あふれる情報の中で生きる私たちは、多様な情報をバランス良くうけとることができているでしょうか。目の前にある情報は、あなた自身が選んだものですか。
NHK財団が主催する「第2回インフォメーション・ヘルスAWARD」では、情報空間の課題の解決方法、一人ひとりが望む「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」のカタチをアイデアとして募集しています(詳しくは財団の公式サイトをご覧ください)。
昨年度からの選考委員で、今回新設された「社会実装部門」を担当する佐々木興平さんは企業経営者。8つの会社で構成される企業グループを率いています。大分県を中心に、健康食品素材の製造やアミューズメント事業、通信販売、有機農産物の栽培、精密機械加工……業種も幅広く、「私たちの企業活動で、社会課題・環境課題を解決する」をビジョンに掲げています。
他にも、九州大学出身の経営者組織の世話人、スタートアップ企業への投資など、地域社会への働きかけを通じて、社会を変えていくことに積極的に取り組んでいます。企業家として、そしてインターネットの1ユーザーとして、情報空間のあり方やAWARDに期待することを聞きました。
若い人たちの「叫びに近い思い」を強烈に感じました
——昨年度の第1回AWARDの選考委員を務められた印象を聞かせてください。
特に10代の人たちからのアイデアが印象的でした。ネットの誹謗中傷で自殺者が出るまでになっている現状を変えていきたいという、何かある種の叫びに近い思いが提案に込められているのを強烈に感じました。
そして選考委員にはさまざまな経歴の方がいらして、情報空間の課題を考える場合も極めて多様な視点や意見がありました。
「情報的健康」を提言されている研究者の一人、慶応義塾大学・山本龍彦教授は「憲法学」が専門です。なぜ「憲法」の視点が不可欠なのかというと、例えば「情報的健康」と「表現の自由」の関係をどのように位置づけるかという問題があるからです。
私も選考委員を務めたことで改めて調べ直しました。「ネット上の誹謗中傷を規制すべき」という考え方は憲法13条「幸福追求権」に関わるものですが、一方で憲法21条「表現の自由」との間に衝突が生まれるわけですね。
このあたりは具体的な事例についていくつか裁判所の判断が出されていますが、私たち一般ユーザーにわかりやすいような明確な基準はなく、共通認識があるわけでもありません。「被害者救済」と「表現の自由」の両方に配慮した対応方法や仕組みを社会全体で作っていく必要があるのです。
「情報的健康」のアイデアを考えるときには、そうしたことを一人ひとり悩んで、互いに議論し意見を出し合っていかねばならないのだと強く感じています。
社会実装のアイデアに必要なのは、まず「思い込み」であり、次に、より良くしようと「柔軟に考え続ける」ことです
——佐々木さんは、イノベーションを通じて人々の生活や社会を変革しようとするスタートアップの支援をされています。今回新設された「社会実装部門」と似たところがありますね。
スタートアップに関わる人には、「現状をとにかく変えたい」とか「自分の考えるものが社会をより良くするんだ」という強い「思い込み」が必要だと思うんです。そのうえで、そこからどれだけ深く考え直していけるか。
自分のアイデアに固執せず、これって本当にみんなが喜んでくれるだろうかと「柔軟に考え続ける」ことが大切です。思いは変えずに挑戦し続ける。バスケットボールのピボットのように軸足は動かさず方向を変えて模索していくんですね。
「情報的健康」のアイデアも、こんな提案をしたら批判されるのではないか、などと考えず、こうやったらより良い社会ができるんじゃないかっていうところからスタートしてもらえればと思っています。応募される皆さんにはそうした熱意を求めたいです。
社会を良くする試みに投資しようと思う企業家は地方にも数多くいると思います
——社会実装を試みるため資金を集めるにはどうしたらよいのでしょうか。
私は大分県を中心に企業を経営していますが、地方の経営者は地元に貢献したいという気持ちを持っています。東京にいるとスタートアップへの投資の世界しか見えなかったりしますが、地方では旧来型の、例えば盆踊り大会に寄付するとか、地域の経営者団体の活動として(何かに対して)寄付を募るとか、さまざまな形で地域貢献を積極的に続けています。
それを少し変化させて、地元だけでなく社会全体に貢献する道筋を示すことができれば、地方の経営者の中にも投資しようと思う人は数多くいると思います。
それから、日本人の良さもあると思います。外の世界の良いものを何でもどんな風にでも取り込んで受け入れてしまう。また、プラスかマイナスか、0か1か、と四角四面に決めるのではなく、逆にグレーの部分をうまく繋げていけるところも日本人の良さだと思います。そうした提案なら経営者はお金を出すものです。
「情報的健康」という考え方は、いずれじんわり効いてくる「漢方薬」のようなものだと思います
——生成AIが登場して、私たちを取り巻く情報空間の変化は一段と加速しているように感じます。「情報的健康」の考え方はそのスピードに対応できるのでしょうか。
今から何年か後には、インターネットのコンテンツのほとんどはAIが生成したもので占められるようになるという話が出ています。一般ユーザーの立場ですが、悪意あるAIが大量にコンテンツを発信するようになったら、どう対処すればよいのか見当もつきません。
私はいわゆるパソコン通信の時代からネットをやってきましたが、当時と一番様変わりしたと感じるのは、ネットからまともな情報が手に入らなくなったことです。相当工夫しないとまともな情報にたどり着けなくなっている。
これからの社会はAIとの戦いにどう打ち勝つか、AIをどう乗りこなし使っていくかが鍵になります。その戦いはテクノロジーの面だけでなく、社会学者だとか哲学者が議論しながら社会のあり方を考えていく方法を取らないと勝てないように思います。
その一つの視点として「情報的健康」があると思っています。西洋医学とは違って、時間をかけてじんわり効いてくる漢方薬のようなものだと思うのです。皆が知恵を出し合って少しずつ社会を変えていく方が、より実践的で現実的なアプローチなのかなと感じています。
「インフォメーション・ヘルスAWARD」に応募することは、それをきっかけに自分自身だけでなく社会全体の「健康」を深く考えることになります。そういう人たちがそれぞれの考えを情報発信していくという地道な取り組みを続けることが重要だと思っています。
(取材・文/NHK財団 インフォメーション・ヘルスAWARD事務局)
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