NHK財団が主催した「インフォメーション・ヘルスAWARD2024」。
全国から集まった65件の応募作を、研究者・ジャーナリスト・プラットフォーマー・ネットニュースメディア・企業経営者の10人の選考委員が審査して、グランプリ1件・準グランプリ2件・特別賞7件が決まりました。
(詳しくはこちら、財団の公式サイトをご覧ください)
AWARDは今年度、第2回を開催します。
選考のポイントやネット空間の課題について、選考委員の一人、スマートニュースメディア研究所フェロー藤村厚夫さんに聞きました。
藤村さんはインターネットメディアで長く仕事を続けてきたパイオニアです。現在はスマートニュースメディア研究所フェローとして、メディア経営・メディア産業論・ファクトチェックの組織化などに取り組んでいます。
(※藤村厚夫さんの詳しいプロフィールは記事の最後をご覧ください)
——インフォメーション・ヘルス=情報的健康についての意見を聞かせてください。
ネットの広告収入をベースにしたプラットフォームやメディアの出現で、無料でコンテンツに触れることができ情報を選択する自由を得たという、社会の大きな転換点に私たちは立っているわけです。これはどんなことがあっても手放したくない自由だと思っているのですが、一方で課題も見えてきています。
これまで、既存のメディアである新聞やテレビが取捨選択し絞り込んだ一定の品質レベルの情報を受け取ることに慣れていたのが、一気に急速に手に入れる情報の選択範囲が広がって、さまざまな情報に飛びつくことができるようになりました。
ではいったいどんな判断で情報を取捨選択する意思決定を個々人がするのか。その基準や方程式がまだ完成していない時代の曲がり角に私たちはいるのだと思います。それをうまく乗りこなしていくために「インフォメーション・ヘルス=情報的健康」という視点は重要です。
あまりにたくさんの情報に、脳は楽な選択をしがち!?
——取捨選択というより、情報の氾濫の中で戸惑っているのではないでしょうか。
先般亡くなられた経済学者のダニエル・カーネマンが描いたように、人間には、非常に迅速だけれど同時に非常に思い込みに影響を受けた判断で物事をテキパキ決めていく脳の働き=システム1と、丁寧に時間をかけて吟味し合理的・理性的に判断する脳の働き=システム2の、2つの認知の方法が備わっているといわれています。
このうちシステム2の脳の働きは、例えて言うならウルトラマンのカラータイマーみたいに、短い時間でたちまちエネルギーを使って疲れ果ててしまう。だから人間はなるべくエネルギーを使わないように、過去の経験や思い込みを前提に深く考えずテキパキ処理する仕組み=システム1を使おうとする。
参考:『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 上・下』(ダニエル・カールマン著 村井章子訳/早川書房)
ネットを見ている時も我々はまさにこのシステム1に頼りがちです。あまりにたくさんの情報に囲まれていると、この前読んだ時に面白かったからとか、自分のお気に入りのテーマだからとか、深く考えずにブラウズしていく。つまり、必ずしも良質とは言えない、あるいは必ずしも正しいとは言えない情報が忍び込んで来やすい環境に私たちは晒されている。そういう時代に生きているのです。
情報の品質や真偽の吟味を自分の責任で引き受けねばならない。しかしそのための「教育」や「経験」「知見」あるいは「社会的な制度や枠組み」が足りない。
これは個々人の問題というより社会全体で対応していく課題だと考えるべき、そういう曲がり角に来ているんだろうなと思っています。
「何げなく受け取る」から「取捨選択のサポート」へ
——「インフォメーション・ヘルス」とは、システム1に頼りがちな私たちをサポートする「社会全体の制度や枠組み」を考えることなのですね。
3つの方法・視点があると思います。
1つ目は、ネットで情報発信している事業者(プラットフォーマーやメディアなど)に高い倫理規範のようなものを求めていくということ。
2つ目は、情報も食品と同じようにバランス良く摂っていくべきだ、そのほうが良さそうだという意識を、個々人の自己防衛のために身につける機会が、教育などによって社会の中に埋め込まれていくこと。
そして3つ目は、見られている情報が偏っている時に、反対側の情報に触れられるように、配信事業者からソフトに提案する仕組みを用意すること、です。
第1回のAWARDの応募作に、反対の情報を提供すべきだというアイデアがあって個人的にはすごく膝を打つ思いでした。
