藤原隆家が花山院(本郷奏多)へ放った一本の矢により、中関白家は権力の座から滑り落ちた。兄・伊周(三浦翔平)が闇に堕ちていく一方、事件の当事者の隆家は、政敵・道長(柄本佑)に近づく要領の良さを見せている。その真意はどこにあるのか。“平安貴族らしからぬ”隆家の魅力について、演じる竜星涼に話を聞いた。
隆家の「さがな者」ぶりをどこまで表現するか、その塩梅には、実は毎回、気を遣っています
──大河ドラマは初出演ですが、いかがですか?
朝ドラと大河のスタジオって、隣りあっているんですよ。僕は2年前、朝ドラ(連続テレビ小説「ちむどんどん」)のスタジオのほうに通っていたので、当時、隣で撮影されていた「鎌倉殿の13人」の皆さんの仰々しい衣装やメーク、あと「きょうは俺が死ぬ番なんだよ」とかいった物騒な会話を耳にして、「うわ、世界が違うな〜」なんて、思っていたんです。
それが、今回、あっちからこっちに自分が移ったわけで……。すごく不思議な感覚ですね。すぐ隣なのに、セットから衣装から、何もかも違うんです。(いま隣のスタジオでは連続テレビ小説「虎に翼」を撮影中)日々、不思議だなあと思いながら、現場に通っています(笑)。
──藤原隆家という人物を演じるにあたって、どんな準備をしましたか?
隆家について書かれた本や資料を読みました。でも、史実として彼がどんな人物だったのかは、はっきりわかっていないんですよね。肖像画もないですし。
「天下のさがな者(荒くれ者)だった」というイメージは共通しているようなのですが、それも本当のところは謎。だから、実在の人物でありながら、どう演じれば正解なのか、目指すべきゴールはどこなのかがわからない状態なんです。それが面白いなと思っています。
普段は、実在の人物を演じるとき、その人がそのとき、何を考えていたのか、どんな気持ちだったのかを探るために、当時の写真や映像を見ながら役を作っていくのですが、今回はそれができない。その分、知識としての藤原隆家を頭に入れて自分なりに思い描きつつ、大石さんの脚本を待つ。
すると、「兄貴思いだな」「ここでそうくるか!」というのが必ずあって、自分の感覚とは違うところへ隆家を引っ張っていってもらえるんです。それがすごく新しく、面白いんですよね。
僕が思い描く隆家は、平安の時代にありながら、全く雅ではない(笑)。でも、きっとこういう人は平安時代にもいたでしょう。そして、彼みたいな性格の人間が、やがて、その後の武士の社会を作っていく。そういう役割を担うキャラクターだと思っています。
──平安時代ならではの所作で、ご苦労はありましたか?
僕のクランクインは、馬に乗った状態で弓矢を放つシーンだったんです……。そう、我々兄弟が左遷させられるきっかけになった問題のシーン(長徳の変)ですね(苦笑)。
あれは、なかなか大変でした。弓自体は、別の作品で経験があったので基本はできていたのですが、あの時代ならではのことで「かけ(弓の弦を引くときに使う、革製の手袋)」がないんです。つまり、素手で弓を引く。これがけっこう痛くて、やっているうちに手がボロボロになりました。
馬に乗った状態で弓を扱うというのも、体幹が試されましたね。馬にぶつからないように、かつ、ちゃんと矢が飛ばないといけなかったので。しかも、あの日はとても寒くて……。兄上と馬上で凍えながらのクラインクイン。印象深かったです(笑)。
──登場したころはセリフが少なく、表情での演技が際立っていました。
僕、セリフのないシーン、大好きなんですよ。セリフがあると、やるほうも見るほうも、セリフの内容にとらわれてしまうじゃないですか。ところが言葉がないと、お互いに自由です。何を考えているのか、僕(隆家)の本音は誰にもわからない──。
もちろん、何を考えているのかをわかりやすく見せる芝居もあると思いますが、僕は案外、そうじゃない芝居をするのが好きなので、それを見ていただけるのはうれしいです。
──隆家を演じるにあたって意識していることは?
隆家の「さがな者」ぶりをどこまで表現するか、その塩梅には、実は毎回、気を遣っています。荒くれ者の演技って、やろうと思えば、どこまででも荒っぽくできちゃうんですよね。
でも、そうはいっても、隆家は超エリート貴族の次男坊ですから。座り方ひとつでも、「これはやりすぎ?」「家族だけのシーンだからOKじゃない?」といった感じで、所作指導の方や監督と話し合いながら、動きを決めています。
自分が絶対だと思っていた兄を簡単に凌駕する道長の姿に驚いて、その大きさや懐の深さに気づいてしまった
──伊周とは雰囲気が違いますが、家族についての印象は?
