テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」の中で、月に1~2回程度、大河ドラマ「光る君へ」について熱く語っていただきます。その第6回。

昔の男が出世街道まっしぐら、どんどこ権力の中枢へのぼりつめていく様子を人づてに聞き、傍観ぼうかんするしかないまひろ(吉高由里子)。はたして、どんな心地なのだろうか。ちょっとした優越感とかないのかな、などと浅ましいことを考えてしまう。それでも利用する時は利用する、まひろのたくましさは好感が持てる。 

父・ためとき(岸谷五朗)の出世にもちょいと手を、というか文を回して、うまいこと京を離れたわけだが、ふじわらのみちなが(柄本佑)への恋慕はそう簡単に薄まることはないようで。早く「上書き」あるいは「削除」できればいいものを、周囲がそれを許さない雰囲気もあり。

越前で心機一転をはかったまひろは、宋の医師見習い・ヂョウミン(松下洸平)と距離を縮める。ふたりの間にうっすら恋心が芽生えたと思いきや、周明の目的が道長への口利きであるとわかり、淡く切なく散ってしまう(いや、恋心はうそではなかった、確実に育っていたのにね……)。

そんなときに、あの男がするっと入ってくるわけよ。為時の友人で親戚のおじさんのような存在ののぶたか(佐々木蔵之介)がはるばる越前までやって来て、まひろにプロポーズ!

以前から宣孝はまひろの賢さや面白さを高く評価していたが、その視線が「友人のかわいい娘」から「いとおしい女」へとじわじわねっとり変質していったのを視聴者も肌で感じていたはず。

道長への思いを忘れられないままのまひろをまるごと受けとめる、と「大人の男」発言で口説く宣孝。まひろも年貢の納め時と感じたのか、宣孝の妻(というかしょう)になることを決意し、京へ戻ることに。

そもそも、まひろと道長の恋は幼き頃に始まっている。初恋の相手、初めての相手はかくも忘れ難きものなのか。町中の散楽を観に行くときも、夜陰に乗じて謎の廃屋で逢引あいびきするときも、考えてみれば支えてくれた人がいたからこそ成就したわけで。長くなったけれど、その協力者たちが今回のお題なんです。


若君の恋の行方を見守った百舌彦

ということで、道長の従者・百舌もずひこ(本多力)である。当時、隆盛を極めた右大臣家の三男に仕えるというのは、従者の中でも恵まれていたほう。好奇心旺盛おうせいな道長の外出癖にも随時付き添い、文のやりとりでは全力疾走で駆け回る、結構な働きっぷり。

あるじの秘密を守り、初恋を全力で支えたひとりでもある。自身もちゃっかり町で女とのおうを楽しんだりしつつ、それなりに出世も果たす。のほほんとした顔立ちに独特の舌ったらず口調の本多力は、忠誠心ある従者にぴったり。

本多はこの十数年、民放地上波ドラマで見ない日はないくらい、数多くの作品に出演。キノコ頭(マッシュルームボブ)が醸し出す牧歌的な雰囲気、権力や暴力にとんと縁のない傍観者っぷりは、ありとあらゆる場面や空気に馴染むことができる役者だ。前髪をあげるとおそろしく落ち着くので、組織の上層部など年輩の役も意外とこなせるが、基本は「会社の中にいる肩書も野望もない同僚」がしっくり。

個人的には「とぼけた本多」「哀しき本多」「切羽詰まる本多」が好きで、「闇金ウシジマくんSeason3」(2016年・TBS系)で演じたこせ・・ちん・・が記憶に残っている。弱者を装った怠け者、要はクズなのだが、女に慣れていないがゆえにだまされ、追い詰められていく。親と折り合いが悪く、貧困に陥った背景もあり、働いてお金をもらう喜びを実感して、成長していく「救い」の場面もあった。

また、NHKの男女逆転版「大奥」(2023年)では、徳川綱吉のだいどころのぶひらを演じ、公家顔を存分に活かしたし、フジテレビの「大奥」(2024年)では門番で使用人の猿吉を演じた。ヒロイン・倫子の付き人に思いを寄せるも、残酷な密命に苦悩し、非業の死を遂げる哀しき役だった。今回は道長に忠実に寄り添い、心の状態をつぶさに観察しているのも伝わる。デキる従者として暗躍するのをでている。


守れなかった罪悪感を抱えていた乙丸

百舌彦に負けず劣らず、まひろに尽くしているのが乙丸おとまる(矢部太郎)だ。矢部のかぼそさと弱々しさは、困窮したまひろの家の状況をも表すかのようで、しょっぱなからびんに思わせた。この時点でナイスキャスティングである。

矢部は芸人で漫画家でもあり、ドラマの出演作は少ないほうだ。思い返しても、結婚詐欺さぎの被害者役や、歪んだ承認欲求をもつスーパーの店長役など、なんだか負のオーラがまとわりつく役が多い印象。この飽食の時代に驚くほどの細身で、まばたき回数の多い不安げな表情はある種の魅力で、彼の最大の持ち味でもある。

