溢れる情報の中で生きる私たちは、多様な情報をバランス良くうけとることができているでしょうか。目の前にある情報は、あなた自身が選んだものですか。

NHK財団が主催する「第2回インフォメーション・ヘルスAWARD」では、現代の情報空間の課題の解決方法、一人ひとりが望む「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」のカタチをアイデアとして募集しています。(詳しくは財団の公式サイトをご覧ください)。

アイデア部門の選考委員を務める小木曽おぎそけんさんは、学校や企業、官公庁などで生徒から社会人、高齢者まで幅広い人に“インターネットを正しく怖がる方法”を講演しています。小木曽さんに情報空間とのつきあい方やトラブル対処法、AWARDに期待することを聞きました。


「ネットは子どもを子ども扱いしてくれません。トラブルを起こせば、大人と同じようにバッシングされたりペナルティーを受けたりします」(小木曽健さん)

ネットは一般化してまだ30年ほど、誰の経験値も20~30歳程度の若い社会

——幅広い年代の人たちに講演する時に気を付けていることはありますか?

私は大人にも子どもにも全く同じ話をします。なぜなら一般の方々がインターネットを使い始めてまだ20~30年しか経っていないからです。初期からのネットユーザーも、経験上ではまだ30代のとても若い世界。

ネットのぼう中傷ちゅうしょうでタレントが亡くなるなんてことや、SNSのフェイクニュースで世の中が影響を受けるなんて、10年前には誰も想像しなかった。経験の浅い集団が試行錯誤している、これがネット社会ですから、今後もまだまだ新しい問題が起きてくるはずです。

それにネットは子どもを子ども扱いしてくれません。ネットでトラブルを起こせば、大人と同じようにバッシングされたりペナルティーを受けたりします。ありえない例ですが、もし子どもに車の運転を教えるとしたら、その子に教えるべき知識は大人と変わらないはず。道具とはそういうものです。そしてネットもまた道具。子どもも大人と同じレベルの知識、リスクを認識しなければなりません。

——大人も子どもも高齢者も、社会全体がネットの進化にいつまでも追いつけないのではないかと思ってしまいますが。

ネットの進化については、一周回って元に戻る部分と、追いつけない部分の2つがあると思います。スマホはいずれ形が変わって将来的には脳にチップを埋め込んで視覚に直接訴えるような道具になるでしょう。そうなるとインターネットと日常は完全に融合しますので、一周回って元に戻る、ネット=現実になるのではと考えています。

一方で、AIはこの数年で私たちの想像も全然追いつかないようなスピードで進化しています。これにどう接して、どう使いこなしていくかは、法整備も含めてこれから議論していく必要があると思っています。


ネットの匿名性は幻想にすぎない

——ネットと日常が完全に融合する社会になると、ネットの匿名性などという議論はなくなりますね。

強調しておきたいのは、ネットには今も匿名性なんてない、ということです。それは幻想です。ネット犯罪は言うに及ばず、ちょっとしたネット上の暴言であっても、それが炎上したりトラブルが起きたりすれば、ほぼ間違いなく特定されます。匿名っぽく見えているだけで、ある一線を超えればあっという間に実名と変わらないものになると覚悟すべきです。

ネットやSNSは相手が見えないのでタガが外れやすいとも言われます。私はネットやSNSへの投稿を、1人で車を運転しているときの独り言のようなものだと考えています。世の中にばらまかれる発言なのに、書き込んでいる最中は独りぼっちなので、ついつい隠しきれない本音を書き込んでしまう。

だからSNSは本人が繕っているつもりでも、その人の真の姿や本音が垣間かいまえてしまう、匿名性とは真逆のものだと思っています。想像以上に怖いもの、SNSを使うことは自分がばれることだときちんと自覚しておくべきなのに、みんな知らないで使っているんですよ。


ソファでくつろいでいる時も、SNSにつなげば家の外と同じ

——若い人の中には、SNSで見る人や物がみんな輝いてきらびやかで、自分自身とのギャップを感じて不安になったり落ち込んだりする人がいると聞きますが……。

例えば寝起きのパジャマ姿をSNSに投稿する人はあまりいませんよね。私は「ネットやSNSは家の外側」だと捉えているので、そこには「誰に見られてもOK」なものしか載せられていない、と考えています。当然、投稿されるものは着飾ったものばかり。そんなものと自分と比べてもしょうがないじゃないですか。

