですの?」と問いただしてしまう倫子。やめるよう懇願するも、道長の心は決まっていた……。

虚しくない? 政に向かない夫をおもんぱかり、大事な娘たちを政の道具に駆り出され(大反対したものの)、老後は夫と寄り添って暮らせると思ったら出家するという。虚しくないはずがない、倫子の心は……。


越前の君とロマンス再燃と思いきや……

ということで、ここにきてうっかり倫子企画にしてしまったのだが、残るはあと3話。

まひろとしては、かた(南沙良)も出仕させたし、賢子が道長の子であることも道長に告白したし、世襲制の政は清く正しい志なぞ通らないものだとわかったし、大作『源氏物語』も書き上げたし。

思い残すことは何もない。実質、ストレスフリー!! 海辺を少女のように走るまひろ、「ひゃっはー!」と叫んではいないが、聞こえてきたような気もしたよ。

きぬ(蔵下穂波)に背中を押された乙丸おとまる(矢部太郎)を伴い、旅に出たまひろが遭遇したのは、なんと越前の君、もとい、ヂョウミン(松下洸平)だった。

あと3話でりずにロマンス再燃か⁉ と思いきや、そんな甘やかな展開にはならないようだ。きな臭い政の匂いがどこまでもまひろを追いかけてくる……大団円の師走にまひろも再び駆けずり回ることになるのだろうか……⁉

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。