インフォメーション・ヘルスAWARD2024表彰式レポートの画像

全国から集まった65のアイデア

NHK財団主催の「インフォメーション・ヘルスAWARD2024」の表彰式が4月2日、東京の国際大学グローバル・コミュニケーション・センターで行われました。

「インフォメーション・ヘルス」とは、一人一人が受け取ったり、発信したりする情報の環境が整った(健やかな)状態を意味します。

■情報があふれるデジタル時代、多様な情報をバランスよく受け取っていますか?
■ フェイクニュースを信じたり、誤った情報と気付かずに拡散したりしていませんか?

今回、NHK財団はこう問いかけて、「情報的健康」を実現するための対応策、ノウハウ、ツールを全国から募集しました。

これに対し、昨年12月から今年1月にかけての募集期間で、10代から70代まで、65件のアイデアが寄せられました。10人の専門家が審査にあたり、グランプリ1件、準グランプリ2件、特別賞7件が選ばれました。表彰式には選考委員と受賞者が招かれました。
 (※入賞作品の概要は、NHK財団の公式サイト「インフォメーション・ヘルスAWARD 2024」で閲覧できます。

東京大学大学院・鳥海不二夫教授「情報的健康」を提唱

冒頭あいさつしたのは、選考委員の一人で、「情報的健康」という考えの提唱者である東京大学大学院教授の鳥海不二夫さんです。鳥海さんは、「インフォメーション・ヘルス(情報的健康)」を、食べ物の摂取になぞらえて次のように説明しました。

「好きなものばかり食べていると体の健康がそこなわれる。これと同じように、好きな情報ばかりを取り入れていると「情報の偏食」になる。その結果、フェイクニュースや誹謗中傷の拡散などにつながる」。

そのうえで、鳥海さんは、「第一回にもかかわらず幅広い世代からアイデアが集まって驚いている。思いもよらないアイデアもあり、情報的健康の実現に手ごたえを感じた」と述べました。

グランプリを受章した温若寒さん

続いて、表彰式が行われ、「心組成計:ネットとこころの健康チェック」でグランプリを受章した温若寒さんをはじめ、準グランプリを受賞した高口研究所、内田響さんに、トロフィと副賞が贈呈されました。


心のタガ/かわいいビジュアル/高校生が実践

シンポジウム1の登壇者(左から国際大学 山口真一准教授、スマートニュース 藤村厚夫フェロー、佐々木食品工業株式会社 佐々木興平社長)と受賞者、司会の松尾アナウンサー
司会を務めた、NHK財団の松尾アナウンサー

表彰式につづいて、2部構成のシンポジウムが開かれました。

第1部ではグランプリ、準グランプリの受賞者と審査委員が応募アイデアをめぐって情報的健康について考えを深めました。(なお、いずれも現状では「アイデア」であり、社会実装はまだであることをご留意ください。)

まず、グランプリを受章した、温さんが、「心組成計:ネットとこころの健康チェック」について、「体組成計」(体脂肪・筋肉量・骨量などの数値を図る道具)をヒントにして生まれたことなどを説明しました。

「心組成計」は、ネットの中で行動する時の自分自身の「タガ」のはずれやすさを「社会のルール」「対人距離」「対人関係の維持」の3つを計測してグラフに表示し、自分自身の特徴を知って「こころの健康」につなげます。

アイデアを説明するグランプリ受賞の温さん

審査員からは、とらえどころのないこころの状態を可視化できること、そして実現性がかなりあることが、評価されました。尺度はどんなものが重要か、まだ議論を深めることが必要そうですが、数値が高いほど(または低いほど)良いのではなく、ほどほどに「タガ」を外そうという考えも称賛されました。

■準グランプリ「偏食の可視化」

準グランプリ受賞の高口研究室13期生代表の島袋響一朗さん

続いて、準グランプリの一つ、「偏食の可視化」について意見交換が行われました。

これは、自分が閲覧しているネットの記事の思想を分析し、片方の考えばかりに触れていると「偏食」だと表示してくれるツールです。さらに、似た意見ばかりに触れていると、AIが異なる意見を表示してくれます。

身近な人が、ネットで、「フィルターバブル」(特定の側の意見ばかり見ていて、自分でも気づかぬ間に同じような考えばかりに触れている状態)に陥っていたことからのアイデアです。「偏食の可視化」は、分かりやすさに加え、かわいいビジュアルでの表示も評価されました。

一方で、審査員からは、実現にはなにをもって偏りとするかが課題だ、という声もありました。

■準グランプリ「フェイクニュースを身近に感じるワークショップ」

準グランプリ受賞の内田響さん

もう一つの準グランプリ、「フェイクニュースを身近に感じるワークショップ」は、よりたくさんのアクセス数を稼ぐネット記事のタイトルを高校生が作るワークショップです。

いわゆる「こたつ記事」を作る体験学習です。実践では高校生がとても上手にタイトルを作るので、受賞者も驚いたそうです。また、ワークショップで発信者の立場を体験することで、受け手として注意しようという自覚も芽生えたといいます。

「アテンションエコノミー」(人の注目を引きさえすればアクセス数が増え、利益になる仕組み)への懸念が高まっている中、選考委員からは、こうした教育は中高年層にも必要ではないか、との声もあがっていました。

シンポジウムに参加し内田さん(左)と高口研究室の島袋さん(右)

誹謗中傷/削る・加える/技術の進歩スピード!

