定時制高校の理科教師・藤竹叶(窪田正孝)と科学部の生徒たちの挑戦が多くの人に感動をもたらし、回を重ねるごとにSNSなどで盛り上がりを見せているドラマ10「そらわたる教室」。

原作の小説を執筆した伊与原新さんは、小説家としてデビューする前は地球惑星科学の研究者だった。伊与原さんが大学院時代にお世話になった教授から、大阪の定時制高校の研究発表が「抜群に面白かった!」と聞いたことがきっかけで、本作の執筆につながったという。

ドラマ化のオファーがあった時のことや、映像化ならではの表現で感動したこと、科学や天体への思いなどについて話を聞いた。


科学部員の構成は変えてほしくない

伊与原さんのもとにドラマ化の話が舞い込んだのは、2023年末のこと。自身の作品で初の映像化オファーということもあり、本当に実現したらいいなと思ったのが第一印象だったという。

伊与原「NHKさんからのオファーということで、安心感がありましたし、親もよろこぶと思いました(笑)。プロデューサーさんたちが原作をとても好きでいてくださっていて、はじめに『ここだけは変えてほしくないというところはありますか?』と聞いてくださったのがうれしかったです。僕がお伝えしたのは、性別や一人ひとりのバックグラウンドなどのバランスをすごく考え抜いたので、科学部の部員の構成は変えてほしくないということでした」

実際にある定時制高校の科学部から着想を得て誕生した原作小説だが、その科学部に取材をするより前に小説を執筆しはじめたという伊与原さん。まず参考にしたのは、科学部のメンバーたちの写真数枚だった。

伊与原「科学部にどんな人がいるかはその写真からわかったので、そこからこの人はこのような境遇なんじゃないかと、自分の想像にある程度任せていきました。実在の人をモデルにせず、定時制高校に関する本を何度か読んでから膨らませていきました。舞台を新宿にしたので、アジア系の人は欠かせないな……、というように考えていったんです」

物語は、元不良で発達性ディスレクシア(文字の読み書きに困難がある障害)を持つ柳田岳人(小林虎之介)、フィリピン人の母と日本人の父を持つ越川アンジェラ(ガウ)、起立性調節障害を抱える名取佳純(伊東蒼)、高度経済成長期に高校に通えず働き続けた長嶺省造(イッセー尾形)が集まって科学部を結成し、火星のクレーターを再現する実験に取り組むことになる。

本作のきっかけとなった大阪の定時制高校の研究テーマは、「重力可変装置で火星表層の水の流れを解析する」というものだった。なぜ火星のクレーター(ランパート・クレーター)の再現を研究テーマに選んだのだろうか?

伊与原「火星のクレーターを再現するというほうが、読者が想像しやすいと思ったからです。実は大阪の定時制高校が研究していた、火星表層の水の流れの解析のほうがテーマとしては優れており、重力可変装置を使ってやる意義があります。でも、そのまま物語に組み込むのは彼らに敬意を欠くような気がしました。なので、小説では重力可変装置だけ使わせてもらって、ランパート・クレーターを再現することにしたんです」


一視聴者として、実験の再現を楽しんでいる

小説では、教室での“青空”の再現、酢と重曹を使った火山の噴火の再現などといった科学実験がいくつも登場する。伊与原さんは、これらの実験がちゃんと映像化できるかどうかが気がかりだったという。

伊与原「論文や資料によるとできるはずですが、僕は実際にやったことがありません。だから、本当に再現できるかどうかはわからないし、ましてやそれがきれいにカメラに映るかどうかもわからない、ということは打ち合わせの初期の段階でお話しました。僕自身も研究者だった時に、論文通りにやっているのに再現できない、ということは何度も経験していましたから……」

案の定、制作チームは実験シーンの撮影では、幾度となく試行錯誤を繰り返すことになる。例えば、原作での酢と重曹を使った火山の噴火の再現では、重曹に米酢を加えても瓶からあふれ出ないが、砂糖を含んだすし酢ならあふれ出てうまくいったという展開だった。

しかし、いざ実験してみると、米酢でもそれなりにあふれ出てしまい、米酢とすし酢でのあふれ方の違いを出すのに苦労したという。

伊与原「僕は一視聴者として、実験の再現を楽しませてもらっています。酸化鉄が入った水槽で再現した青い火星の夕焼けは、あんなにきれいにできると思っていなかったので感動しました」

小説は全7章で、1章1話とすると、全10話のドラマにするにはエピソードを膨らませる必要があった。そこでプロデューサーや演出家、脚本の澤井香織さんらが話し合い、理科教師・藤竹の物語を掘り下げていくことになった。

伊与原「僕から提案した内容というものはほとんどありません。僕も研究者だったので、研究者が日常的にどのような研究を行っているか、藤竹のような“二足のわらじ”を履く場合、日中はどんな過ごし方をするかなど、実際にありそうなことについてお話させていただきました。