キラキラしたSNS投稿の向こう側、寝転がってスマホをいじっている姿を想像してください。ネットとはそういうもの。落ち込む必要もないし、意味もないです。ああ、自慢したい気持ちがにじみ出ているなあ、と密かに思うだけで十分。

——SNSに何か書き込んだら、思いもしない批判や反発を受けてストレスを感じたり、周りのみんなから非難されたように思ってしまうこともあります。

仮に自分の投稿を100万人に見られ、そのうち0.01%(わずか100人)から中傷を受けたとしても、批判されたら人は傷つきます。まず知っていただきたいのが、99万9900人が「賛同」や「どっちでもいい」と感じても、そういう人たちはわざわざそれをネットに書き込まないということ。みんな忙しいですからね。でもネットは書かない人=0カウントなのでその姿は見えません。

見えているのはわざわざ批判を書き込む暇な人だけ。以前、誹謗中傷する人たちを取材したことがあるのですが、皆びっくりするくらい暇を持て余している人たちでした。同時に、社会から認められたいという気持ちを強く持っていて、それらを証明するために相手を攻撃しているように感じました。

ネットで誰かを攻撃しているのはそういう人。そんな人たちのノイズで心が削られてしまうのはもったいない。とはいえ同時に、周囲の人にはその人をちゃんとしっかりケアしてほしいです。少数意見でも、人は深く傷つきます。特にタレントさんの関係者にはよくそういう話をしています。


自分で選んだつもりの情報、実は「選ばされている」ケースも

——ネットで知らず知らずのうちにレコメンド(おすすめ)された情報ばかりを見て、社会の一般的な情報、平均的な感覚と違った空間に浸りきってしまい、でもそれに気付けない。そんな状況をフィルターバブルとかエコーチェンバーといいますね。

この話で難しいのは、実は人間って自分が欲しい情報しか見ないし、選ばないんです。自分は情報を客観視しているつもりでも、実は直感で「好きな情報」を選んで、それを選んだ理由を後付けで探していたりする。

私たちにはそういう特性があり、そんな状態で情報の洪水の中を泳いでいることを知っておかないと、フェイクニュースや陰謀論などをどんどん信じ込んでしまうでしょう。人間は情報に対してそういう特性を持っているんだ、と知っておくことが大事です

※参考「スマートニュース研究所フェロー 藤村厚夫選考委員インタビュー」


「“ちょっと待つ”と決めた瞬間にそこで拡散が止まります。フェイクニュースは拡散されずに無力化できる」(小木曽さん)

フェイクニュースと戦う方法は「保留力」

——それでは、フェイクニュースや陰謀論にだまされない方法はあるのでしょうか?

フェイクニュースの見分け方を教えてほしい、とよく頼まれるのですが、実はその発想は危険です。どんな分野にもフェイクニュースは存在しますから、それらを見破るには、理屈上、地球のあらゆる分野の専門知識を身につける必要がある。そんな超人はいないでしょう。

だから、自分は見破れないかもしれないという覚悟を持っていただきたいんです。これは決してフェイクと闘うことを諦めて、という意味ではなく、ファクトチェックをやめましょうという意味でもありません。

ただ、急いで見分けようとする、すぐに白か黒かを即断しようとするのをやめてほしいだけです。目の前の情報に対して誰も即決することを求めていません。慌てて判断しようとするから騙される。フェイクニュースにはすぐに即断したくなる、拡散させたくなる要素が組み込まれており、そんなフェイクニュースと闘う方法はただ一つ、「いったん判断を保留します」と手を止めること。

私はこれを「保留力」と呼んでいます。2~3日も待っていれば、ちゃんとその分野に詳しい人たち同士が議論、反論して整理してくれるでしょう。これは今日からでもやれるフェイクニュースとの戦い方です。「ちょっと待つ」と決めた瞬間にそこで拡散が止まります。

フェイクニュースを発信した人の狙いは「拡散」なのに、みんなが「保留力」で闘えばそれらは拡散されずに無力化できる。「判断できないのでちょっと待ちます」と堂々と言ってください。諦めるとか判断を放棄するわけでは決してないです。


「情報」は人間が発信する本当に泥臭いもの、だからこそ「情報的健康」という視点が大切

——情報的健康という言葉や考え方をどのように捉えていますか?

