10月も終わり、今秋のドラマが出そろいましたが、民放の数ある大作や話題作を向こうに回して称賛を集めているのが、NHKの「宙わたる教室」(毎週火曜 総合 午後10:00~)。
ドラマのレビューサイトでは日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」(TBS系)や月9ドラマ「嘘解きレトリック」(フジテレビ系)などを抑えて称賛を獲得しています。実際、「ちゃんねるレビュー」の採点ではトップを快走し、「Filmarks」の採点でも常にトップ争い。また、先日ある番組で鼎談したドラマ識者たちもトップクラスの評価でした。
「宙わたる教室」の舞台は東京・新宿にある定時制高校であり、さまざまな事情を抱えた生徒たちと理科教師の物語。ここまでの4話では、主人公の教師・藤竹叶(窪田正孝)が生徒たちの問題に向き合いながら、科学部を作るまでの様子が放送されました。
各話のタイトルは「夜八時の青空教室」「雲と火山のレシピ」「オポチュニティの轍」「金の卵の衝突実験」と科学をモチーフにした内容。「ピンと来ない」という人も少なくないでしょう。しかし、それでも教師と生徒たちの物語に引き込まれていくのはなぜなのか。
彼らが定時制に通う切実な背景
「宙わたる教室」の見どころは、主に「生徒たちのさまざまな背景」と「教師が彼らに寄り添う絶妙な距離感」の2つ。
まず「生徒たちのさまざまな背景」は、定時制高校に通う人々の丁寧な描写と、その継続性が際立っています。
第1話では、読み書きが苦手で不登校になり、悪い仲間から犯罪に巻き込まれそうになる柳田岳人(小林虎之介)。第2話では、40歳を過ぎて通学しはじめるが、授業についていけずあきらめかけた越川アンジェラ(ガウ)。第3話では、起立性調節障害を抱え、保健室登校を続ける名取佳純(伊東蒼)。第4話では、かつて高校に通えず働くしかなかったが、病床の妻・江美子(朝加真由美)に代わって通学する70代の長嶺省造(イッセー尾形)。
年齢も背景もバラバラな彼らが「なぜ定時制に通っているのか」という背景が1話完結の形で丁寧に描かれています。定時制高校が舞台のドラマには、「めだか」(フジテレビ系/2004年)、「夜のせんせい」(TBS系/2014年)、「ワンモア」(メ~テレほか/2021年)、「オトナの授業」(TOKYO MXほか/2024年)などがありましたが、当作ほど生徒の背景を誇張することなく丁寧に描いた作品は見当たりません。
さらに「宙わたる教室」を地に足のついた物語にしているのは、各生徒が抱える問題を1話限りで終わらせず、その後の様子も少しずつ盛り込んでいること。各生徒がメインの放送回を終えた以降も、時折その問題を扱ったシーンをはさんで少しずつ前進している姿を映し、視聴者を穏やかな気持ちにさせています。
また、生徒役のキャストがこれほどハマっているのは、民放のような芸能事務所とのしがらみがほとんどないNHKならではでしょう。
ディスレクシア(学習障害)から不良になりながらも向学心を隠せない柳田を演じる小林虎之介さん。朝に活動できない起立性調節障害を抱え、定時制でも保健室登校に留まる佳純を演じる伊東蒼さん。夫とフィリピン料理店を営みながら定時制に通い、誰にも優しいムードメーカーのアンジェラを演じるガウさん。懸命に学び、やる気のない若者たちに不満をこぼす長嶺を演じるイッセー尾形さん。
その他でも、キャバクラで働きながら定時制に通う庄司麻衣を演じる紺野彩夏さん。いじめをきっかけにカッターナイフを振り回した過去を持つ池本マリを演じる山﨑七海さんなど、単に美男美女や個性派俳優をそろえるのではなく、それぞれのキャラクターと定時制高校のムードに合う適役にこだわった様子がうかがえます。
生徒を衛星的に見守る理想の教師
もう1つの見どころは、「教師が彼らに寄り添う絶妙な距離感」。藤竹が生徒と接するときの距離感が実に心地よく、それは彼の登場シーンやセリフが主人公にしてはそれほど多くないことが裏付けています。