あと、1話の冒頭で藤竹が登場するのは、定時制高校科学部の部員たちの物語ではあるけど、藤竹の物語ということが視聴者に対して明確になるのですごくいいと思いました。オリジナルエピソードの5話では、キャバクラで働く麻衣が掘り下げられました。僕の中で麻衣は、実は重要な役目なのに出番が少なく、あまり記述できていなかったキャラクターだったのですが、きちんと1話分で取り上げられていてうれしかったですし、シングルマザーという設定もすごくいいと思いました」

科学部の面々は、試行錯誤を繰り返しているうちに、どんどん実験の面白さに目覚めていく。そのワクワク感が視聴者にも伝わり、彼らをどんどん応援したくなっていく。

伊与原「科学の実験って、別に化学や物理、数学を勉強していなくても、誰にでもできるんです。それに、手を動かすというのもいい。これは研究者時代からよく言っていることなのですが、リハビリにもいいんですよ!

例えば、研究室で数値シミュレーションばかりやっていて行き詰まっている人を、『たまにはフィールドに行きますか』と誘うんです。山でハンマーを振るって岩石を採ってもらったり、地層をスケッチしてもらったりしているうちに、その人が生き生きしてくるというようなことはよくありましたから」


天体や宇宙は、公平さや平等さと相性がいい

また、宇宙や天体への憧れについても、それは目に見えるものであることが大きいのではないか、と話す。

伊与原「僕自身、天体が好きで研究の道に進んだので、ロマンを感じている側の人間です。この小説が出た時にいろんな感想をいただきましたが、天体や宇宙の話はやはり人気があるなと実感しました。というのも、科学に慣れ親しんでいない人でも、月や星空などは目に見えるし、興味を持ちやすいからです。

あと、天体や宇宙は、公平さや平等さと相性がいいと個人的に感じています。というのも、プロの研究者は多少なりともわかっているとはいえ、天体や宇宙にはまだまだ解明されていないことが多い。なんでこうなっているんだろう?という問いかけや、何かが明らかになった時に受ける感動は、実はプロも素人も割と似たようなものだったりします。そういったところが、平等、公平な感じがするんです」

ドラマでは、定時制高校科学部の面々が研究を楽しみ、没頭していく姿を描く一方で、藤竹の大学同期でJAXAの准教授である相澤努(中村蒼)が、惑星探査「しののめプロジェクト」のリーダーとして、確実に結果を出さなくてはならない立場の苦悩も描いている。

伊与原「僕は基本的には相澤のような研究者は幸せだと思っています。恵まれた環境で大きな予算をつけてもらい、自分が本当にやりたかったことに専念できているわけですから、彼がかわいそうとは思いません。ただ、しんどいだろうなと思います。

このドラマで地球惑星科学考証を担当してくださった東京大学大学院の杉田精司教授は、惑星の衝突実験で世界的に有名な人で、研究室で自由に研究されてて楽しそうだったんですね。でも、『はやぶさ2』のカメラ開発に関わり、『あの時は、めちゃくちゃしんどかった』っておっしゃっていたんです。きっと、プレッシャーがすごかったんだと思います。

このドラマでは、自由に好きな研究をやる楽しさと、ある程度の結果を求められる苦しさという研究における2つの側面をよく表せていると思うんです」

第5話で、藤竹が「大丈夫です。失敗なんてありえません」「それは、まだ誰もやったことがないからです」という台詞セリフがある。

伊与原「これは脚本の澤井さんが加えた台詞なんですけど、定時制高校科学部のみんなにとっては、誰もやったことがないことに挑戦して失敗しても誰の責任でもない、という意味になりますが、相澤にとっては、責任重大すぎて、失敗なんてありえないという意味になるので、とても印象的だな、と思いました」

伊与原さんが本作を発表した時も、ドラマが放送されている現在も、多くの研究者仲間から反響があったという。それだけ、現役の研究者にとって心に刺さる部分が多いのだろうと伊与原さんも感じている。

伊与原「僕に大阪の定時制高校の科学部のことを教えてくれた、大学院時代にお世話になった栗田敬さん(東京大学地震研究所名誉教授)に、『みんなこの本を読んで感動した、泣けると言うけど、それは読み方を間違っている。この物語は、多様性と科学の裾野を広げる大切さを描いたものなんだ。科学の発展のために、いろんな人たちが手を動かして、種をまいていくことが科学界全体にとって大事だ、ということを読み取るべきだ』と言われました。