シンポジウムの第2部では、 特別賞の作品で示された視点も交えながら、インフォメーション・ヘルスでいま考えたいテーマについて、選考委員による議論が行われました。

シンポジウム2の登壇者(左から、東京都市大学 高田昌幸教授、株式会社Gunosy 久保 光証執行役員、LINEヤフー株式会社 今子さゆり室長)と進行役の東京大学大学院 鳥海不二夫教授、司会の松尾アナ)

今回の応募では、65件中10代のアイデアが29件。さらにそこで一番多かったのが「誹謗中傷を何とかしたい」というものでした。

生まれた時からSNSがあり、ネットを使うことがいたって普通のことである10代、その負の側面である誹謗中傷も、上の世代に比べてはるかに身近なことなのだと想像できます。

◆ 誹謗中傷コメントの自動削除システム(伝能紗奈さん)
現代社会を生きる私たちにとってインターネットはとても便利なものですが、ネット上の誹謗中傷により傷つく人がいます。そういった人を減らすために、中傷コメントを自動削除するシステムです。AIがコメント欄のパトロール的な役割を担う事で、誹謗中傷が減っていけばいいと思います。

特別賞受賞の、「誹謗中傷コメントの自動削除アイデア」のようにNGワードを決めて、自動的にブロックするというアイデアは、10代の切実さから生まれたものとして評価されました。

一方、選考委員からは「誹謗中傷は許されないが、削ることが行き過ぎると情報の多様性が損なわれるジレンマも」という声もありました。例えば、「正当な批判」と「誹謗中傷」の線引きを誰がどういう権限で行うのか。これは「表現の自由」とも関係する、重要かつ難しい問題です。

登壇した選考委員の皆さん

ここから派生して「透明性」の担保も議論されました。プラットフォーマーに対しては、「投稿をブロックする際は、なぜそういう判断をしたのかを投稿者や社会に開示してほしい」という注文が出る一方で、「もともとどこから得た情報なのか、AIが生成したものはそれを示すことが必要だ」という声もありました。

◆ ことてん(任意団体エルワイス 原田孝一さん)
「ことてん」は、生活上直面するさまざまな問題に対する情報と相談先をまとめた事典アプリです。情報の健全性を保つために、著作者が有識者であること、または校正を入れることなど従来の事典の制作過程を踏襲しています。

特別賞を受賞した「ことてん」は、生活上直面する問題に対しての情報などをしめす事典アプリです。私たち自身がリテラシーや知識があれば、間違った情報をかなり見抜けると評価されました。ネットにある危険な情報を削ることも大事だが、積み上げる、付け加えることも考えようという議論で取り上げられました。

◆ 『生体認証』による「ディープフェイク」の解決(二山咲さん)
世の中では音声等を編集した「ディープフェイク」と呼ばれる偽情報が問題となっています。そこで、「生体認証」という技術を搭載したアプリを作ることで、本人確認ができるため、偽情報かどうか確かめることが出来ると考えました。

 特別賞「『生体認証』によるディープフェイクの解決」は、最新技術でインフォメーション・ヘルスを実現しようというものです。システム開発者である選考委員の久保さんからは「実現するにはどんな大変な過程があるか、考えないからこそ生まれるアイデアの新鮮さを評価したい」とありました。

◆ 利用規約ビューワ(加藤千晶さん)
アプリをインストールするときに、「利用規約」や「個人情報の取り扱い」の大量の文章を読み飛ばしていませんか?それを解決するのが「利用規約ビューワ」です。画面をスクロールするだけで、利用や個人情報に関わる重要な部分をマーカーで引いて教えてくれます。

また「利用規約ビューワ」は読み飛ばしがちな利用規約の重要点をマーカーしてくれるアイデア。現在ある技術をみんなが気付かないところに生かしたアイデアです。技術とインフォメーション・ヘルスの実現についても尽きぬ議論が交わされました。

熱心にシンポジウムを聞く受賞者の皆さん

「インフォメーション・ヘルス(情報的健康)」とはなんでしょう? 「アテンション・エコノミー」や「フィルター・バブル」など難しい言葉も関わっていて、なかなか一言で言い表せるものではありません。

しかし筆者は、今回のイベントを取材して、「一つの見解や情報を鵜呑みにせず、背反する複数の見解や情報に触れたうえで、自分の考えを決める姿勢を保つこと」と理解しました。そういうプロセスを経た上で、自分の意見を持ち、さらに意見の違う人とも対話ができるなら、その人は情報的に健康ではないか。

シンポジウム終盤の、ある審査委員の、「情報的健康にも多様性がある」という言葉を聞いて、筆者はその感を新たにしました。

閉会の挨拶に立つ 国際大学・山口准教授

この表彰式とシンポジウムの模様の動画は、後日、NHK財団の公式サイトで公開予定です)。

(取材・文:阿部ヒロユキ)

次回の募集はこの6月

NHK財団では「インフォメーション・ヘルスAWARD」に継続して取り組んでいきます。次は今年の夏休み前に募集開始、秋に〆切りの予定です。
募集要項など詳しくは6月にNHK財団のインフォメーション・ヘルスAWARD 2024 の公式サイトに掲載する予定です。

みなさま、奮ってアイデアをお寄せください。

ライター。長年テレビ情報誌の編集に携わる。現在は「『どうする家康』テレビ桟敷談義」を担当。「テレビドラマの見方に“正解はない”」がモットー。視聴者・作り手両方の刺激になるような見方を提案してゆきたい。副業はブルースハーモニカ奏者。東京はもとより、韓国・ソウル、アメリカ・ニューヨークでの演奏経験あり(ただしすべて無報酬……)。