思いのほか、家族でのシーンはなかったんですよ。父上(道隆/井浦新)に母上(貴子/板谷由夏)と、あっという間に亡くなってしまいましたし。全員揃ったシーンがあったかどうか……。でも、僕の役目は、雅な人たちの中での異質感だと思っていたので、それは意識していましたね。
父上のように権力に物を言わせるのではない、兄上のように祈ったり呪ったりするのではない、もっと自分の力で、自分の欲しい物を手に入れようとする。それが隆家なので。その違いが出せたらと思っていました。
でも、不思議なことに(伊周役の)三浦翔平さんと並んでお芝居をしていると、いつの間にか同じポーズをとっていたり、同じタイミングで腕を組んでいたり……。別に打ち合わせしたわけでもないのに、結果、すごく兄弟っぽく画面に映っていて、面白かったです。
母上とのシーンでは、この時代だし、設定上、仕方ないんですけど、基本、母上は兄上しか見てないんですよね。あんなにどうしようもない、ダメダメで甘えん坊な兄貴なのに、母上は僕より兄上に優しくする。そんな理不尽を“体験”したことで、なるほど、と思いました。
一族の者たちとは別の道に進んでいくのも、「兄上も兄上だけど、母上も母上だよ。どうせ俺にはそれほど興味ないんでしょ? だから自由にさせてもらうよ」といった感じだったんでしょうね。ちなみに、僕には兄弟はいないんですけど、“母上”こと板谷さんからは、「自由で弟っぽい」と言われていました(笑)。
──叔父でありながら宿敵となった道長については、いかがですか?
隆家にとって、若い時は、それこそ兄貴が一番だったんですよね。自分とはタイプが違うけど、誰よりも注目を浴びてキラキラ輝いていた、絶対的な存在。ところが、その兄上が、道長によって堕ちていく。悲しくも無様な兄の姿を目の前で見せつけられて……。
ところが隆家は、「兄上に何をするんだ、この野郎!」という気持ちには、ならなかったのだろうと僕は思っているんです。自分が絶対だと思っていた兄を簡単に凌駕する道長の姿に驚いて、その大きさや懐の深さに気づいてしまったから。隆家は、とにかく人のことをよく見ている人なのでわかっちゃったんですよ。「あ、この人は兄上よりも上だ」と。
それに、ある意味、自分と同じように「信念」を持っている人なんだと。自分の欲のためではなく、国をよくしようと政をしている道長のやり方、生き方は、(中関白家の)家族たちとは全く違うものです。
そんなところも、隆家と共通していますよね。シンパシーというか、自分とリンクするものを道長には感じているのではないでしょうか。
──これから隆家と道長の関係は変化するのでしょうか。
2人はかなり敵対していた、と書かれた本もありますよね。本作では、果たしてどうなっていくのか、まだ僕にもわかりません。でも、隆家自身も変化していくのだろうとは思っているんです。今も、いろいろな経験を通して、大人になりつつありますから。
史実では、「刀伊の入寇」(外国の海賊が九州を襲った事件)の際、隆家が大活躍したと伝わっています。今回のドラマでどこまで描かれるかはわかりませんが、隆家のイメージが大きく変わるかもしれないので、楽しみにしています。
隆家はどこへいっても大丈夫。ちゃんと周りとコミュニケーションをとって生きていける
──改めて、隆家の魅力はどんなところだと思いますか?
左遷されようが何をされようが、腐らずに、兄上にも、道長にも、ちゃんとものが言えるところ。これは現代でも同じですけど、上に向かって物を言えずにヘコヘコしている社会の中で、自分の意見を持ち、それを通して生きていくって、本当に大変なことだと、常日頃から思っているので。
本来、これだけのエリート育ちだったら、田舎に左遷されただけで、メンタルはひとたまりもないですよ。だけど隆家はどこへいっても大丈夫。ちゃんと周りとコミュニケーションをとって生きていける。生きる力が強いというのか、バイタリティがあるというのか。
隆家は自分で動かないといけないとわかっている。だから、新しく切り開いていこうと思ったら、たとえ宿敵の懐にだって潔く入っちゃうんです。人からの評価のためではなく、自分の意思で自分から動く。そんな隆家が、僕は好きですね。
── 一条天皇役の塩野瑛久さんとの共演はいかがですか? 塩野さんは「隆家は竜星さんに似合っている」とおっしゃっていましたが……。
塩野くんとは、10年ほど前、戦隊もののドラマで一緒に戦った間柄です。僕がレッド、塩野くんがグリーンでした。今回は、それ以来の共演です。
ただ、いつも御簾ごしなんですよ、何しろ、偉い人だから。現場でも、錚々たる共演者たち全員が、御簾の向こうの塩野くんに向かって頭を下げているわけで。もう、プライベートで会ったときでも、「はは〜」って頭を下げちゃいそうです(笑)。
彼の方こそ似合ってますよね。色白で雅な雰囲気があって、笛を吹けば様になるし。白い衣装も似合ってると思います。でも、僕の似合うはどういう意味だろう……。隆家みたいに荒くれ者っていう意味ですかねえ。
最近、人から指摘されたんですけど、お酒の席などでテンションが上がると、「アッハッハ」じゃなくて、「ガッハッハ」って笑っているらしいんですよ。そんなところが「さがな者」っぽいのかもしれないですね。