私は、情報は社会を流れる血液のようなものだと思っています。情報が社会の健全性に大きな影響を与えるのは当然だと考えているので、「情報的健康」という言葉はすごくしっくりきます。

情報って格好いいものでも素晴らしいものでもなくて、人間が発信する本当に泥臭いもの。間違いやずるさ、誰かの願望が入り混じっている困った存在。

だからみんなで、情報で起きる問題を整理して、情報をうまく活かして、社会をよくする仕組みや技法を考えていくべきで、そこで「情報的健康」という視点が大切になってきます。じゃあそれをみんなでを考えていこうという気持ちで「情報的健康」への取り組みをスタートしたいんです。

あとこれは大切なことなのですが、フェイクニュースや誹謗中傷のようなものにすら、言論の自由が存在します。その情報が犯罪と認められるものなら捕まるだろうし、違法なら賠償を求められるだろうけど、「黙れ」とは言っちゃダメ。情報を自由に発信できることは民主主義の根幹ですからね。情報で困りごとが起きたら、訂正や反証、法的な対抗策で臨むべき。でも「黙れ」「しゃべるな」はダメです。

※参考「ジャーナリスト 高田昌幸選考委員インタビュー」


どんなアイデアが期待されているかは一切考えないでほしい、普段大人に言えないようなことを教えてほしい

——AWARDに応募しようと思っている人に期待することは?

フェイクニュースに対抗できるのは、学者でも政府でもない、世の中の大多数を占める、日々を普通に過ごしている方々です。そんなみなさんが何を考えてどうしたいかというアイデアを集めるのはとても重要で、社会全体の情報リテラシーを底上げできる可能性すらあります。

特に若い方々から、こういうことは変だと思っているとか、こうすればうまくいくんだっていうアイデアが出て、それが社会に届くというのは素敵な光景だと思います。

AWARDは大人による取り組みですが、大人はこういうことを期待しているんじゃないか、などは一切考えないでほしい。私が知りたいのは、若い方が何を考え、本当はどうすればいいと感じているか、もしそれを伝える場所がないなら、ぜひそれを応募して知らせてほしいのです。

大人が欲しがるものなんて大したものじゃないんだから、大人には普段言わないようなことを知らせてほしい。AWARDに応募されたものは、それは必ず多くの人達の目に触れます。応募してくれたら絶対見ます。見せてやろう、自分の考えを伝えてやろうという応募を期待しています。


小木曽健さんの無料オンデマンド講座「正しく怖がるインターネット」を開催

NHK財団はNHK文化センターと協力し、「NHKカルチャー創業45周年記念キャンペーン」の特別企画として、小木曽健さんのオンデマンド講座「正しく怖がるインターネット」を開催します。どなたでもご覧になれます。
日時:8月21日(水)午前11:00~12:15 ※オンライン開催
詳しくは、オンデマンド講座の公式サイトをご覧ください。 
ステラnetサイトを離れます。

【プロフィール】
おぎそ・けん

1973年生まれ。青山学院大学経済学部卒、国際大学GLOCOM客員研究員。複数のITベンチャー勤務を経て現職。講演や書籍、メディア出演などを通じて、企業ネット炎上の「火消し」から、情報リテラシー、ネットで絶対に失敗しない方法、フェイクニュースへの対策まで幅広く情報発信。全国で40万人、2000回以上の講演を行ってきた。

(取材・文/NHK財団 インフォメーション・ヘルスAWARD事務局)

「第2回インフォメーション・ヘルスAWARD」は、みなさまのアイデアやプランを募集しています。こちらのサイトからぜひご応募ください。
今年開催された、インフォメーション・ヘルスAWARD 2024の受賞作品などの情報は公式サイトをご覧ください。
また、質問・お問い合わせは、こちらで受け付けています。