今はAIの時代で言葉や行動を高いレベルで理解する仕組みが整ってきていますので、反対側の情報を恣意的な形でなく「おすすめ」する、例えばネットメディアであれば記事の文末に反対側の情報の記事へのリンクを表示するようなことは、実装しやすいテーマだと思います。
ただ食事と同じでこれを摂りなさいと強制的に言われると、人間は自由を大切にする生き物なので嫌がる。柔らかく別の視点を提案する必要があると思います。
アメリカのスマートニュースでそうしたソフトな働きかけをやってみたことがありまして、ニュースの画面にスライドバーがあってユーザーが右に振ったり左に振ったりできます。
右寄りにすると共和党寄りの記事が多く出てきて、反対に左に振ると民主党寄りの記事のラインアップに変わります。情報によってこれくらい世界の見え方が違うんだということに気付いてもらう「入り口」にするということを、アメリカのスタッフが考案しました。
しかし今後こうした仕組みを実装していく時は、データを解析して提案するアルゴリズムを用意することになるのですが、「かくあるべきバランス」というものをどのように決めるのか、また、それをユーザーにきちんと説明する=透明性をどう確保するのか、など様々なことが求められます。ですので、我々は実装段階に踏み出すことについては大変抑制的に慎重に考えています。
——インフォメーション・ヘルス=情報的健康を支援する社会的な仕組みを創るとともに、情報を取捨選択する私たちの側のリテラシーがもっと進化していく必要がありますね。そうした課題を克服できるような未来はあるのでしょうか。
なかなか難しい質問ですが、割と楽観視している要素があります。スマートニュースメディア研究所で、大規模な世論調査を2年に1度続けるプロジェクトを始めて第1回を発表しましたが、データを分析して気付いたこととして、60代~70代のシニアも9割がたはもうスマホを使っているんです。
そうなると10年後20年後はネットコンテンツに触れる機会が世代を超えて共通になり、自分の情報空間がこのままで大丈夫かというような問題意識が全世代に普遍的なものになるので、対応策も様々に考えられるようになる、そういう方向に進むんだろうなと感じていますね。
参考:スマートニュース・メディア価値観全国調査(ステラnetサイトを離れます)
レコメンドされ過ぎても、燃え尽きちゃう!?
——アテンションエコノミーについてお伺いします。その人の好みの情報をどんどんレコメンドしていくほうがアクセスを稼ぐことができてビジネスに直結するように見えるのですが、実はそうとばかりも言えないのではないか、という見方もありますよね。
おっしゃるとおりで、いろいろ研究していくと、好きなものを好きなだけ貪るような情報摂取の仕方をレコメンドなどで提供していくと、ユーザーの利用寿命が短くなる可能性がある。
燃え尽きちゃうというか、もうお腹いっぱいというふうになってしまうので、サステナブルであるためには、これまではそれほど関心がなかった情報にも気付きがあったというような絶妙なバランスが求められるように思います。
これを食べなさい、読みなさいと言われるとなかなかそちらには食指が動かない。でも、どこかで自分で選択したことで新しい興味に気付く、そのような瞬間が満足度を上げていくので、そうした体験ができる情報空間のあり方を考えていかなければならないんだろうなと思っています。
——最後に第2回のAWARDに応募しようという方々にメッセージをお願いします。
我々インターネット事業者(プラットフォーマー、ネットメディアなど)や研究者の側からは思いつかない、ユーザー目線からの発想で気付かされるようなアプローチを提案していただきたいな。さらに言えば社会に実装しやすいようなモデルで考えていただけるといいなと思っています。
インターネット事業者はビジネスを追求する立場ですので、偏った情報でも大量に摂取してもらった方がプラスになるケースもあるはずで、それはユーザー側から圧力をかけて正していく必要があります。
またインターネット事業者が自浄作用を持たない分野については、第1回のグランプリ「心組成計」のように、ユーザーがセルフチェックできるような仕組みを実現していくことも重要で、その両面が問われるように思いますので、そうした提案を期待しています。
——ありがとうございました。
※藤村厚夫さんのプロフィールはこちら(ステラnetサイトを離れます)
(NHK財団 インフォメーション・ヘルスAWARD事務局)
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