実際、10月29日放送の第4話は、若者たちと価値観の違いから衝突し、クラス内で孤立した長嶺が事実上の主役でした。藤竹はそんな長嶺に「ご出身、確か福島ですよね」などと語りかけながら話をじっくり聞いていきます。
長嶺から、父を事故で亡くし、集団就職で上京したことなどを聞き出したあと、「今日はお時間いただきありがとうございました」と見送る藤竹。ただ、去り際にふと、「そうだ。科学部のみんなが考えた発射装置見てもらってもいいですか?」「長嶺さんならどうされます?」とさりげなく声をかけて最初のアプローチをしました。
さらに「さっきのご自身の話、クラスのみんなに話してみません?」と問いかけたものの、長嶺に断られましたが、ここで藤竹は深追いしません。その後、長嶺は妻から時代の変化をさとされ、柳田が学習障害を改善しようと頑張っていることを知り、クラスのみんなと話すことを決断。藤竹は話の内容をあえて長嶺にゆだねることで、妻の病気にまつわる後悔や定時制に通う理由などの本音を引き出し、相互理解をうながしました。
しかも藤竹は長嶺の妻と会って「もっと高校生活を楽しんでもらいたい」などの思いを聞き出していたのです。また、かつて町工場を営んでいた長嶺の書いた設計図を受け取り、柳田に見せるなど陰のフォローで2人の衝突を収め、科学部に導きました。
つかず離れずの絶妙な距離感が心地よい一方で、時折放たれる「ここはあきらめたものを取り戻す場所」「僕はこの学校に科学部を作りたい。一緒にやりませんか」などの熱いセリフに心を動かされます。藤竹は定時制に限らず、まさに令和における理想の教師像。理想の上司像でもあると言っていいかもしれません。
当作をざっくりたとえると、それぞれの背景を持ち問題を抱える人々たちが、科学という普遍的なものを通して1つになっていく姿を描いた大人の青春グラフィティー。その中心にいるのは科学部の生徒たちであり、衛星のように外から彼らを見守る藤竹の優しさに静かな感動を誘われます。
「感動の実話」に着想を得た物語
第4話のラストで藤竹は柳田、アンジェラ、佳純、長嶺に「正式な部になったことですし、せっかくなら何か目標を立てませんか。どうせ目指すなら目標はデカいほうがいい。たとえば学会発表なんてどうでしょう」と語りかけました。11月5日放送の第5話では、正式に科学部が発足し、いよいよ宇宙に向けた物語がはじまっていきます。
当作は「大阪のとある定時制高校科学部が、科学研究の発表会『日本地球惑星科学連合大会・高校生の部』で優秀賞を受賞し、『はやぶさ2』の基礎実験に参加した」という実話に着想を得た小説の実写化。今後、科学部員たちは「教室に火星のクレーターを再現する」という実験での学会発表を目指すことが予告されています。その際、藤竹が彼らにどんな言葉をかけ、どんな表情で接して導いていくのか。
また、「27才で博士号を取得。発表した科学の研究論文は世界的な学術誌に掲載され、研究者としての将来を有望視されていた。しかし突如として定時制高校の教師になることを決意。教師をキャリアと見なさない同僚たちからは"終わった研究者"と囁かれる」という背景を持つ藤竹自身の物語も見どころの1つになるでしょう。
理科は苦手。科学はまったくわからない。それでも藤竹と生徒たちの姿に共感し、自分の人生に思いを馳せてしまう。そんな夜の視聴にふさわしい静かな感動作であることは確かです。
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレント専門インタビュアー。雑誌やウェブに月20本以上のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などに出演。各局の番組に情報提供も行い、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。全国放送のドラマは毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。