栗田さんには、小説の執筆中からこのようなことを言われていましたので、僕もそのあたりを意識しながら書いていました」


藤竹は研究者なので、先入観なしに観察するのが当たり前

ドラマで描かれる藤竹の生徒たちへの接し方は、伊与原さん自身の研究者に対する印象が投影されているという。

伊与原「研究者って、人間関係の作り方が、研究や科学の話がベースになっているんです。例えば、人柄やどういうバックグラウンドを持つ人かということよりも、どんな研究をしているのか、どんなことに興味を持っているのか、ということに関心があり、初対面でもそういうところから話し始めるんですね。だから、研究者である藤竹は、定時制高校の生徒たちが抱える背景にはそれほど重きを置いていない。生徒たちにとっても、背景関係なしに、『面白いことをやってるね』と言ってもらえたほうがうれしいし、救いになったんじゃないかなと思うんです」

第1話で藤竹が、岳人のディスレクシアを見抜いたところも、彼の研究者らしさが表れた場面だ、と伊与原さんは言う。

伊与原「彼は研究者なので、先入観なしに観察するのが当たり前なんです。だから、岳人が不良だから勉強できないと決めつけることなく、彼のテストの答案を見て、計算問題は解けているのに、文章問題だけは手を付けていないところに着目したから、ディスレクシアということを導き出せたのだと思うんです」

ところで、藤竹のような研究者は実際に存在するのだろうか?

伊与原「僕は見たことありません(笑)。でも、いたらいいと思うし、これから出てくると思うんですよ。研究しながら中学や高校の教員もできるというように働き方が柔軟になるかもしれないし、研究者が教壇に立つと、教員とは違った刺激を与えることができるのではないでしょうか」

撮影現場で制作スタッフから質問を受ける伊与原さん(写真中央 ©文藝春秋)。

ドラマは残すところ最終回のみとなったが、小説誌『オール讀物』(文藝春秋)2024年11・12月特大号から、本作のシーズン2の連載が始まったばかりだ。

伊与原「続編のことは以前から言われていたんですけど、正直なところ、ぜひやりたいというほどではありませんでした(笑)。でも、ドラマが始まって、俳優のみなさんが小説の何十倍も生き生きと演じてくださったことで、それぞれのキャラクターを格段に書きやすくなり、今では完全に“当て書き”(役を演じる俳優を決め、その人をイメージして書く)で書いています!」

シーズン2も新宿の定時制高校が舞台だが、岳人たちが日本地球惑星科学連合大会に出場してから6年が経過している。ドラマでは田中哲司さんが演じている木内先生が、続編の一話目で登場するが、藤竹や科学部の面々が現在どうしているかは現時点ではまだわからない。

伊与原「(モデルになった)大阪の定時制高校はOBと現役部員のつながりが深く、卒業してからも科学部のために力を貸してくれています。なので、シーズン2でもいつかみんなが登場する予定です。ドラマ化されたことで続編執筆の背中を押してもらったことは間違いないですし、ドラマを見て、藤竹や科学部のメンバーを好きになってくれた人は、ぜひ続編の展開も楽しみにしていてください」


【プロフィール】
いよはら・しん

1972年、大阪生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻。博士課程修了後、大学勤務を経て2010年、『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビュー。'19年、『月まで三キロ』で新田次郎文学賞、静岡書店大賞受賞。最新作は『藍を継ぐ海』。

ドラマ10「そらわたる教室」(全10回)

毎週火曜 総合 午後10:00〜10:45
※最終話は、12月10日(火)総合 午後10:30~ ※通常より30分繰り下げて放送
             BSP4K 午後6:15〜7:00
毎週金曜 総合 午前0:35〜1:20 ※木曜深夜(再放送)

【最終話「消えない星」あらすじ】
藤竹(窪田正孝)が科学部を始めた本当の理由を明かしたことをきっかけに、科学部は再び結束。学会発表のエントリーにも間に合い、岳人(小林虎之介)と佳純(伊東蒼)が発表を担当することになる。一方、藤竹は恩師の伊之瀬(長谷川初範)から思いがけないオファーを受け、逡巡。岳人が藤竹の様子に異変を感じる中、学会発表の日を迎える。

原作:伊与原新『宙わたる教室』
脚本:澤井香織
音楽:jizue
主題歌:Little Glee Monster「Break out of your bubble」
出演:窪田正孝、小林虎之介、伊東蒼、ガウ、田中哲司、木村文乃、中村蒼、イッセー尾形ほか
演出:吉川久岳(ランプ)、一色隆司(NHKエンタープライズ)、山下和徳
制作統括:橋立聖史(ランプ)、神林伸太郎(NHKエンタープライズ)、渡辺悟(NHK)

NHKプラスにて、同時配信・見逃し配信(放送後から1週間)

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兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体にanan、BRUTUS、エクラ、婦人公論、週刊朝日(休刊)、アサヒカメラ(休刊、「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、mi-mollet、朝日新聞デジタル「好書好日」「じんぶん堂」など。