NHK財団で主催する「インフォメーション・ヘルスAWARD2024」。
去年12月から応募が始まったAWARDには全国から65件のアイディアが寄せられました。
10代、20代からの応募が全体の75%を超え、解決したいネット上の課題としては、フェイクニュース・誹謗中傷・エコーチェンバー・フィルターバブル・情報格差・サイバーハラスメントなどが挙げられました。
特に10代からは誹謗中傷への対応策の提案が多く寄せられました。詳しくは「インフォメーション・ヘルスAWARD2024表彰式レポート」をご覧ください。
このシリーズでは、この「インフォメーション・ヘルス」にまつわる様々な話題を、識者のみなさんへのインタビューも交えながらご紹介していきます。
あなたのスマホに情報が表示される仕組みは?
まず最初に、普段何気なく見ている、スマホの画面から考えていきましょう。
ネットで気になる情報をクリックしたら、そのあと画面を開くたびに関係の広告やコンテンツが繰り返し表示されるようになった、という経験、ありませんか? かわいい動物に癒やされたいと犬や猫の動画ばかり見ていると、画面がモフモフの記事やコンテンツで埋め尽くされてしまう。
表示される記事は、それを見る人の趣味や嗜好、関心にあわせて、「見たいであろう」情報を選んで表示するシステム=“レコメンド(推薦)システム”でコントロールされているからです。
興味のある情報にすぐにアクセスできるので便利な反面、その他の、本当は必要かもしれない情報に触れる機会が減ることも考えられますし、たまたまクリックしてしまったために、見たくない情報がしつこく表示されてうんざりすることもあります。
なぜネットにはこうした仕組みがあるのでしょうか?
そこで動いているのか「アテンションエコノミー」(=注目や関心を競う経済)です。
ネットの世界のお金はどのように回っているのか
ネットの広告はもちろん、記事やコンテンツもほとんど無料で見ることができます。お金の流れはどうなっているのでしょうか。
広告はクリックされる数(=見られ方)に応じて広告主がプラットフォーマー(Yahoo!やGoogleなど)に対して料金を支払います。
掲載されているコンテンツ(新聞や放送、雑誌などの記事やYouTubeなどの動画)に対しては、どれだけ閲覧されたか、やっぱりこちらもクリック数に応じて、今度はプラットフォーマーの側から制作者に、お金が支払われます。
つまり、プラットフォーマーは収入をアップするために、できるだけ多く、広告をクリックしてもらいたい、すなわち、注目を集める記事やコンテンツ、動画をより多く掲載することで、一緒に表示される広告をクリックしてもらいたいのです。
コンテンツを提供している側(新聞・放送・雑誌やユーチューバーなど)も、クリック数を稼げばプラットフォーマーから支払われるお金が増えるので、注目を集めようと工夫をこらします。
もちろん広告だって、どれだけ見られるかが重要ですので、人の目を引くデザインや内容を追求します。
ネットに関わっている様々な人たち(プラットフォーマー、メディア、ユーチューバー、広告主、広告事業者、通信事業者など)はいずれも、「クリック数を増やすことでお互いが利益を得る」=WIN WINの関係にあるのです。
このように、人々の注目を集めること(=アテンション)がネットのお金を回している構造のことを「アテンションエコノミー」と呼んでいます。
アテンションエコノミーの弊害とは
それだけなら問題ないように思えますが、アテンションを得るためにはなんでもする! ということになると……
びっくりさせるような過激な内容や、声高に人を批判する内容、偽の情報などをあえて掲載してクリック数を稼ごうという動きが出てきます。
それを信じ込んだり面白がったりして拡散すると、さらにそうした情報による影響が拡大していく、という悪循環が起きます。
能登半島地震では、過去に日本で起きた津波の映像を悪用して今回の被害のように装った動画がネットで拡散されました。アクセス数を稼ごうと発信された偽情報(=フェイクニュース)で、しかも発信元は海外からだったとのことです。
こうした様々な影響を受けて、私たちがネットで見ている情報が極端に偏ってしまったり、偽情報に振り回されてしまったりという弊害が起きるのです。
私たち情報の受け手は、ネットの世界で知らず知らずのうちに「アテンションエコノミー」に動かされているのです。
学問領域を超えた研究者たちからの提言
先月、慶応義塾大学で「アテンションエコノミーの暗翳と『情報的健康』」というタイトルのシンポジウムが行われました。「暗翳」とは将来に不安をいだかせるようなきざし、という意味です。シンポジウムでは、ネットで起きているさまざまな課題が話し合われました。
シンポジウムには、憲法学・IT工学・経済学・社会学・心理学など学問の領域を超えて研究者が集まり、新聞や放送などのメディア関係者も加わって、アテンションエコノミーによる弊害を克服するにはどうすればよいか議論しました。
議論では、そもそも「アテンションエコノミー」という言葉を知っている人が、日本はヨーロッパなどに比べて極端に少なく10%程度にとどまっているという調査結果が紹介されました。
そして「情報的健康=インフォメーションヘルス」という考え方が解決策として紹介されました。
「情報的健康」とは、アテンションエコノミーに振り回されず、一人ひとりが望む形でネットから情報を受け取ることができるように環境が整えられた状態にあることをいいます。
「情報」と「食」を並べて考えてみよう
「情報的健康」を理解するには「食の健康」を考えると分かり易くなります。
例えば、偏った食事ばかりをしていると病気になってしまうように、知らず知らずのうちに偏った情報ばかりに晒されてしまうのはよろしくない、ということです。
もちろん「知る権利」や「表現の自由」は基本的人権です。
偏った情報ばかりを摂取する自由もありますし、フェイクニュース(偽情報)を発信したり受け取ったり信じたりする自由も担保されるべきです。
しかし問題なのは、情報の偏りや偽情報や誤情報について、今の私たちはその実態を知らず、意識しないまま情報空間に放置されている。そうした課題や弊害をきちんと自覚して情報に接することができるようにすべきだ、というのです。
ちょうど「食品」には成分表示があるように、そして健康診断や人間ドックがあるように、「情報」にもその発信元は何かを知ることが誰にでもできたり、「情報検診」や「情報ドック」があったりすれば、一人ひとりが「情報的健康」をはっきり自覚しながら毎日を暮らしていくことができるのではないか。
シンポジウムに参加した研究者やメディア関係者は、これからの情報社会にはそうした仕組みが必要で、社会全体で協力して実現していくことを提言していました。
「情報的健康」のアイデアを皆さんから募集する
アテンションエコノミーというネット上の経済的な構造が引き起こす様々な課題をどうやって克服していくかは、現代社会の大きな課題であり、私たちみんなで知恵を出し合って解決策を考えていかなければなりません。
NHK財団では、そうした「情報的健康」に繋がる仕組みのアイデアを、情報の受け手であり送り手でもある一般の方々から広く募集しようという「インフォメーション・ヘルスAWARD2024」を開催しました。
今年も同イベントでアテンションエコノミーを克服するアイデアなどを募集し、具体化する取り組みを継続します。(募集は後日開始します)
ご一緒に「情報的健康」について考え、アイデアを提案してみませんか? 情報空間(=言論空間)は与えられるものではなく、私たちが一緒に作っていくものなのですから。
(NHK財団 インフォメーション・ヘルスAWARD事務局)
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