乙丸は本当に頼りなく見えるし、まひろが町中で襲われたときも道長が救いだして、乙丸は置き去りで殺されかけた過去もある。あまり役に立っていないようにも見えたが、第24回で彼の秘めた思いを知ることになる。まひろの母・ちやは(国仲涼子)が道兼みちかね(玉置玲央)に目の前で殺されたときからずっと忠誠を誓って、独り身を貫いてきた乙丸。

従者として何もできなかった罪悪感や後悔の念から、一生まひろを守ろうと誓ったという。まひろの結婚を機に、乙丸も越前で出逢った海女のきぬ(蔵下穂波)と一緒に京へ戻ることに(ちゃっかり船でいちゃついていて気が付いたら一緒にいた!)。

ともあれ、百舌彦と乙丸は時に忠誠心を競い合い、時に慰め合い、従者同士の苦悩をわかちあった盟友にも見えた。それぞれが自分の人生を確立させつつも、主の行く末をこれからも見守っていくことだろう。


弟を溺愛できあい、父への愛情、時に小姑のいと

さてもうひとり、忘れちゃいけない人がいる。弟・のぶのり(高杉真宙)の乳母うば、いと(信川清順)である。

優秀で勉強が好きなまひろに比べると出来が悪くて、出世欲もやる気もないが、変なコンプレックスを持たずストレスもためこまず、のびのびすくすくと育った惟規を観ていると、いとの教育とお世話の賜物たまものかしらと思わせる。惟規の乳母だが、どこかで母親代わりというきょうもあるようだ。まひろが代筆バイトをしたり、こっそり出かけるのを為時に報告するなど、じゅうと感もたっぷり。

ただ、為時に対するいとの視線は、ほのかな恋心を越えて重厚な愛情に満ちている。いとが病床の妾にしっしたり、為時の微妙にうしろめたい目線外しといい、過去に為時はいとに手を出したことがあるのではないか。この2人の間にロマンスがあったと妄想するのも楽しい。それも含めて、いとの為時一家への忠義は強く、困窮したときも自らいとまを乞うて身を引こうとするなど、配慮のある女なのだ。

演じる信川清順はキャリアが長く、一瞬一瞬の表情が面白すぎて、つい画面の中に姿を探してしまう女優のひとりだ。「モテキ」(2010年・テレビ東京系)で主人公(森山未來)の初体験の相手役を演じたのが、強烈な印象として残っている。勢いで関係したことを後悔している男子を気遣って、逆に男前な去り方をしたのである。女のプライドの裏返しともとれる切なさがにじみ出ていて、かっこよかった。

また「アラサーちゃん無修正」(2014年・テレビ東京系)ではヤリリンちゃんという、名前の通りの欲望に忠実な女子を演じて、インパクトを残した。ここ数年は看護師や保育士の役が増え、「ケア」を生業とする面倒見の良い女性像が十八番おはこになりつつある。ね、乳母にぴったりでしょ?


いとさんに学ぶ男性観と夫婦観

そんないとが案外自由な恋愛を楽しんでいたと判明したのが第25回。越前から京に戻ったまひろを迎えたいと、その後ろから見知らぬ男が出てくる。男の名は福丸(勢登健雄)、妻もいるがたまに会いに来る男だと説明する。人生で3番目に驚いたと、まひろも目を丸くする。そりゃ、みんなも驚いたよ!

福丸はぼさっとしているようだが、いとに尽くして実によく働く。いと曰く、「この人はわたしの言うことはなんでも聞きます。そこがよいのでございます」。そして、いとが確固たる己の考え方と男性観を披露する場面があった。

「みな、歌のうまい男がよいとか、見目麗しい男がよいとか、富がある男がよいとか、話の面白い男がよいとか言いますが、私は何もいりません。私の言うことを聞くこの人が尊いのでございます」。なるほど。いとの達観に思わずうなる。

また第27回でも、いとは名言を残す。道長の名を出して嫌味を言った宣孝に激怒したまひろは、香炉の灰をぶっかける。それ以降、宣孝は来なくなる。足しげく通っては高価な品を持ってきていたのに。

そこでまひろにおびの文を送ることを勧めるいと。「おっしゃることは正しいのですが、殿様にも逃げ場を作ってさしあげないと。夫婦とはそういうもの。思いをいただくばかり、己を貫くばかりでは誰とも寄り添えません。それが愛おしいということでございましょう?」と説く。

文を勝手に見せびらかしたり、町の子供たちを汚らわしいと吐き捨てたり、冷酷で無神経な宣孝には、まひろ同様イラッとしたが、いとの言うこともある意味で真理。女の先輩が言う言葉には反感もあるが、説得力もあるのよね。

ということで、百舌彦や乙丸も幸せの着地点を見つけたし、乳母も主語のある人生を生きながらも、妥協と諦観と達観を経験していることを知ったまひろ。宣孝と生きる道を選んだものの、ちょっぴりモヤモヤしている最中だ。

道長と別れるときにまひろが放った「私は私らしく自分の生まれてきた意味を探してまいります」の言葉を思い出さずにはいられないよね。妾になって子を産んで平和に子孫繁栄、がはたしてまひろらしい生き方かどうか。

おさまるところにおさまったものの、逡巡しゅんじゅんや違和感はある。まひろにも、視聴者にも。激動の前半が終わって平穏のひととき、なんてまとめようと思ったら、石山もうででまさかの再会だし。ちっとも気が抜けない!

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。